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2章:学園生活
昔のパパとママと
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ヴェルくんは保健室の先生に任せて私達は寮に戻ることにした。
廊下を歩いている途中で、ハナちゃんが私をチラッと見てからもう一度、じーと私を見つめた。
「リン、魔筆はどうしたの?」
「……え?」
私はそう言われて自分の首にかかっているネックピースを見ると、いつもあるはずの魔筆がなくなっていた。
「あ…」
そう言えばヴェルくんのことで頭がいっぱいで忘れてたけど…まさか訓練室に津波にまきこまれた?
「ハナちゃん…レイン…先に…行ってて…」
私は大切な魔筆がなくなって、気が気じゃなかく、すぐに訓練室に向かい、扉をあけると人影があった。
「おやおや、そんなに慌ててどうしたのかね?」
私は走ってきたので、息を切らしながら上を向くと、レプラ先生がゆっくりとこちらに歩きながらたずねた。
「レプラ…先生…はぁ…私の…魔筆…はぁはぁ…落ちて…なかった?」
「魔筆?これのことかね?」
そう言ってレプラ先生が私の銀葉紋の魔筆をポケットから取り出した。
「それです…!」
「そうかそうか、銀葉紋の魔筆など誰が持っているのかと思ったが、リンくんのか。魔筆は大事にしないといかんよ?」
「はい…」
私はレプラ先生から魔筆を受け取り、ネックピースにしまって、やっと安心した。
「リンくんとここにいると、昔のレオンくんやリーネくんを思い出してしまうのぉ…」
「昔の…パパと…ママ?」
「そうじゃ。二人とも、今は成長し、立派になったが…昔は癖のある者達での…。それは手を焼いたものじゃ」
「そう…なの?」
「それはもう困ったものじゃった。そうじゃ、リンくん、これから時間があるかの?」
「え…?大丈夫…です」
「ちょっと老いぼれの昔話に付き合ってくれんかの。最近は話をしてくれる者も…いなくなってしまっての…」
レプラ先生はそう言って少し寂しそうに顔を下に向け、またすぐにもとの表情に戻って、私についてくるように言った。
レプラ先生に連れてこられたのは、中庭のベンチだった。
「これでも飲みなさい。疲れているじゃろう?」
レプラ先生は先ほど中庭に行く前に、食堂で買った紅茶の入ったカップを私に渡して、自分もコーヒーを1口飲んだ。
「わしは過去に三人とだけ、このベンチで話をしたことがあるんじゃ。一人目はレオンくん、二人目はリーネくん、そして、三人目はクランくんという生徒じゃ。リンくんで四人目になるのぉ」
レプラ先生はそう言うとどこか寂しそうに空を見た。
昔のパパとママのことを教えてくれる人は、なかなかいないからなんだかワクワクする気分になる。
「初めてレオンくんとここで話をしたのは、彼が初等部四学年の時じゃ。今思えば、話を聞いた全員、訓練室で出会ったのじゃ。彼はずっと落ちこぼれと言われておっての。入学式前から、今年は特殊属性がいると噂になっていたからじゃ」
「それは…ママに…聞いた…。わざと…弱いフリをした」
「そうじゃ。しかし、わしは組み分け試験で、ある違和感に気がついたのじゃ」
「違和感…?」
「彼の魔法はたしかに他からすれば取るに足らないものじゃった。しかし、式の展開速度は、その年の試験者の中でもトップじゃった。強いと言ってもしょせんは子供じゃ。そこまで配慮できなかったのじゃろう」
「パパ…すごい…」
私はパパのすごい話を聞いてなんだか鼻が高い気分だった。
「それでも、それに気がつく者はいなかった。わしと、二人を除いてはの」
「二人?」
「それが、ここで話をした事のあるリーネくんとクランくんじゃ。リーネくんの話だと、その後すぐに、どうして本気で魔法を撃たないのかを聞きに行ったそうじゃ。その理由を聞いて、わしは久しく思いきり笑ったものじゃ。そして、その年から昇組試験を始めたのじゃ」
昇組試験はパパが発端だったんだ…。
たしかに組を上げるなんてことは私も学園に入るまで想像もしてなかった。
「そして、もう一人のクランくん。彼も魔法のセンスは乏しい者での…9組からの入学じゃった。ただ、体術に関しては1組の者ですら圧倒しうる才能を持っていたのじゃ」
なんだか…ヴェルくんみたい。ヴェルくんは2組だったけど。
「当然、クランくんもすぐに聞きに行ったそうじゃ。その答えを聞いてクランくんはレオンくんに、自分に魔法を教えてくれと頼んだそうじゃ。入学の初日にそんなことを言われても困ると、その時は断っていたのじゃが…クランくんもなかなか粘り強い子でのぉ…何度もレオンくんに頼みに行っていたのじゃ」
「なんで…?他の人から…習ったら…いいのに…」
「まぁ、魔法に関してはそうじゃろう。しかし、クランくんはレオンくんと友達になりたかったらしいのじゃ」
「え…?」
「クランくんは本当に良き生徒での…自分と共に互いを高め合い、成長できる友を作れ、という親からのアドバイスを必死になって達成しようとしたのじゃろう。それで、同じクラスで身近にいたレオンくんがその標的というわけじゃ」
「パパは…嫌がって…た?」
「最初はの。じゃが、だんだんと仲を深めていくうちに、レオンくんのほうもまんざらでもなくなっていったんじゃ。そして、ある時クランくんに魔法を教えるといったそうじゃ」
「どうして…急に…?」
「レオンくんのカンじゃったが、近々何か事件が起きると、予測していたらしいのじゃ。そのカンは嫌な方で的中してしまったのじゃ」
「魔物の…侵入…?」
「いや、これはそれよりも後のことじゃ。昇組試験が近づくにつれ、皆ピリピリしてしまっての…。その結果起きてしまったのが…試験前妨害じゃ」
「試験前妨害…?」
私は聞き覚えのない言葉に頭を傾げた。
「昇組試験には各部門に最高でも二人までという制限があるからの…有力な候補者を試験前に集団で襲い、怪我をさせたり、どこかに閉じ込めたり…そのような輩が出てくるのじゃ」
そこまでの話を聞いてなんとなくわかってしまった。魔物侵入の後であれば、パパはもうすでに英雄として名前が通ってしまった後だろう。ということは…。
「察しがついたようじゃの。そう、その時の昇組試験の試験前妨害の標的にあったのは、クランくんじゃ」
やっぱりか…。英雄にずっと付いていたクランさんを警戒しないわけがない。
「試験の前日、複数人でクランくんを襲うという事件が起きたのじゃ。しかし、クランくんは持ち前の体術と、すでに学年トップクラスの実力を持つレオンくん仕込みの魔法があった。その時に襲い掛かってきた者たちを返り討ちにしてしまったのじゃ。少々やりすぎにの…」
それもヴェルくんに似てるかも。ヴェルくんの場合はただのいじめだったけど。
「襲ってきた犯人の中には貴族がおっての…。レオンくん達の学生のころは、今よりも貴族と平民の差があって、怪我をさせたクランくんに、その親が試験日に殴り込みに来たのじゃ」
「クランさん…悪くない…」
「それはわしらもわかっておった。しかし、その貴族というのが厄介での…わしらも努力はしたが、けっきょくクランくんは昇組試験を受けることはできなかった…」
「かわいそう…」
クランさんは悪くないのに、どうしてクランさんが罰を受けているのか…。
「その昇組試験でレオンくんは見事、4学年で、学園史上初の9組から1組への昇組を決めたのじゃ。試験が終わってから、納得のいかない者が何人かいての。そのうちの一人が、リーネくんじゃ」
「え…?」
どうしてママが…。パパとはつながりがあったのはわかるけど、クランさんとはなにも関係がなかったはずだ…。
「その時に、リーネくんとここで話をしたのじゃ。彼女は普段はのんびりしていたが、誰かのためには人が変わったようになるのじゃ」
あのママにそんな一面があったのは知らなかった。
「リーネくんは開口一番にわしに向かって『今回、なぜクラン・デーガさんが試験を受けることができなかったのですか』と、今まで見たこともない表情で聞いてきたのを、覚えておるよ。彼女に事の顛末を説明すれば、納得してくれると思っていたのじゃ。彼女も九花の一族で立派な貴族じゃったからな」
「ママなら…怒り出しそう…」
私がそうつぶやくと、レプラ先生は少し驚いていた。
「リンくんの予想通り、その時のリーネくんにはわしが怒られてしまってのぅ…。まさかこの歳になって、こんな子供に叱られることになるとはと、この時はへこんだものじゃ」
レプラ先生はそういってほっほっほと笑っていた。
「ママは…なんて…言ってたの…?」
「『あの試験のせいで、レオンさんが気に病んでます。どうしてくれるんですか?』とか、『彼は人一倍、責任感が強いから、きっと魔法をお教えしたことを気にしています』とかの。中でも『この学園は貴族へのご機嫌取りが目的なのですか』という言葉が、今でも心に残っておるよ。その言葉を残して、リーネくんはその貴族のいるクラスに殴り込み、ちょっとした騒ぎになったのを覚えておるよ」
あぁ…ママならやりそうだ。
「それからはクラスも違うクランくんとレオンくんは疎遠になってしまった…。そんな時、わしが訓練室の前を通った時に、クランくんが一人で魔法の練習をしていたのじゃ。わしは一度、クランくんに謝りたくての…このベンチで話がしたいと言ったのじゃ」
そこまで話したところで、レプラ先生の表情が曇った。
「わしはまず、彼にすまなかったと謝ったのじゃ。今回の事件はすべてわしらの責任じゃと。それを聞いた彼は優しく微笑んで『レプラ先生のせいじゃありません。それに、僕は全く後悔してませんよ。落ちこぼれの僕が、警戒されるくらい強くなれた』と話してくれたのじゃ。この素晴らしい少年が、我が学園の生徒であることが本当に誇らしかった」
「レプラ先生…?どうして…そんな顔…してるの…?」
私はレプラ先生の話と表情のかみ合わなさに、つい聞いてしまった。
「クランくんはそれから次の昇組試験に向け、猛特訓を始めたのじゃが…その時から彼の体は、ある病気に蝕まれていたのじゃ」
「病気…?」
「『魔弱病』という病気で、魔力を使用することで体の器官に障害をきたす病気じゃ」
「治らない…の?」
病気と聞いて、私はだんだん悪い予感がしてきた。
予感の通り、私の質問に対して、レプラ先生は首を横に振った。
「魔弱病は現在の治癒魔法の技術では完治はできないのじゃ。それに、体調の変化も本人にとってはわかりにくいもので、それに気が付かずに彼は猛特訓を始めてしまったのじゃ」
「それじゃ…クランさんは…」
「そう…連日の魔力酷使により、魔弱病の進行は早く、試験の前日に彼は倒れた…。そして、治療院に運ばれたが、しばらくして…息を引き取った…」
「そんな…」
「そのことをレオンくんが知ってしまったとき、彼は自分を責め続けた。自分が関わりさえしなければ、病気にならなかったかもしれない、魔法を教えなければ、まだまだ生きていたかもしれない、そういっては自分を責め続けたのじゃ」
パパの気持ちは…わかる。きっと私も自分を責めてしまうと思うから。
きっとクランさんはパパに追いつきたい一心で特訓したんだろう。でも、それが逆にクランさんを追い詰める結果につながってしまった。これは誰も悪くない。
「それから時がたち、クランくんからレオンくんへの手紙が見つかったのじゃ」
「手紙…?」
「あぁ、内容は教えてくれなかったが、それからレオンくんが変わったのは確かじゃ」
その手紙に、なんて書いてあったんだろう。パパに会えたら、聞いてみよう。
「っと、長話をしてしまったの。なんでこんな話を君にしたのかというと、リンくんの行動が、レオンくんに重なってしまったからじゃ」
「え…?」
「しかし、レオンくんと違い、君は優しすぎるのじゃ…きっとそこはリーネくんに似たんじゃな。友との別れというのは…本当に辛く…唐突にやってくるのじゃ。だから、なにかあればわしらが力になれると、伝えておきたくての…」
「ん…」
レプラ先生はゆっくりとベンチから腰をあげ、私の頭そっとなでた。
「今を大切にしなさい。そして友を大切にしなさい。困ったことがあれば周りを見渡すのじゃ。そうすれば大切にしてきたものが、きっと助けてくれる」
そう言ってレプラ先生は、私の空になったコップを持って、食堂のほうへ歩いて行った。
廊下を歩いている途中で、ハナちゃんが私をチラッと見てからもう一度、じーと私を見つめた。
「リン、魔筆はどうしたの?」
「……え?」
私はそう言われて自分の首にかかっているネックピースを見ると、いつもあるはずの魔筆がなくなっていた。
「あ…」
そう言えばヴェルくんのことで頭がいっぱいで忘れてたけど…まさか訓練室に津波にまきこまれた?
「ハナちゃん…レイン…先に…行ってて…」
私は大切な魔筆がなくなって、気が気じゃなかく、すぐに訓練室に向かい、扉をあけると人影があった。
「おやおや、そんなに慌ててどうしたのかね?」
私は走ってきたので、息を切らしながら上を向くと、レプラ先生がゆっくりとこちらに歩きながらたずねた。
「レプラ…先生…はぁ…私の…魔筆…はぁはぁ…落ちて…なかった?」
「魔筆?これのことかね?」
そう言ってレプラ先生が私の銀葉紋の魔筆をポケットから取り出した。
「それです…!」
「そうかそうか、銀葉紋の魔筆など誰が持っているのかと思ったが、リンくんのか。魔筆は大事にしないといかんよ?」
「はい…」
私はレプラ先生から魔筆を受け取り、ネックピースにしまって、やっと安心した。
「リンくんとここにいると、昔のレオンくんやリーネくんを思い出してしまうのぉ…」
「昔の…パパと…ママ?」
「そうじゃ。二人とも、今は成長し、立派になったが…昔は癖のある者達での…。それは手を焼いたものじゃ」
「そう…なの?」
「それはもう困ったものじゃった。そうじゃ、リンくん、これから時間があるかの?」
「え…?大丈夫…です」
「ちょっと老いぼれの昔話に付き合ってくれんかの。最近は話をしてくれる者も…いなくなってしまっての…」
レプラ先生はそう言って少し寂しそうに顔を下に向け、またすぐにもとの表情に戻って、私についてくるように言った。
レプラ先生に連れてこられたのは、中庭のベンチだった。
「これでも飲みなさい。疲れているじゃろう?」
レプラ先生は先ほど中庭に行く前に、食堂で買った紅茶の入ったカップを私に渡して、自分もコーヒーを1口飲んだ。
「わしは過去に三人とだけ、このベンチで話をしたことがあるんじゃ。一人目はレオンくん、二人目はリーネくん、そして、三人目はクランくんという生徒じゃ。リンくんで四人目になるのぉ」
レプラ先生はそう言うとどこか寂しそうに空を見た。
昔のパパとママのことを教えてくれる人は、なかなかいないからなんだかワクワクする気分になる。
「初めてレオンくんとここで話をしたのは、彼が初等部四学年の時じゃ。今思えば、話を聞いた全員、訓練室で出会ったのじゃ。彼はずっと落ちこぼれと言われておっての。入学式前から、今年は特殊属性がいると噂になっていたからじゃ」
「それは…ママに…聞いた…。わざと…弱いフリをした」
「そうじゃ。しかし、わしは組み分け試験で、ある違和感に気がついたのじゃ」
「違和感…?」
「彼の魔法はたしかに他からすれば取るに足らないものじゃった。しかし、式の展開速度は、その年の試験者の中でもトップじゃった。強いと言ってもしょせんは子供じゃ。そこまで配慮できなかったのじゃろう」
「パパ…すごい…」
私はパパのすごい話を聞いてなんだか鼻が高い気分だった。
「それでも、それに気がつく者はいなかった。わしと、二人を除いてはの」
「二人?」
「それが、ここで話をした事のあるリーネくんとクランくんじゃ。リーネくんの話だと、その後すぐに、どうして本気で魔法を撃たないのかを聞きに行ったそうじゃ。その理由を聞いて、わしは久しく思いきり笑ったものじゃ。そして、その年から昇組試験を始めたのじゃ」
昇組試験はパパが発端だったんだ…。
たしかに組を上げるなんてことは私も学園に入るまで想像もしてなかった。
「そして、もう一人のクランくん。彼も魔法のセンスは乏しい者での…9組からの入学じゃった。ただ、体術に関しては1組の者ですら圧倒しうる才能を持っていたのじゃ」
なんだか…ヴェルくんみたい。ヴェルくんは2組だったけど。
「当然、クランくんもすぐに聞きに行ったそうじゃ。その答えを聞いてクランくんはレオンくんに、自分に魔法を教えてくれと頼んだそうじゃ。入学の初日にそんなことを言われても困ると、その時は断っていたのじゃが…クランくんもなかなか粘り強い子でのぉ…何度もレオンくんに頼みに行っていたのじゃ」
「なんで…?他の人から…習ったら…いいのに…」
「まぁ、魔法に関してはそうじゃろう。しかし、クランくんはレオンくんと友達になりたかったらしいのじゃ」
「え…?」
「クランくんは本当に良き生徒での…自分と共に互いを高め合い、成長できる友を作れ、という親からのアドバイスを必死になって達成しようとしたのじゃろう。それで、同じクラスで身近にいたレオンくんがその標的というわけじゃ」
「パパは…嫌がって…た?」
「最初はの。じゃが、だんだんと仲を深めていくうちに、レオンくんのほうもまんざらでもなくなっていったんじゃ。そして、ある時クランくんに魔法を教えるといったそうじゃ」
「どうして…急に…?」
「レオンくんのカンじゃったが、近々何か事件が起きると、予測していたらしいのじゃ。そのカンは嫌な方で的中してしまったのじゃ」
「魔物の…侵入…?」
「いや、これはそれよりも後のことじゃ。昇組試験が近づくにつれ、皆ピリピリしてしまっての…。その結果起きてしまったのが…試験前妨害じゃ」
「試験前妨害…?」
私は聞き覚えのない言葉に頭を傾げた。
「昇組試験には各部門に最高でも二人までという制限があるからの…有力な候補者を試験前に集団で襲い、怪我をさせたり、どこかに閉じ込めたり…そのような輩が出てくるのじゃ」
そこまでの話を聞いてなんとなくわかってしまった。魔物侵入の後であれば、パパはもうすでに英雄として名前が通ってしまった後だろう。ということは…。
「察しがついたようじゃの。そう、その時の昇組試験の試験前妨害の標的にあったのは、クランくんじゃ」
やっぱりか…。英雄にずっと付いていたクランさんを警戒しないわけがない。
「試験の前日、複数人でクランくんを襲うという事件が起きたのじゃ。しかし、クランくんは持ち前の体術と、すでに学年トップクラスの実力を持つレオンくん仕込みの魔法があった。その時に襲い掛かってきた者たちを返り討ちにしてしまったのじゃ。少々やりすぎにの…」
それもヴェルくんに似てるかも。ヴェルくんの場合はただのいじめだったけど。
「襲ってきた犯人の中には貴族がおっての…。レオンくん達の学生のころは、今よりも貴族と平民の差があって、怪我をさせたクランくんに、その親が試験日に殴り込みに来たのじゃ」
「クランさん…悪くない…」
「それはわしらもわかっておった。しかし、その貴族というのが厄介での…わしらも努力はしたが、けっきょくクランくんは昇組試験を受けることはできなかった…」
「かわいそう…」
クランさんは悪くないのに、どうしてクランさんが罰を受けているのか…。
「その昇組試験でレオンくんは見事、4学年で、学園史上初の9組から1組への昇組を決めたのじゃ。試験が終わってから、納得のいかない者が何人かいての。そのうちの一人が、リーネくんじゃ」
「え…?」
どうしてママが…。パパとはつながりがあったのはわかるけど、クランさんとはなにも関係がなかったはずだ…。
「その時に、リーネくんとここで話をしたのじゃ。彼女は普段はのんびりしていたが、誰かのためには人が変わったようになるのじゃ」
あのママにそんな一面があったのは知らなかった。
「リーネくんは開口一番にわしに向かって『今回、なぜクラン・デーガさんが試験を受けることができなかったのですか』と、今まで見たこともない表情で聞いてきたのを、覚えておるよ。彼女に事の顛末を説明すれば、納得してくれると思っていたのじゃ。彼女も九花の一族で立派な貴族じゃったからな」
「ママなら…怒り出しそう…」
私がそうつぶやくと、レプラ先生は少し驚いていた。
「リンくんの予想通り、その時のリーネくんにはわしが怒られてしまってのぅ…。まさかこの歳になって、こんな子供に叱られることになるとはと、この時はへこんだものじゃ」
レプラ先生はそういってほっほっほと笑っていた。
「ママは…なんて…言ってたの…?」
「『あの試験のせいで、レオンさんが気に病んでます。どうしてくれるんですか?』とか、『彼は人一倍、責任感が強いから、きっと魔法をお教えしたことを気にしています』とかの。中でも『この学園は貴族へのご機嫌取りが目的なのですか』という言葉が、今でも心に残っておるよ。その言葉を残して、リーネくんはその貴族のいるクラスに殴り込み、ちょっとした騒ぎになったのを覚えておるよ」
あぁ…ママならやりそうだ。
「それからはクラスも違うクランくんとレオンくんは疎遠になってしまった…。そんな時、わしが訓練室の前を通った時に、クランくんが一人で魔法の練習をしていたのじゃ。わしは一度、クランくんに謝りたくての…このベンチで話がしたいと言ったのじゃ」
そこまで話したところで、レプラ先生の表情が曇った。
「わしはまず、彼にすまなかったと謝ったのじゃ。今回の事件はすべてわしらの責任じゃと。それを聞いた彼は優しく微笑んで『レプラ先生のせいじゃありません。それに、僕は全く後悔してませんよ。落ちこぼれの僕が、警戒されるくらい強くなれた』と話してくれたのじゃ。この素晴らしい少年が、我が学園の生徒であることが本当に誇らしかった」
「レプラ先生…?どうして…そんな顔…してるの…?」
私はレプラ先生の話と表情のかみ合わなさに、つい聞いてしまった。
「クランくんはそれから次の昇組試験に向け、猛特訓を始めたのじゃが…その時から彼の体は、ある病気に蝕まれていたのじゃ」
「病気…?」
「『魔弱病』という病気で、魔力を使用することで体の器官に障害をきたす病気じゃ」
「治らない…の?」
病気と聞いて、私はだんだん悪い予感がしてきた。
予感の通り、私の質問に対して、レプラ先生は首を横に振った。
「魔弱病は現在の治癒魔法の技術では完治はできないのじゃ。それに、体調の変化も本人にとってはわかりにくいもので、それに気が付かずに彼は猛特訓を始めてしまったのじゃ」
「それじゃ…クランさんは…」
「そう…連日の魔力酷使により、魔弱病の進行は早く、試験の前日に彼は倒れた…。そして、治療院に運ばれたが、しばらくして…息を引き取った…」
「そんな…」
「そのことをレオンくんが知ってしまったとき、彼は自分を責め続けた。自分が関わりさえしなければ、病気にならなかったかもしれない、魔法を教えなければ、まだまだ生きていたかもしれない、そういっては自分を責め続けたのじゃ」
パパの気持ちは…わかる。きっと私も自分を責めてしまうと思うから。
きっとクランさんはパパに追いつきたい一心で特訓したんだろう。でも、それが逆にクランさんを追い詰める結果につながってしまった。これは誰も悪くない。
「それから時がたち、クランくんからレオンくんへの手紙が見つかったのじゃ」
「手紙…?」
「あぁ、内容は教えてくれなかったが、それからレオンくんが変わったのは確かじゃ」
その手紙に、なんて書いてあったんだろう。パパに会えたら、聞いてみよう。
「っと、長話をしてしまったの。なんでこんな話を君にしたのかというと、リンくんの行動が、レオンくんに重なってしまったからじゃ」
「え…?」
「しかし、レオンくんと違い、君は優しすぎるのじゃ…きっとそこはリーネくんに似たんじゃな。友との別れというのは…本当に辛く…唐突にやってくるのじゃ。だから、なにかあればわしらが力になれると、伝えておきたくての…」
「ん…」
レプラ先生はゆっくりとベンチから腰をあげ、私の頭そっとなでた。
「今を大切にしなさい。そして友を大切にしなさい。困ったことがあれば周りを見渡すのじゃ。そうすれば大切にしてきたものが、きっと助けてくれる」
そう言ってレプラ先生は、私の空になったコップを持って、食堂のほうへ歩いて行った。
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