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番外編
ウォーレン伯爵家の人々 2 ※
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時々、ロイス様はカーク主任と王宮に出向かれる。国王陛下から直々にお言葉を賜っているようだけれど、その内容について私は分からない。私はただ研究室でロイス様のお帰りをお待ちするだけだ。
今日もカーク主任と王宮へ出向かれた。お戻りになられてから、いつもと違ってかなり険しいお顔で口数が少ない。研究室の皆さんもそれを察しているようで、ムードメーカーのナイルズ様ですら全く近付こうとされない。
四年ほど前にしばらくの間、ロイス様はこんなお顔をなさっていたことを思い出した。私がお仕えして半年程経った頃で確か12歳の時だった。それからはロイス様は寸暇を惜しんで学問や魔法に打ち込まれた。
その時の理由は全く知らない。すでにロイス様をお慕いしていた私はとても気になっていた。ロイス様の笑顔が消えてしまい、どうすることも出来なくて胸が苦しかった。
使用人の分際でおこがましいことだとは重々承知だった。使用人の私が主人の話さない個人的な事情を詮索する必要はないからだ。私が出来ることは精一杯お仕えをすることだけだった。
今回のこともとても気になって仕方がない。機密事項なので私が知る由はないけれど、一体何があったのだろうか。
ロイス様は夕食もほとんど召し上がらずに自室に籠って、ワインをおひとりで三本も空けてしまわれた。お酒はお好きだけどあまり強くないので、翌日は二日酔いで仕事にならないと一本空けることは滅多とない。
「ロイス様、三本も空けられて明日は大丈夫ですか?」
明日のお仕事の心配を装っているけれど、本当は今のロイス様が心配で仕方がない。こんな無茶な飲み方をされたのは初めてだ。昼間の件が原因なのは分かっているけど、使用人の分際でそれを問い質すことは出来ない。
「・・・寝る」
ロイス様はそう言ってふらつきながら、寝室に向かわれるので慌てて肩をお貸しした。私はロイス様より頭一つ分小さく非力だが、支えが無いよりはましだ。私はこんなことでもロイス様に触れることが出来てとても嬉しかった。
ベッドの少し手前でロイス様がバランスを崩して、私ごとベッドに倒れ込んでしまった。
「ロイス様、大丈夫ですか?」
困ったことにロイス様からは返事がない。眠ってしまわれたんだろうか。お酒が全く飲めない私はワインの強い香りに酔ってしまいそうだった。
ロイス様の身体の重みと温もりを直ぐに手放したくない。私は最初で最後の機会を少しでも長く堪能したくて、しばらくの間ロイス様を押しのけて抜け出そうとしなかった。
この美しいロイス様に愛され、伴侶となるお方が羨ましくて仕方がない。
「・・愛して・・いる・・・」
そうつぶやくとロイス様は私を強く抱きしめた。聞き間違えかもしれないが、ロイス様に愛していると言われ胸が高鳴った。まさかそんなはずはないと思いつつも、ロイス様の力強い抱擁に舞い上がってしまっていた。
「ロイス様?」
「・・・フィン・・・愛して・・いるよ・・・」
それは初めて聞く名前だった。あまりの衝撃に息をすることも一瞬忘れてしまった。天国から地獄に突き落とされるとはこのことだろう。自分が世界一の愚か者だと思い知らされてしまった。嫉妬と怒りと羞恥にこの世から消えてしまいたいほど辛くて苦しくなった。
「フィン・・私を置いて行くな・・・・」
思い上がって勝手に傷ついてしまっていたが、それ以上にロイス様の悲しみに満ちた声色に胸が痛んだ。フィンという人物を失うことをロイス様は恐れ悲しんでいる。
「行かないでくれ・・・」
「大丈夫、どこにも行きません」
宥めるように囁いてロイス様を抱き締め返して、子供をあやすように広い背中と頭を優しく撫でた。
「愛しています、ロイス。私は一生離れませんから・・・」
代わりに成れないのはもちろん分かっている。ロイス様には伝えることの出来ない私の想いを、フィンという人物に成りすまして告白した。
ロイス様のお側から離れることなんて出来やしない。誰かを愛して子を儲けて年老いていくロイス様の最期の時まで見届けたい。私はロイス様を見送ったら、直ぐに自ら命を絶つことすらも考えていた。少し病んでいるようだけれど、その位私はロイス様を愛していた。
今やっていることもかなりおかしなことだと思う。でも、そうせずにいられなかった。
「フィン・・・」
ロイス様の腕が緩んだかと思うと荒々しく私のズボンに手を掛けた。これからどうなるかは、誰にも身体を許したことがない私にでも分かっていた。身代わりでもなければロイス様に抱かれることはないだろう。それでもいいと愛されることを心の底から望んだ。
愛撫もなく強引に貫かれて激痛と圧迫感に耐えながら、私はただひたすらにロイスと名前を呼び続けた。身代わりで抱かれている惨めさや愛しい人に抱かれる喜びや、色々な感情が入り混じった涙が頬を伝い止まらなかった。
ロイス様は私の中に果てると、そのまま深い眠りに落ちていった。酔ったロイス様は最後まで私をフィンと呼び続けていた。お酒に弱いロイス様は翌朝二日酔いで苦しまれることだろう。そして、フィンと呼んで私を抱いたことを覚えてはいない。
正直に言えば途中で私だと気が付いて欲しかったけれど、フィンではないと拒絶されるのは辛い。一度でいいからカイルと名前を呼んで欲しかった。
彼を抱いているロイス様は今までに見たことがない程に幸せで満ち足りた表情だった。昼間のあの辛そうなお顔を見るのはやるせない。
私はお役に立てたと思いたい。覚えていないとしてもかりそめの恋人を演じて、ほんの少しでもロイス様のお気持ちが癒されたのならばいいのだ。
規則正しい寝息を聞きながら、起こさないようにゆっくりと身体をずらして押し退けた。
ロイス様が私の中から離れ、なんだかとても寂しい気持ちになってしまった。
熟睡しているのをいいことに、ロイス様の髪を優しく指で梳いた。
壁の大きな鏡の中には、タイは歪み皺くちゃになったシャツとベストを身に着けたまま下半身を露わにしている自分がいた。乱れた髪と泣きはらした赤い目で何があったか一目瞭然なこの姿を誰にも見せる訳にはいかない。
秘部から尻や腿を伝う血の混じった精液を拭って身なりを整えた。ロイス様の着衣を全て脱がして後処理をしてシーツを掛けた。全裸でお休みになることもよくあるので大丈夫だろう。明日はロイス様が起床されたら直ぐにシーツを取り換えてしまわねば。血や精液で汚れていても、さすがに今取り換えることは出来ない。
今夜のことは誰にも言わず胸に秘めて、明日からはいつも通りにお仕えしよう。
もしもロイス様が覚えていたとしても、私が沈黙すればいいことだ。主人が火遊びで召使いに手を出すことなどよくある話なのだから。
最悪な場合、私はこの屋敷から去ることになる。一生お側から離れたくはないけれど、抱かれた思い出を糧に生きることは出来る。そして、ロイス様がお亡くなりになったら人知れず後を追うだけだ。
部屋に戻って傷の手当てをして痛み止めを飲んだ。昼間からの出来事を思い出しなかなか寝付けなかった上に、翌朝はいつもより少し早く目が覚めてしまった。
身体に残る痛みに昨夜のことはやはり夢じゃなかったと実感し、鏡を覗いて大丈夫と何度も自分に言い聞かせて笑顔を作った。
いつも通りの時間にお部屋に向かうと、まだお休みだった。何度も声をお掛けしたら、辛そうにやっと目を開けて一糸まとわぬ姿でベッドの端に座られた。鍛えられたこの美しい身体に抱かれたんだと、昨夜のことをまた思い返してしまった。
案の定、ロイス様はひどい二日酔いで、酔い覚ましの薬を飲むのも一苦労なさった。あんなことがあったのに私はおくびにも出さずにいつも通りにお仕えした。
「ロイス様、湯浴みの準備をしております」
「ああ・・分かった・・・・昨日、何本空けた?」
「ワインを三本です。朝食はいかがなさいますか?」
ロイス様は喋るのも億劫そうに朝食は要らないと手を振り、グラスの水を飲み干すとゆっくりと隣の浴室に向かわれた。
「目覚ましに熱い茶だけでいいと伝えてくれ。職場へはいつも通りに出発する」
「承知いたしました」
私は急いでシーツを取り換えて、厨房で料理人にロイス様のご要望を伝え研究室へ持参する軽食を依頼した。
研究室に向かう馬車の中、やっと酔い覚ましが効いてきたのかロイス様の顔色が少し良くなっていた。馬車の揺れが身体に響いたけれど、何事もなく平気な顔をして窓の外を眺めた。
研究室の皆さんは別室で光属性の魔道具の耐久試験だったので、ひとりで午前のお茶の準備をしていると息抜きをしに来たとナイルズ様が手伝って下さった。
ナイルズ様は私を手伝うためにわざわざ抜け出して来ることがある。それをよくモリソン様にからかわれていた。
「ロイスは二日酔いみたいだね。酒臭いし、辛そうだ」
「ナイルズ様、いつもお手伝いをしてくださってありがとうございます」
「こちらこそだよ。いつもありがとう。あれ、サンドイッチとか珍しいね。そうか、二日酔いで朝食を抜いたロイスのためか。本当に気が利くね、さすがだよ。あーあ、俺もこんな風に世話を焼かれたいよ」
主人のことをあれこれという訳にはいかないので黙っていたけれど、ナイルズ様は気にせずに茶器を戸棚から配膳台に降ろして下さった。高い位置に手を伸ばすのが大変だったのでありがたい。顔に出さないようにしていたけれど痛みですべての動作が辛かった。
「カイル君も調子悪いの?」
ナイルズ様の言葉に息が止まりそうになった。好きだと言うだけあって私のことをよく見ているんだと驚いてしまった。ここは否定するよりもそうだと言った方がいいだろう。
「風邪を引いたのか少し頭痛がするんです。痛み止めを飲んだので朝よりは楽になりましたが。ロイス様には内緒にして下さいね。自己管理も仕事のうちなので」
「主人だっていうのもあるんだろうけど、心配かけたくないからロイスには言えないよね。そうだ、回復魔法を使える奴がもうすぐ顔を出すからロイスや皆に内緒で治して貰おうよ。ついでにロイスの二日酔いも頼んでおくよ。ロイスが元気になれば、カイル君も安心出来ていいでしょ?」
ナイルズ様は一生懸命に私を説得しようと試みた。
「ロイス様の回復は是非お願いしたいのですが、私まで治していただくのは申し訳ないので・・・」
「大丈夫、僕がカイル君の役に立ちたいだけだから気兼ねしなくていいよ。まあこれで僕を見直して惚れてくれると嬉しいけど。こんなこと言うとカイル君も困っちゃうだろうけど、勝手にやることだから気にしないで。僕も時々回復魔法を掛けて貰うんだけど、肩こりや腰痛や日々の疲労だって吹っ飛んで元気になれるんだよ」
私に断らせまいと一気にまくしたてるナイルズ様の真剣さについ顔がほころんでしまった。
「分かりました、ありがとうございます。でも内緒ですよ?」
「ああ、内緒にするよ。カイル君と僕との秘密だから誰にも言わないし、相手にも口止めするよ。ああ、やっと本当の笑顔を見せてくれて嬉しいよ、君の笑顔が見ることが出来るなら僕は何だってするよ。それが恋敵のためになってもね」
私に気まずい思いをさせないように明るく陽気な口調でナイルズ様はおどけて言って下さる。とても楽しくて優しい素敵なお方だと思う。
衣住食に困らないどころか贅を極めた生活を送れることを差し引いても、ナイルズ様に想われるのは幸せなことだろう。それでも、私はナイルズ様の望む返事は出来ない。
そうしていると、その方が研究室にお見えになった。時々、魔法局にお見えになる方で、廊下ですれ違うことはあるけれど面識はなかった。
カーク主任よりも年上で私の父とそう変わらない年代の方だった。ナイルズ様から紹介されて、私もご挨拶と自己紹介をした。
「ハンス、さっそくで悪いんですが、カイル君が風邪で調子が悪いみたいだから回復魔法を掛けて貰えませんか」
「ああ、お安い御用だよ。可愛い子には大サービスだ」
ハンス様は国王陛下直属の魔導師の方だった。回復魔法を掛けて貰うと、痛みと身体の不調が嘘のように無くなった。大量の書類の清書で疲れた手首と肩の痛みや、5日前に書類で少し指を切った跡もすっかり消えてしまった。
「どう、風邪の不調は治ったかい?」
「すごいです、すっかり痛みが引きました。肩や手首まで軽いです。本当にありがとうございます」
「主人に心配かけたくないって、カイル君は健気なんだよ。だからロイスや研究室の皆には内緒にしといて貰えませんか」
「それは構わないけれど、お前がここまで気にかけるとはなあ。もしかしてカイル君を」
「振られたからそれ以上は言わないで下さい。駄目もとで僕の実家を餌で釣ろうとしたけど見事に撃沈しましたよ」
「本当か?そりゃ、いよいよ逃した魚は大きいな。カイル君、こいつとのこと考え直してやってくれないか?きっと君を大切にしてくれるよ」
ハンス様は笑顔でナイルズ様を売り込もうとしたけれど、私は笑って曖昧に誤魔化してお茶をお出しますねとその場を離れた。
「ロイスも二日酔いで仕事にならないから、後でこっそりと治してやって貰えませんか」
「ふーん。あいつはそんな羽目を外すようには見えないのにな」
「昨日、王宮から帰ってから不機嫌で近づけなくて困りましたよ。触らぬ神になんとやらって感じで」
「そうなのかい。昨日の話しなら塔のことかな。ひとり亡くなったんだよ。回復魔法でもどうにもならない病でね。まだ若くて16歳だったんだ」
「ああ、それ昨日聞きました。お気の毒ですね」
おふたりの会話を聞くつもりはなかったのだけど、ロイス様の名前につい聞き耳を立ててしまった。お茶をお持ちすると、その会話は中断されてしまった。
分かったのは塔でどなたかが若くしてお亡くなりになったということだけだった。もしかしてフィンがその亡くなった方なのかもしれない。
ただの推測に過ぎないけれど、心臓を鷲掴みにされたように苦しくなってしまった。
今日もカーク主任と王宮へ出向かれた。お戻りになられてから、いつもと違ってかなり険しいお顔で口数が少ない。研究室の皆さんもそれを察しているようで、ムードメーカーのナイルズ様ですら全く近付こうとされない。
四年ほど前にしばらくの間、ロイス様はこんなお顔をなさっていたことを思い出した。私がお仕えして半年程経った頃で確か12歳の時だった。それからはロイス様は寸暇を惜しんで学問や魔法に打ち込まれた。
その時の理由は全く知らない。すでにロイス様をお慕いしていた私はとても気になっていた。ロイス様の笑顔が消えてしまい、どうすることも出来なくて胸が苦しかった。
使用人の分際でおこがましいことだとは重々承知だった。使用人の私が主人の話さない個人的な事情を詮索する必要はないからだ。私が出来ることは精一杯お仕えをすることだけだった。
今回のこともとても気になって仕方がない。機密事項なので私が知る由はないけれど、一体何があったのだろうか。
ロイス様は夕食もほとんど召し上がらずに自室に籠って、ワインをおひとりで三本も空けてしまわれた。お酒はお好きだけどあまり強くないので、翌日は二日酔いで仕事にならないと一本空けることは滅多とない。
「ロイス様、三本も空けられて明日は大丈夫ですか?」
明日のお仕事の心配を装っているけれど、本当は今のロイス様が心配で仕方がない。こんな無茶な飲み方をされたのは初めてだ。昼間の件が原因なのは分かっているけど、使用人の分際でそれを問い質すことは出来ない。
「・・・寝る」
ロイス様はそう言ってふらつきながら、寝室に向かわれるので慌てて肩をお貸しした。私はロイス様より頭一つ分小さく非力だが、支えが無いよりはましだ。私はこんなことでもロイス様に触れることが出来てとても嬉しかった。
ベッドの少し手前でロイス様がバランスを崩して、私ごとベッドに倒れ込んでしまった。
「ロイス様、大丈夫ですか?」
困ったことにロイス様からは返事がない。眠ってしまわれたんだろうか。お酒が全く飲めない私はワインの強い香りに酔ってしまいそうだった。
ロイス様の身体の重みと温もりを直ぐに手放したくない。私は最初で最後の機会を少しでも長く堪能したくて、しばらくの間ロイス様を押しのけて抜け出そうとしなかった。
この美しいロイス様に愛され、伴侶となるお方が羨ましくて仕方がない。
「・・愛して・・いる・・・」
そうつぶやくとロイス様は私を強く抱きしめた。聞き間違えかもしれないが、ロイス様に愛していると言われ胸が高鳴った。まさかそんなはずはないと思いつつも、ロイス様の力強い抱擁に舞い上がってしまっていた。
「ロイス様?」
「・・・フィン・・・愛して・・いるよ・・・」
それは初めて聞く名前だった。あまりの衝撃に息をすることも一瞬忘れてしまった。天国から地獄に突き落とされるとはこのことだろう。自分が世界一の愚か者だと思い知らされてしまった。嫉妬と怒りと羞恥にこの世から消えてしまいたいほど辛くて苦しくなった。
「フィン・・私を置いて行くな・・・・」
思い上がって勝手に傷ついてしまっていたが、それ以上にロイス様の悲しみに満ちた声色に胸が痛んだ。フィンという人物を失うことをロイス様は恐れ悲しんでいる。
「行かないでくれ・・・」
「大丈夫、どこにも行きません」
宥めるように囁いてロイス様を抱き締め返して、子供をあやすように広い背中と頭を優しく撫でた。
「愛しています、ロイス。私は一生離れませんから・・・」
代わりに成れないのはもちろん分かっている。ロイス様には伝えることの出来ない私の想いを、フィンという人物に成りすまして告白した。
ロイス様のお側から離れることなんて出来やしない。誰かを愛して子を儲けて年老いていくロイス様の最期の時まで見届けたい。私はロイス様を見送ったら、直ぐに自ら命を絶つことすらも考えていた。少し病んでいるようだけれど、その位私はロイス様を愛していた。
今やっていることもかなりおかしなことだと思う。でも、そうせずにいられなかった。
「フィン・・・」
ロイス様の腕が緩んだかと思うと荒々しく私のズボンに手を掛けた。これからどうなるかは、誰にも身体を許したことがない私にでも分かっていた。身代わりでもなければロイス様に抱かれることはないだろう。それでもいいと愛されることを心の底から望んだ。
愛撫もなく強引に貫かれて激痛と圧迫感に耐えながら、私はただひたすらにロイスと名前を呼び続けた。身代わりで抱かれている惨めさや愛しい人に抱かれる喜びや、色々な感情が入り混じった涙が頬を伝い止まらなかった。
ロイス様は私の中に果てると、そのまま深い眠りに落ちていった。酔ったロイス様は最後まで私をフィンと呼び続けていた。お酒に弱いロイス様は翌朝二日酔いで苦しまれることだろう。そして、フィンと呼んで私を抱いたことを覚えてはいない。
正直に言えば途中で私だと気が付いて欲しかったけれど、フィンではないと拒絶されるのは辛い。一度でいいからカイルと名前を呼んで欲しかった。
彼を抱いているロイス様は今までに見たことがない程に幸せで満ち足りた表情だった。昼間のあの辛そうなお顔を見るのはやるせない。
私はお役に立てたと思いたい。覚えていないとしてもかりそめの恋人を演じて、ほんの少しでもロイス様のお気持ちが癒されたのならばいいのだ。
規則正しい寝息を聞きながら、起こさないようにゆっくりと身体をずらして押し退けた。
ロイス様が私の中から離れ、なんだかとても寂しい気持ちになってしまった。
熟睡しているのをいいことに、ロイス様の髪を優しく指で梳いた。
壁の大きな鏡の中には、タイは歪み皺くちゃになったシャツとベストを身に着けたまま下半身を露わにしている自分がいた。乱れた髪と泣きはらした赤い目で何があったか一目瞭然なこの姿を誰にも見せる訳にはいかない。
秘部から尻や腿を伝う血の混じった精液を拭って身なりを整えた。ロイス様の着衣を全て脱がして後処理をしてシーツを掛けた。全裸でお休みになることもよくあるので大丈夫だろう。明日はロイス様が起床されたら直ぐにシーツを取り換えてしまわねば。血や精液で汚れていても、さすがに今取り換えることは出来ない。
今夜のことは誰にも言わず胸に秘めて、明日からはいつも通りにお仕えしよう。
もしもロイス様が覚えていたとしても、私が沈黙すればいいことだ。主人が火遊びで召使いに手を出すことなどよくある話なのだから。
最悪な場合、私はこの屋敷から去ることになる。一生お側から離れたくはないけれど、抱かれた思い出を糧に生きることは出来る。そして、ロイス様がお亡くなりになったら人知れず後を追うだけだ。
部屋に戻って傷の手当てをして痛み止めを飲んだ。昼間からの出来事を思い出しなかなか寝付けなかった上に、翌朝はいつもより少し早く目が覚めてしまった。
身体に残る痛みに昨夜のことはやはり夢じゃなかったと実感し、鏡を覗いて大丈夫と何度も自分に言い聞かせて笑顔を作った。
いつも通りの時間にお部屋に向かうと、まだお休みだった。何度も声をお掛けしたら、辛そうにやっと目を開けて一糸まとわぬ姿でベッドの端に座られた。鍛えられたこの美しい身体に抱かれたんだと、昨夜のことをまた思い返してしまった。
案の定、ロイス様はひどい二日酔いで、酔い覚ましの薬を飲むのも一苦労なさった。あんなことがあったのに私はおくびにも出さずにいつも通りにお仕えした。
「ロイス様、湯浴みの準備をしております」
「ああ・・分かった・・・・昨日、何本空けた?」
「ワインを三本です。朝食はいかがなさいますか?」
ロイス様は喋るのも億劫そうに朝食は要らないと手を振り、グラスの水を飲み干すとゆっくりと隣の浴室に向かわれた。
「目覚ましに熱い茶だけでいいと伝えてくれ。職場へはいつも通りに出発する」
「承知いたしました」
私は急いでシーツを取り換えて、厨房で料理人にロイス様のご要望を伝え研究室へ持参する軽食を依頼した。
研究室に向かう馬車の中、やっと酔い覚ましが効いてきたのかロイス様の顔色が少し良くなっていた。馬車の揺れが身体に響いたけれど、何事もなく平気な顔をして窓の外を眺めた。
研究室の皆さんは別室で光属性の魔道具の耐久試験だったので、ひとりで午前のお茶の準備をしていると息抜きをしに来たとナイルズ様が手伝って下さった。
ナイルズ様は私を手伝うためにわざわざ抜け出して来ることがある。それをよくモリソン様にからかわれていた。
「ロイスは二日酔いみたいだね。酒臭いし、辛そうだ」
「ナイルズ様、いつもお手伝いをしてくださってありがとうございます」
「こちらこそだよ。いつもありがとう。あれ、サンドイッチとか珍しいね。そうか、二日酔いで朝食を抜いたロイスのためか。本当に気が利くね、さすがだよ。あーあ、俺もこんな風に世話を焼かれたいよ」
主人のことをあれこれという訳にはいかないので黙っていたけれど、ナイルズ様は気にせずに茶器を戸棚から配膳台に降ろして下さった。高い位置に手を伸ばすのが大変だったのでありがたい。顔に出さないようにしていたけれど痛みですべての動作が辛かった。
「カイル君も調子悪いの?」
ナイルズ様の言葉に息が止まりそうになった。好きだと言うだけあって私のことをよく見ているんだと驚いてしまった。ここは否定するよりもそうだと言った方がいいだろう。
「風邪を引いたのか少し頭痛がするんです。痛み止めを飲んだので朝よりは楽になりましたが。ロイス様には内緒にして下さいね。自己管理も仕事のうちなので」
「主人だっていうのもあるんだろうけど、心配かけたくないからロイスには言えないよね。そうだ、回復魔法を使える奴がもうすぐ顔を出すからロイスや皆に内緒で治して貰おうよ。ついでにロイスの二日酔いも頼んでおくよ。ロイスが元気になれば、カイル君も安心出来ていいでしょ?」
ナイルズ様は一生懸命に私を説得しようと試みた。
「ロイス様の回復は是非お願いしたいのですが、私まで治していただくのは申し訳ないので・・・」
「大丈夫、僕がカイル君の役に立ちたいだけだから気兼ねしなくていいよ。まあこれで僕を見直して惚れてくれると嬉しいけど。こんなこと言うとカイル君も困っちゃうだろうけど、勝手にやることだから気にしないで。僕も時々回復魔法を掛けて貰うんだけど、肩こりや腰痛や日々の疲労だって吹っ飛んで元気になれるんだよ」
私に断らせまいと一気にまくしたてるナイルズ様の真剣さについ顔がほころんでしまった。
「分かりました、ありがとうございます。でも内緒ですよ?」
「ああ、内緒にするよ。カイル君と僕との秘密だから誰にも言わないし、相手にも口止めするよ。ああ、やっと本当の笑顔を見せてくれて嬉しいよ、君の笑顔が見ることが出来るなら僕は何だってするよ。それが恋敵のためになってもね」
私に気まずい思いをさせないように明るく陽気な口調でナイルズ様はおどけて言って下さる。とても楽しくて優しい素敵なお方だと思う。
衣住食に困らないどころか贅を極めた生活を送れることを差し引いても、ナイルズ様に想われるのは幸せなことだろう。それでも、私はナイルズ様の望む返事は出来ない。
そうしていると、その方が研究室にお見えになった。時々、魔法局にお見えになる方で、廊下ですれ違うことはあるけれど面識はなかった。
カーク主任よりも年上で私の父とそう変わらない年代の方だった。ナイルズ様から紹介されて、私もご挨拶と自己紹介をした。
「ハンス、さっそくで悪いんですが、カイル君が風邪で調子が悪いみたいだから回復魔法を掛けて貰えませんか」
「ああ、お安い御用だよ。可愛い子には大サービスだ」
ハンス様は国王陛下直属の魔導師の方だった。回復魔法を掛けて貰うと、痛みと身体の不調が嘘のように無くなった。大量の書類の清書で疲れた手首と肩の痛みや、5日前に書類で少し指を切った跡もすっかり消えてしまった。
「どう、風邪の不調は治ったかい?」
「すごいです、すっかり痛みが引きました。肩や手首まで軽いです。本当にありがとうございます」
「主人に心配かけたくないって、カイル君は健気なんだよ。だからロイスや研究室の皆には内緒にしといて貰えませんか」
「それは構わないけれど、お前がここまで気にかけるとはなあ。もしかしてカイル君を」
「振られたからそれ以上は言わないで下さい。駄目もとで僕の実家を餌で釣ろうとしたけど見事に撃沈しましたよ」
「本当か?そりゃ、いよいよ逃した魚は大きいな。カイル君、こいつとのこと考え直してやってくれないか?きっと君を大切にしてくれるよ」
ハンス様は笑顔でナイルズ様を売り込もうとしたけれど、私は笑って曖昧に誤魔化してお茶をお出しますねとその場を離れた。
「ロイスも二日酔いで仕事にならないから、後でこっそりと治してやって貰えませんか」
「ふーん。あいつはそんな羽目を外すようには見えないのにな」
「昨日、王宮から帰ってから不機嫌で近づけなくて困りましたよ。触らぬ神になんとやらって感じで」
「そうなのかい。昨日の話しなら塔のことかな。ひとり亡くなったんだよ。回復魔法でもどうにもならない病でね。まだ若くて16歳だったんだ」
「ああ、それ昨日聞きました。お気の毒ですね」
おふたりの会話を聞くつもりはなかったのだけど、ロイス様の名前につい聞き耳を立ててしまった。お茶をお持ちすると、その会話は中断されてしまった。
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でも、実はこれには訳がある。
知らないのは、アイルだけ………。
さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪
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