9 / 165
Case.1 祟り
事情聴取・2
しおりを挟む
それから数点、形式上の質問をすると、僕らは岡副と別れた。被害者の死亡推定時刻のアリバイは会社で残業していたためなし。これは殆どの人間がそうだろう。むしろ深夜二時~三時のアリバイを完璧に証言できる人間の方が怪しいくらいだ。
副社長室を揃って退室したその足で、今度は現場となった社長室に向かう。社長室は天高く聳えるビルの最上階に位置していた。現場では鑑識が忙しなく現場検証を行なっていた。
「お疲れ様です、特怪の御子柴です」
「ああ、アンタが例の」先の捜査会議の話は耳に入っているのだろう、ベテランであろう鑑識は僕に憐れみの視線を向けてきた。「ご苦労なこって。大変だろう」
「いや、まあ、ハハハ……」
笑って誤魔化す僕に、米守と名乗った鑑識は「残念だけど」と前置きしてから言った。
「争ったような形跡はあるけどね、ガイシャにピンポイントで雷を落とすような仕掛けらしきものは見当たらないんだよね。私の勘だが、恐らく事件性はないね。信じられない話だけど、室内で落雷によって亡くなった事例もあるから、そっち方面も検証してみるよ」
となると――僕は考える。やはりこれは天文学的確率の不運な事故なのだろうか……?
僕に同情的な米守に礼を述べ、これといった収穫を得られぬまま現場を後にする。警備員室では犯行時刻前後の防犯カメラの映像も見せてもらったのだが、捜査会議で聞いた通り雷雨が酷く映像は殆ど見れたものではなかった。しかし、事件当夜は深夜にも関わらず岡副や木嶋など、少なくない人数が会社に残っていたようだから、会社のブラックっぷりは疑いようもないだろう。
来た道を戻り、会社を後にしようとしたところ、エレベーターホール付近で小太りのオバさんがそそくさと僕らに近寄ってきて囁いた。
「ねね、アンタ達刑事さんでしょ? さっき訪ねてきたの見たのよ。ちょっと話があるんだけど、いい? いいわね?」
「はぁ……」
こちらの返事などハナから聞く耳を持たないオバさんは有無を言わさず、ぐいぐいと半ば力づくで人気のないに通路に僕らを連れ込んだ。あまり他人に聞かれたくない話のようだ。
オバさんは大和建設に出入りする清掃会社の細井と名乗った。名は体を表す、ということわざは嘘だったんだな、と僕は思考の片隅で考える。
「あの、社長秘書の木嶋さんているじゃない。若くて可愛い子」
「ああ、先ほどお会いしました。彼女がどうかしましたか?」
細井は周囲に目を配りながら、ますます声を潜めて囁いた。
「あの子ね、死んだ社長の愛人だったのよ」
「え――」
僕は絶句した。彼女にそんな一面があったとは。とても遊んでいるようには見えなかったが、これで岡副のみならず木嶋にも充分な動機があることになる。
細井は立て板に水の勢いで捲し立てた。
「愛人って言っても、半ば無理矢理みたいな関係だったらしいけどね。木嶋さんのお父様が社長と親しいとかで、社長が彼女のこと気に入っちゃってコネで無理矢理入社させて側に置いたって話だし。社長、女性社員へのセクハラも酷かったらしいから、祟られて当然ね。それで辞めちゃった子もいっぱいいるみたいだし。木嶋さんも今頃せいせいしてるんじゃない? 私ももうちょっと若かったら危なかったわ~」
若かりし細井が大和の守備範囲だったかはともかく、やはり細井も大和の死は祟りによるものだと思い込んでいるようだ。それにしても、情報通オバさんの手に掛かればプライバシーも何もあったものじゃない。彼女らはこういった個人情報を、いったいどこから仕入れてくるのだろう?
「貴重な情報ありがとうございます。頭に留めておきます」
僕らは細井と別れ、収穫らしい収穫を得られぬまま、今度こそ大和建設を後にした。
副社長室を揃って退室したその足で、今度は現場となった社長室に向かう。社長室は天高く聳えるビルの最上階に位置していた。現場では鑑識が忙しなく現場検証を行なっていた。
「お疲れ様です、特怪の御子柴です」
「ああ、アンタが例の」先の捜査会議の話は耳に入っているのだろう、ベテランであろう鑑識は僕に憐れみの視線を向けてきた。「ご苦労なこって。大変だろう」
「いや、まあ、ハハハ……」
笑って誤魔化す僕に、米守と名乗った鑑識は「残念だけど」と前置きしてから言った。
「争ったような形跡はあるけどね、ガイシャにピンポイントで雷を落とすような仕掛けらしきものは見当たらないんだよね。私の勘だが、恐らく事件性はないね。信じられない話だけど、室内で落雷によって亡くなった事例もあるから、そっち方面も検証してみるよ」
となると――僕は考える。やはりこれは天文学的確率の不運な事故なのだろうか……?
僕に同情的な米守に礼を述べ、これといった収穫を得られぬまま現場を後にする。警備員室では犯行時刻前後の防犯カメラの映像も見せてもらったのだが、捜査会議で聞いた通り雷雨が酷く映像は殆ど見れたものではなかった。しかし、事件当夜は深夜にも関わらず岡副や木嶋など、少なくない人数が会社に残っていたようだから、会社のブラックっぷりは疑いようもないだろう。
来た道を戻り、会社を後にしようとしたところ、エレベーターホール付近で小太りのオバさんがそそくさと僕らに近寄ってきて囁いた。
「ねね、アンタ達刑事さんでしょ? さっき訪ねてきたの見たのよ。ちょっと話があるんだけど、いい? いいわね?」
「はぁ……」
こちらの返事などハナから聞く耳を持たないオバさんは有無を言わさず、ぐいぐいと半ば力づくで人気のないに通路に僕らを連れ込んだ。あまり他人に聞かれたくない話のようだ。
オバさんは大和建設に出入りする清掃会社の細井と名乗った。名は体を表す、ということわざは嘘だったんだな、と僕は思考の片隅で考える。
「あの、社長秘書の木嶋さんているじゃない。若くて可愛い子」
「ああ、先ほどお会いしました。彼女がどうかしましたか?」
細井は周囲に目を配りながら、ますます声を潜めて囁いた。
「あの子ね、死んだ社長の愛人だったのよ」
「え――」
僕は絶句した。彼女にそんな一面があったとは。とても遊んでいるようには見えなかったが、これで岡副のみならず木嶋にも充分な動機があることになる。
細井は立て板に水の勢いで捲し立てた。
「愛人って言っても、半ば無理矢理みたいな関係だったらしいけどね。木嶋さんのお父様が社長と親しいとかで、社長が彼女のこと気に入っちゃってコネで無理矢理入社させて側に置いたって話だし。社長、女性社員へのセクハラも酷かったらしいから、祟られて当然ね。それで辞めちゃった子もいっぱいいるみたいだし。木嶋さんも今頃せいせいしてるんじゃない? 私ももうちょっと若かったら危なかったわ~」
若かりし細井が大和の守備範囲だったかはともかく、やはり細井も大和の死は祟りによるものだと思い込んでいるようだ。それにしても、情報通オバさんの手に掛かればプライバシーも何もあったものじゃない。彼女らはこういった個人情報を、いったいどこから仕入れてくるのだろう?
「貴重な情報ありがとうございます。頭に留めておきます」
僕らは細井と別れ、収穫らしい収穫を得られぬまま、今度こそ大和建設を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜
猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。
その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。
まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。
そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。
「陛下キョンシーを捕まえたいです」
「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」
幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。
だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。
皇帝夫婦×中華ミステリーです!
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる