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二八二話
しおりを挟むやっちまった……やっちまったよぉ~……
明日から本格的な仕事が始まるということもあり、早めにパーティーがお開きとなったあと、俺は一人、私室のソファーで項垂れていた。
よくもまぁ、あれだけ恥ずかしげもなく自慢話が出来たものだ、と我が事ながら呆れるばかりである。
いくら酒が入り、若くて可愛い娘達からヨイショされまくっていたからとはいえ、思い出すだけで恥ずかしくて死にたくなってくる……
俺は悪くない、と虚勢を張ったところで、心に重く圧し掛かる後悔を払拭出来るものでもなかった。
ふぅ~……よしっ! 忘れようっ! 都合が悪いことは忘れるに限るっ!
そうと決めれば、さっさと風呂入って寝よ寝よ。
と、風呂に入るために着替えの一式を持って風呂場へと向かおうとした時だ。
コンコンっ、と部屋の扉がノックされる音が響いた。
こんな時間に誰だ? と思っていたら……
「スグミくん居るぅ~? マレアちゃんが遊びに来ましたよぉ~」
なんて声が扉越しに聞こえて来て、一気に出る気が無くなった。
もう声色からして完全に酔っ払いのそれである。ああいうのには、関わらないが一番だ。
一応の用心の為、扉にはカギも掛けてあるので、ここは一つ居留守を決め込むことにした。
ここに来た要件が、マレア本人が言っている通り遊びに来ただけというなら、無視してもかまへんやろ。
「スグミく~ん、居るんでしょ~、分かってるんだからぁ~、ねぇ~、スグミく~ん」
で、無視し続けていると、マレアの声が次第に大きくなり、終いには扉をガンガンと叩き始めたのだった。
こら止めろ、とも言えないので放置するしか手がない。
ガンガン ガチャガチャ ガンガン ガチャガチャ
「こらぉ~! 居るのは分かってんだぞぉ~! あたし、そういうの分かるんだからっ! だからさっさと、ドアを開けなさぁ~いっ!」
言っていることが真実なのかハッタリなのか……
マレアがセリカの同僚だということを考えれば、人の気配を察するとか本当に出来そうなので、頭からハッタリだと否定も出来ないところが怖い。
が、一先ずここは様子見ということで静観することに。
にしても、そんな文言に、お前は借金の取り立てか何かか? なんて思ってしまう。
まぁ、実際に取りてなんてされたことはない知らんけど……
「あっ、そうだっ! 別に開けてもらわなくても、こっちから開ければいいだけじゃんっ!」
なん……だと?
なんて、静かに様子を窺っていたら、マレアが当たり前のようにそんなことを言い出した。
そして、言うが否や、扉の向こうからカチャカチャ カチャカチャと、何かをいじる音が聞こえて来て……
数秒もしないうちにカチャン っと、錠が開く音が小さく響いた。
マジかっ! こ、こいつっ! ピッキングしやがったっ!
ピッキングとは、正規の鍵を使わずに解錠する行為のことだ。
主に鍵屋が緊急的な場合に、扉を開ける手段として使う技術だが、それ以外にも犯罪に広く利用される技術でもある。
で、今、俺はその犯行の瞬間を目撃したわけなのだが……
余談だが、俺が取り付けた錠は極一般的なシリンダータイプのもので、これは家の鍵としてよく使われているものだ。
そして、この国で使われている錠も、仕組み自体はこのシリンダータイプと殆ど同じでものであった。
マレアがピッキングで解錠できたのもこのためだ。
異世界なのにカギの仕組みが同じだということに違和感はあったが、そもそも鍵の仕組みというのは四〇〇〇年ほど前の古代エジプト時代では既にその基礎となる仕組みは出来上がっていた技術だ。
そして、その基礎は現在でもまったく変わっていなかった。
まぁ、何がいいたいのかというと、多少構造的に複雑にはなったとはいえ、考え方は何も変わっていないのである。
こういっては先人に失礼なのだろうが、そんな大昔の人達でも思いついた仕組みだ。
となれば、おそらく似たような技術がこの国、というか世界でも生まれたと考える方がむしろ自然だろう。
「それじゃ、おじゃまするわよぉ~……って、やっぱり居たっ! もぉっ! 居留守するとか酷いじゃんっ!」
と、イリーガルな手段で堂々と侵入してきたマレアが、悪びれた風もなくふくれっ面でそんなことを宣った。
いや、それをお前が言うのか? 酷いのはどっちだと問いたい。
今、お前がしたのは歴とした犯罪だからな?
「って、あれ? もしかしてお風呂だった?」
そして、俺が手にしている荷物に目を止めて、そんなことを聞いて来る。
「まぁな……」
「なら、一緒に入ってあげようか♪」
なんて、ニマニマしながら言って来たが、ノーサンキューである。
「入らねぇよ……てか、カギ掛かってんだから入ってくんなよ……」
「居るのに出ないスグミくんが悪いと思いますっ!
こんな美少女が、夜な夜な男のお部屋に遊びに来てあげて、剰え一緒にお風呂に入ってあげるって言ってるのに、それを無下にするなんて……酷い」
そう言うと、ヨヨヨっとつまらない泣きまねをするマレア。
夜な夜なといっても、そんな深夜でもないだろうが……今は夜の一〇時を少し超えた辺りでしかない。
更にいうから、見るからに幼児体形のマレアと一緒に風呂に入ってもなぁ……
楽しみはそれ程ないだろう。
いや、だからってボン、キュッ、ボ~ンなお姉ちゃんに誘われたら一緒に入るのかといったら、そういうわけでもないんだが……
「大体、まず、二三は少女じゃないだろ?」
「心は何時だって乙女なのっ!」
今さっきの泣きまねも何処へやら、そんな俺のツッコミに憤慨しつつ、マレアは当たり前の様にソファーに腰を下ろした。
どうやら、帰る、という選択肢は皆無らしい。
俺が何を言っても聞かない感じなので、ここまで来たらもう好きにさせることにした。
俺も、手にしていた荷物を適当に置き、マレアの対面に腰を下ろす。
「で? 本気で何しに来たんだお前は?」
「何って? さっき言ったじゃん? 遊びに来たって。で、これ一緒に飲もうと思ってさっ!」
そう言うと、マレアは持参して来たグラス二つと、これまた持参していたボトルをテーブルの上に置いた。
そのボトルには見覚えがあった。
今日、買い出しの時、マレアが酒屋で自腹で購入していたやつだ。
……というか、自腹で買わせたやつ、という方が正確だな。
なんせ、こいつ、しれっと自分用に買おうしていた分まで俺に払わせようとしていたんだよな……直前で気付いて突っ返してやったが……
それはそれとして。
この酒、なんでもマレアのオススメなんだそうだが、価格的には、俺が樽で買った安酒より数倍格上の代物で、グラム単価が二以上も違うのだ。
所謂、高級酒という分類のものだな。
マレアは俺の返事を聞く前に、ボトルに再度手を伸ばすと、手慣れた感じで封を解く。人の意見など端から聞く気はないらしい。
で、透明なグラスにボトルの中身を注ぐ。
色こそウイスキーやブランデーの様な琥珀色をしていたが、途端、焼酎……それも芋焼酎を思わせる独特な香りが鼻を擽る。
なんとなく、それだけで度数が高そうな酒だな、と思った。
「はい、ど~ぞ~」
グラスの半分くらいまで酒を注ぐと、それをマレアが俺の前へと滑らせる。
で、今度は自分用にと、グラスいっぱいになみなみと酒を注ぐ。
……いや、この酒ってそういう飲み方するやつじゃないだろ? 多分だけど……
で。
「おっとっと、勿体ない勿体ない……」
勢い余って溢れそうになったところで、慌ててグラスに口を付けずずずっと啜る。
その仕草はまるで居酒屋のおっさんのそれである。
そんなこと、俺でもやらんぞ?
「はいはいっ、スグミくんもグラス持って持って……はい、かんぱ~いっ!」
マレアに急かされるまま渋々グラスを手に取ると、それに無理やり自身のグラスを押し付けキンと鳴らす。
「んぐっんぐっんぐっ……ぶはぁ~っ! もう一杯……」
で、瞬間でグラスをカラにすると、手酌でもう一杯。
そんなマレアに呆れつつ、仕方ないと一杯だけ付き合うことにした。
でないと帰らなそうだしな、こいつ。
流石に俺はマレアみたいな飲み方はしたくないので、グラスを軽く傾けチビチビと舐める様に飲んだ……のだが。
「っ! くはっ、なんだこれっ!? 度数えげつないぞっ!」
液体を口に含んだ途端、触れた舌が、飲み込んだ食道が、まるで赤熱した鉄でも飲み込んだような熱を感じた。
その所為で、酷く咽た。
この感じ……覚えがあるぞ。これは……アレだ……
昔、悪乗りで一度だけ飲んだことがある、世界一アルコール度数が高い酒といわれている酒……そう、スピリタスを彷彿とさせた。
ちなみに、スピリタスのアルコール度数は九六度である。
こいつ……これをグラス一杯丸々を一気で呷ったのか? マジか……
「ふっふっふー、この程度のお酒が飲めないなんて、スグミくんもまだまだ子犬よのぉ~」
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