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二六話
しおりを挟む「その……お世話になってばかりで、申し訳ないです」
「ん? 急にどうした?」
食後のコーヒーをチビチビ啜りながら、少しばかりぼぉーっとしていたら、急にソアラが改まった様子でそんなことを言い出した。
てか、この世界にもコーヒーってあったんだな。
ちなみにだが、俺はコーヒーをブラックで飲むと胃がキリキリしてしまうので、必ずミルクを入れる様にしている。
なので、今飲んでいるのもミルクで割ってもらったものだ。
決して、舌がお子ちゃまで苦い物が苦手ということではない。体が受け付けないので仕方ないことなのだ。
「だって、命を救ってもらっただけでなくて、門を通る時のお金だとか、それにここの食事代まで……ホント、なんてお礼を言えばいいか……」
「えっ? 門を通る時は仕方なく出したけど、ここの代金まで出すとは俺は一言も言ってないぞ?」
「……へっ?」
俺の言葉に、目を文字通り点にして呆けるソアラ。
「えっ……だって私、お金持って……でも、もう食べ……へっ? えっ? わ、私、どうすれば……へぇっ!?」
目の前で顏を真っ青にして、急にオロオロとし出すソアラに心が和むぅ……
「まっ、冗談だけどなっ!」
そう言って、ずずっとコーヒーを啜る。うん、うまいっ!
なんというか、この叩けば響く鐘の様なリアクションが、見ていて癖になるんだよな。
さっき、腹の音が鳴った時は、こなれた感じでスルーされてしまっていたから、今回は期待通りの反応が見られて、俺は大変満足であるっ!
「…………」
で、無言のままゆっくりと真顔になっていくソアラ。というか、それは真顔を通り越して徐々に無表情になって行き、終いには、まるで能面のような感情が読み取れない顔になる始末。
そして、ソアラは無言で俺の肩に殴打を始めた。
「イタっ! イタタタっ! 痛いって! ちょ、止め、イっタぁっ!! マジでっ! マジで痛いからっ! やめれ! やめれって!」
今のソアラの【力】を考えたら、俺の紙防御力では駄々っ子パンチでもマジでダメージが入る。
その証拠に、ソアラからポカポカされる度に、俺のHPゲージがもりもり削れていく。
流石にこの程度の攻撃で死ぬことはないが、HPゲージが50パーセントを切って黄色表示なり肝が冷える。
『アンリミ』にはダメージを受けても時間と共に回復していく一時ダメージと、一度減ったら自然回復しない確定ダメージの二種類が存在していた。
ソアラの駄々っ子パンチは、一時ダメージに分類されているようで、この攻撃だけでHPがゼロになることはない。
しかし、一時ダメージでHPが削れている状態で、確定ダメージを受けてHPがゼロになった場合は戦闘不能、つまりは死亡判定になってしまうので、一時ダメージだからとバカには出来なかったりする。
だから止めてっ! すぐみのHPはもうすぐゼロなのよっ!
「くぬっ! くぬっ!! この人はまた私をおもちゃにしてっ!
ちょっと油断すればすぐこれですっ! くぬっ! くぬっ! くぬっ!!」
「イタっ! 痛いってばよ! 俺は命の恩人じゃなかったのかっ!」
「そんなこたぁ知りませんっ! くぬっ! くぬっ!」
HPが25パーセントを切り、赤表示へと変わる。いよいよやばいぞこれは……
今なら、箪笥の角に足の小指をぶつけだだけで死ねそうなHPになってしまっていた。
「はっはっはっはっはっ! これまた随分と仲のいい夫婦もいたもんだね!」
HPゲージが1になる直前、一体どうなるものかとヒヤヒヤしていたところで、カウンター越しに豪快な笑い声と共にそんな声が聞こえて来た。
声の方へと視線を向ければ、先ほどのデ……こほんっ……恰幅の良い女性店員が近くに立っていた。
ソアラも声に驚いたのか、駄々っ子パンチの手を止めていた。
ふぅ~、助かった。危うくHPが1になるところだった。
まぁ、とはいえ喩えHPがゼロになったとしても、俺には保険が色々あるので、実は特に問題はないはなかったりする。
問題はないが、やっぱり痛いので殴るのは勘弁願いたいところだ。
てか、少女の駄々っ子パンチで瀕死という俺のこの安定の脆さよ……
おちょくるのを止めれば済む話ではあるが、なんか慌ててるソアラが可愛くて止められなくなっちまったんだな。これがっ!
「いや……別に夫婦ってわけではないんだけどな……」
「おや? そうなのかい? これは失礼したね」
と、俺が女性店員に説明すると、袖をソアラにクイっクイっと引っ張られた。
「(いいんですか? 本当の事話して? 確か、夫婦っていうことにしておくはずじゃ?)」
ソアラは俺に顔を寄せると、小さい声でそう問いかけて来た。
「(あれは門を通る上で、勘違いさせままの方が都合が良いってだけの話しだよ。別に、夫婦であるという設定に拘る必要はないのさ)」
そう軽く説明する。
ソアラもそこまで気にしていたわけでもないのか、「そういうものですか」と短く答えると俺からすっと離れて行った。
「俺と彼女は……そうだな、旅仲間、みたいなものかな」
「へぇ、旅仲間ねぇ……なら、宿はもう決まっんのかい?」
「いや、この街には着いたばかりだからまだなにも」
「だったらウチなんてどうだい? ウチは一階は食堂で、二階は宿屋をやってんだよ。
素泊まり朝食付きで1000ディルグ。夕食込みなら1500ディルグ。悪かないだろ?」
1ディルグ1.5円換算で、一泊朝・夕食付きで2250円なら安い方なのかな?
これが良いか悪いかは比較対象がないので分からないが、今から探すというのは確かに手間だ。
まだエルフ探索もやらなければいけないしな。
ってかこの女性、店員じゃなくて女将さんだったらしい。
「そうだな……んじゃ、お願いしようかな」
「まいど。用意するものがあるから、ちっと待っとくれ」
そう言い残すと、女将さんはスタスタと離れて行くと、何かを手にして言葉通りすぐに戻って来た。
手にしていた物は宿泊台帳のようなもので、宿泊客はそこに名前を記入する決まりなのだという。
なので、俺とソアラも台帳に名前を書き込み、先払いだという宿代を支払う。
エルフ探しにどれだけの時間が掛かるか分からないので、取り敢えず夕食付きで二部屋五日間分、占めて1万5000ディルグを女将さんに渡した。
これでもまだ、賊から巻き上げた資金がある程度残るが、余裕のあるうちにカネを工面する方法は考えた方がよさそうだな。
「あたしゃ、カネ払いの良い客は大好きだよっ! 夕食は少しサービスしとくから、楽しみにしてなっ!」
ただ、部屋の片づけがまだ終わっていないとのことで、準備が整うまで外で時間を潰していて欲しい、と女将さんから言われた。
まぁ、俺たちもまだやることがあるから、特に問題はないので即了承。
荷物があれば預かっておいてくれると言うので、背負っていたデカいリュクだけ預けることにした。
「しかしあんたら、旅人って言っていたけど、こんななんもない街に、何しに来たんだい?」
おっ? これは情報収集のチャンスだな。このまま話の流れでエルフのことを聞いてみよう。
客商売をしている女将さんなら何か知っているかもしれないからな。
「実はエルフを探しているんだ……」
「エルフを……?」
俺がそう言い出した途端、女将さんの表情が険しくなる。
まぁ、ここまでは想定の範疇内だ。
「実は先日、旅の途中で盗賊に襲われてね。その時、通りかかりのエルフの方に助けてもらったのさ。
けど、その人は名も告げずに去ってしまってね……ちゃんとお礼がしたいと、こうして立ち寄った街で日銭を稼ぎながら恩人エルフを探しているってわけさ」
と、事前に考えておいた都合のいい理由を話す。
「なるほどねぇ……確かにこの街にもエルフが居るって話は聞いたことがあるけど、生憎とあたしゃ見たことがないね。
力になれずにすまんねぇ」
「いや、この街にエルフが居るって分かっただけでも十分さ」
「ここは小さな町だけど、人を探すにゃ大きな街だ。人探しなら自由騎士組合を頼った方がいいかもしれないね。
あそこには沢山の人が集まるから、中には何か知ってる奴もいるかもしれないよ」
また出たか謎ワード自由騎士……
何のことかは分からないが、人が多く集まる組織だ、ということは何となく分かった。
俺たちは女将さんに礼を言い、店を出た。
その自由騎士組合の場所は女将さんから聞いたので、一先ずそこを目指してみることにしたのだ。
「旅芸人だとか恩人探しとか……よくもまぁ、次から次へと体のいいウソを思いつきますね。あれですか? スグミさんは詐欺師か何かですか?
実は私も騙されていて、何処かに売られそうになっているんですか? そうなんですか?」
店を出て少ししたところで、ソアラが胡乱げな視線を俺へと向けて来た。
どうやら、さっきからかったことをまだ根に持っているようだ。
「ウソとは心外な。臨機応変な対応と言って欲しいものだな。
素直にエルフを探してます、なんて言って理由を聞かれたらなんて答えるんだ? 本当のことを話すのか? 言えないだろ?
それに、騙していると言うなら、昨日洞窟でソアラがベッドでぐーすか寝ている時に何かしてるっつーの」
「ぐぬぬぬっ……頭では理解は出来ますが……理解できますが、心のどこかにそれを許したくない私が居ます……
いつかこの人をぎゃふんと言わせたい……」
「ぎゃふんっ!」
「ぐぬぬぬぬっ!!」
ドスっドスっと、小脇に地味なボディブローが突き刺さる。
「痛いっ! だから痛いって! 出ちゃうから! 今食べたの出ちゃうからっ!」
「くぬっ! くぬっ!」
どうやらソアラは口で勝てないとなると、すぐに暴力に訴えるとってもドメスティックでバイオレンスな娘のようだ。
今まさに、DV被害に遭っている俺大ピンチ。
これがホントの“力による嫌がらせ(物理)”ってか?
なんて下らないことを考えている間も、ソアラのボディブローは続いており、いよいよもってマーライオンになりそうになった時、
「もし、もし、そこの御仁。黒髪のそこの御仁。少し宜しいか?」
と、誰かに背後から呼び止められた。
黒髪の、と言っているので俺のことで間違いない、と思う。
声からすると女性だろうか? 流石にソアラも殴り続けるわけにも行かず、一旦その手を止める。
ふぅ~、誰かは知らんが助かった。
声のする方に振り向けば、そこには砂色のローブで身をくるみ、フードを目深に被った、見るからに不審な人物が一人佇んでいた。
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