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二七二話
しおりを挟むことの始まりは昨日の夜。
俺が自由に使っていいといったので、マレアを始めとした侍女達が、一通りの仕事を終え交代で風呂に入っていた時のことだ。
一人の侍女が、マレアにこんなことを聞いて来た。
「マレア侍女長と旦那様って親しいんですか?」
と。
旦那様ってのは、まぁ、俺のことだな。
確かに、なんだかんだで、マレアと俺が親し気に話していた姿は多くの侍女達にも見られていたうえ、本来なら侍女など絶対使わせてもらえないであろう風呂を、自由に使っていいことにもなった。
何も知らない人から見たら、そう思うのも分からなくはない話しだ。
となれば、だ。
マレアと俺に何かしらの関係があるがために、自分達の待遇が良くなっているのではないか? と、そう考えるのも自然な流れだといえた。
ただ、ここでマレアが、俺とは個人的な付き合いはなく、ビジネスライクな付き合いだ、とそう真実を話していれば何の問題も起きてはいなかったのだが……
ここでこの女がいらん見栄を張ったのが問題だった。
「親しい? ふっ、そんな薄っぺらいもんじゃないかな。
っていうか、マブダチ的な? あたしが頼めば、スグミくん、なんでもしてくれるんじゃないかな? かな?」
とかなんとか。
いつからオメーとマブダチになった? 知り合って数日、会った回数など数回だろうが。
「だって、初めて部下が出来て、それが嬉しくて……つい……」とは、本人の弁明である。
てか、弁明ですらないか。ただの開き直りでしかない。何が、つい、だ。
つい、でいらん見栄を張るなや……
で、それを鵜呑みにした別の侍女が、それならと、こう続けたのだ。
「あの……でしたら、私達の私室にも絨毯とか敷いてもらったりお願い出来ませんか?」
と。
絨毯とはこの世界では超貴重品であり、それはつまり裕福の象徴でもあった。
そしてなにより、そんな絨毯の敷き詰められた部屋で暮らす、というのがある種の憧れの対象ともなっていた。
例えるなら、海の見える丘の上に庭付きの一軒家的なアレだ。
俺はそれを知らずに、自作した大量の絨毯を屋敷中に敷き詰めていたのだが……
それが、彼女達にはとんでもない富豪のように見えたのだろう。
マブダチだと嘯いたマレアにお願いすれば、もしかしたら自分達も絨毯の敷かれた部屋で暮らせるのでは? と、そう考えた、というわけだ。
で、これに対して「任せちょきー任せちょきー、ぜ~んぶあたしに任せちょきー!」と、チョー安請け合いしたのが、この無様にも俺の足元で土下寝をぶちかましている女であった。
「スグミ様っ! どうかっ! どうかご一考をお願いしますっ! 何でもしますからっ! あっ! なんなら靴、舐めましょうか?」
「いらんわっ!」
カサカサと台所害虫よろしく、土下寝をしたまま這い寄って来るマレアに、数歩後ずさって距離を取る。
「そんないらん見栄を張りよってからに……そう言うのを何て言うか知ってるか? 自業自得って言うんだよ」
「う~……だって、部下にカッコイイところ見せたかったんだもん……」
だもん、じゃねぇーんだわ。だもん、じゃ。
てか、今のこの土下寝は見られていいのか? スゲーカッコ悪いと思うんだが……
ちなみに、それを聞いたら、今は全員奥で仕事をさせているからこの近くには誰もいない、とのことだった。
妙なところで用意周到なヤツだな……
とはいえだ。
「まっ、絨毯くらいならいいけどな」
「ホントっ!」
そんな俺の一言に、土下寝していたマレアが、バネ仕掛けのおもちゃのように勢いよく飛び上がった。
ただ、地べたに土下寝していた所為で、その綺麗なメイド服が所々汚れてしまっていたがな。
……そういえば昔、おわん型をしたゴムのおもちゃがあったな。ひっくり返すと、飛び跳ねるやつ……と、マレアを見てそんなこと思い出した。
最近ではめっきり見なくなったが……懐かしいなぁ……
なんて話はさておき。
ただ、これは別にマレアにお願いされたからとか、そういうわけでもなんでもない。何故なら……
「ああ、まぁ、最初から東西の棟にも絨毯は敷く予定だったからな」
ということだ。
東西の両棟はまだ掃除も終わっていなかったこと、また、絨毯の数も揃っていなかった為に手を着けていなかっただけの話しなのだ。
ただ、準備だけは着々と進めており……主に、クラフトボックス先生がだが……今では、掃除が終わればいつでも着手出来る状態になっていた。
「……へ?」
そんな俺の言葉を聞いて、マレアが棒立ち状態で俺を見上げていた。
その表情を何と形容すればいいのか……無感情というか、言葉が理解出来ていないというか……
強いていうなら、FXで有り金全額溶かした人の顔、の様な感じだ。
「え? 今なんと?」
「だから、初めから東西両方の棟にも、絨毯を敷く予定はあった。って言ったんだ。
勿論、全部の部屋にもな」
「…………えっ、あっ、そ、それじゃ、あ、あたしの渾身の五体投地は?」
「まっ、無意味だったんじゃね? やってもやらなくても、結果は変わらなかっただろうし」
「うそぉ~んっ! てか、そんな話し、あたし知らないんですけどっ!」
「まだ話してなかったからな」
「なんで教えてくれなかったのっ! こっちにも予定ってもんがあるんだから、ちゃんと話してくれないとっ!
報告と連絡は大事だよって教わらなったの!? あたし、無駄に赤っ恥かいちゃったじゃんっ!」
マレアはそう抗議する様に言うと、俺の服を掴み、前後に激しく揺らし出したのだった。
モヤシな俺ではあるが、流石に体格小学生のそれも女性の力ではびくともしないがな。
が、報告云々の話しは確かにその通りではあるが、お前の場合はただたんに見栄を張って自爆しただけだろうが……
と、何故、俺がマレアの見栄の為に、ここまで言われなきゃならんのか? と、その態度にフツフツと怒りが湧いてくる。
なので……
「計画取り止めっぞ?」
「すんませんしたっ! ちょーし乗りましたっ! どうぞそのままお続けになってくださいませ候っ!」
と、ぼそりと呟いたら、瞬間土下寝状態と移行し平服するマレア。
まったくこいつは……
「はぁ~、とにかく、だ。話は分かったし、東西の棟にも予定通り絨毯は敷く。これでいいか?」
「はいっ! ご配慮賜りっ! 誠に有難く存じますっ!」
まったく……何だったんだ……朝からいらんことでどっと疲れたぞ……
と、マレアの奇行に大きくため息を一つ吐き出すと、ふいに誰かが俺の袖を引いたのだった。
誰かと思い顔を向ければ……そこに居たのはセレスだった。
「ん? どうかしたのか?」
「ええ、さっきの話でちょっと……」
と、そう切り出してセレスが話し始めた。
話しの内容を要約すると、西棟、つまり学者が使う棟に絨毯は敷かない方がいいのではないか、という提案だった。
理由としては、まず、彼らの今回の研究内容に、ベルへモスの解体が含まれていることから、体が血糊や肉片などで汚れるのは確実であり、そのまま西棟に入った場合、絨毯が派手に汚れる可能性がある、ということ。
そして、それに付随して絨毯の掃除が大変になることで、侍女達の負担も増加する懸念がある、という指摘だ。
そして次に、学者連中が個人的な研究目的で、様々な薬品などを持ち込む可能性についても話していた。
薬品の種類によっては、もし零して絨毯に付着した時、溶けたり変色したりする可能性があり、清掃程度では復元出来ない損傷を受ける可能性もあると。
事実、セレスはそれを考慮して、自身の実験室には絨毯を敷いてはおらず、室内履きも研究室だけ別途専用の物を用意するという念の入れようだった。
結果、何も敷かない石畳みのままが一番いいのではないか、というのがセレスの主張であった。
それに伴い、中央棟で採用している内と外で靴を履き替えるシステムもなくした方がいいだろう、とのことだった。
そして余談として、学者という人種には、取り分け物臭な性格の者が多く、面倒なルールを作ると不平不満が出る可能性もある、なんて話しもしていた。
ただ、セレス自身はその括りに含まれてはいないと豪語していたがな。
「なるほどな……分かった。それじゃ、西棟のレイアウトに関してはセレスに一任するから、どうした方がいいか、どうするのがいいかをまとめて後で教えてくれ」
「分かったわ」
セレスとの話が終わり、ふと振り返ると、そこに何やらもの言いたげに俺を見つめていたマレアと目が合った。
「ん? なんだよ?」
「いや……なんかあたしとセレっちで態度違くない?」
「そりゃ、お前みたいな不良メイドと違って、セレスは真面目な良い子だからな」
ぶっちゃけ、俺の中でのマレアへの信用値など、一昔前のOSに存在していた、ユーザーサポートといいながらまったくサポートしてくれないあの役立たずなイルカ並みに低くなっていた。
「お前を消す方法」で有名なあのイルカである。
最近ではめでたく解雇されたようで、姿を見なくなったがな。
「……やっぱりモノホンじゃないとだめなのかな? かな?」
なんて、ぼそりとマレアが呟くのを俺は決して聞き逃しはしなかった。
あぁ? こいつ、またあのネタで擦ろうとしてんのか?
「それ以上何か言ってみろ? おめぇーの部屋だけ石畳みにしてやんぞ? てか、屋敷への出入り禁止にしてやろうか?」
「オーケーっ! ボスっ! あたしはボスの忠実な僕になりますので許してくださいどーぞっ!」
そう、軽く脅すと、マレアが直立不動の気を付けの姿勢を取り、誰に向かってかは分からないが、とても綺麗な敬礼をしてみせた。
はぁ~、なんかこいつの相手してるの疲れるわ……
以前、冗談半分で責任者をマレアからチェンジしようとしたことがあったが、あの時に本当に変えておけばよかったと今更に思う。
いや? ラルグスさんに相談すれば今からでもいけるのでは?
今度相談してみるか、と本気で悩む俺だった。
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