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Case.1 祟り
帰路
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カゲリと二人、揃って大和建設を後にする足取りは重い。得体の知れない事件に、得体の知れない仮の上司と相棒。訳の分からないことばかりだ。
「なぁ……祟りって本当にあると思うか?」
重苦しい沈黙に耐え切れず、僕はカゲリに問いかける。
「あンだよ。ジミコシバクンはむしろ、ないって言いたいワケ?」
フードの下から覗く口元は幽鬼の如く青白く、闇夜に浮かんで見える。まさにチェシャ猫だ。
「だって、あまりにも非現実的じゃないか。祟りで人が殺せるなら、僕達警察は要らないだろう」
カゲリはゲッゲッゲ、と喉を鳴らす悪趣味な笑声で僕を嘲笑った。
「非現実的、ねェ……じゃあ聞くけどさ、何をもって現実と呼ぶんだろーな? オマエにとっての現実はオレにとっちゃ夢の出来事かもしれないし、逆かもしれねー。要は、オマエ自身が目の前のことを信じたくない、認めたくないだけだろ」
「そんなの――」
詭弁だ。反論しようとしたが、突如として身体が動かなくなった。こんな時に金縛り……? まるで僕の脳神経が、僕じゃない別の誰かに支配されたようで、突如として自由が利かなくなった。背筋を冷たい汗が伝う。
どうにかして金縛り状態を解こうと焦る僕の脳髄を、神経を侵していく嘲笑。
「なぁジミコシバクン。オマエは祟りとか陰陽師とか、そんなのは全部オカルトだって、そう言いたいんだろ? けど、知らないだけで存在する、そんな事象は世の中にごまんと溢れかえってるモンさ。オマエが見ようとしないだけで、な」
カゲリだ。カゲリが嗤っている。フードの下で、ゲラゲラと僕を嘲笑っている。
「オレさぁ、オマエみたく薄っぺらい綺麗事並べて上っ面の綺麗なモノしか見ようとしない奴、嫌いなんだよね。いいか、陽があれば、陰がある。オマエが目を逸らし続けてきただけで、陰のモノ――いわゆる祟りも鬼も神も妖も、確かに在るんだぜ? 陰陽師が扱う術もな」
反論しようにも、身体は言うことを聞いてくれない。言葉が音になることはなく、酸欠の金魚の如くパクパクと口の開閉を繰り返すだけだ。
「動けないだろ? オマエの影はオレが喰ったからな。オレは自分の影を媒介に他の影を支配できる。訳わかんねーって面してるからバカでも解るように説明してやるよ。簡単に言うと、オレが鬼の影踏み鬼の状態だな。つまり、オマエはオレの支配下ってワケ。オマエに自由ないぜ、さあどうする?」
影踏み鬼――鬼ごっこの一種で、鬼役に影を踏まれると自分が鬼になってしまう遊び。小さい頃、友達と遊んだっけ。しかしあの頃とは違い、鬼からは絶対に逃げられない。
首を動かせない代わりに、視線をどうにか後ろにむける。背後に伸びる僕の影が、僕とは違う形に歪んで嗤っていた。大口を開けて、ゲラゲラと。
……ゾッとした。これは夢などではない。築き上げた価値観が一八〇度ひっくり返ったようで、軽い目眩を覚えた。周囲の常識が一瞬で覆された感覚。竜宮城から帰ってきた浦島太郎はこんな気分だったのだろうか。異なる常識のモノが本当に在るのだと、心のどこかでは否定しつつも認めざるを得なかった。
乗っ取られた影はひとしきり嘲笑した後、不意に僕と同じ形状に戻った。身体が軽くなる。解放された。僕はその場に座り込みそうになるのをグッと堪えて、深く深呼吸をする。
「わ、わかったよ。僕が悪かった」
カゲリは応えず、悪趣味な笑声を響かせるだけだ。
……僕には、カゲリと名乗るこの男がまるで解らなかった。僕とは住む世界が異なる人間。いや、そもそも人間かどうかすら怪しい。それほど、カゲリからは人間味というものが感じられなかった。
「じゃーな、ジミコシバクン」
名前を訂正する間もなく、カゲリは闇に溶けて消えた。カゲリが消えた暗がりを呆然と見つめる。今までと一八〇度異なる世界を見せつけられ、僕はこの先どうなってしまうのか。不安だけがひしひしと募っていった。
「なぁ……祟りって本当にあると思うか?」
重苦しい沈黙に耐え切れず、僕はカゲリに問いかける。
「あンだよ。ジミコシバクンはむしろ、ないって言いたいワケ?」
フードの下から覗く口元は幽鬼の如く青白く、闇夜に浮かんで見える。まさにチェシャ猫だ。
「だって、あまりにも非現実的じゃないか。祟りで人が殺せるなら、僕達警察は要らないだろう」
カゲリはゲッゲッゲ、と喉を鳴らす悪趣味な笑声で僕を嘲笑った。
「非現実的、ねェ……じゃあ聞くけどさ、何をもって現実と呼ぶんだろーな? オマエにとっての現実はオレにとっちゃ夢の出来事かもしれないし、逆かもしれねー。要は、オマエ自身が目の前のことを信じたくない、認めたくないだけだろ」
「そんなの――」
詭弁だ。反論しようとしたが、突如として身体が動かなくなった。こんな時に金縛り……? まるで僕の脳神経が、僕じゃない別の誰かに支配されたようで、突如として自由が利かなくなった。背筋を冷たい汗が伝う。
どうにかして金縛り状態を解こうと焦る僕の脳髄を、神経を侵していく嘲笑。
「なぁジミコシバクン。オマエは祟りとか陰陽師とか、そんなのは全部オカルトだって、そう言いたいんだろ? けど、知らないだけで存在する、そんな事象は世の中にごまんと溢れかえってるモンさ。オマエが見ようとしないだけで、な」
カゲリだ。カゲリが嗤っている。フードの下で、ゲラゲラと僕を嘲笑っている。
「オレさぁ、オマエみたく薄っぺらい綺麗事並べて上っ面の綺麗なモノしか見ようとしない奴、嫌いなんだよね。いいか、陽があれば、陰がある。オマエが目を逸らし続けてきただけで、陰のモノ――いわゆる祟りも鬼も神も妖も、確かに在るんだぜ? 陰陽師が扱う術もな」
反論しようにも、身体は言うことを聞いてくれない。言葉が音になることはなく、酸欠の金魚の如くパクパクと口の開閉を繰り返すだけだ。
「動けないだろ? オマエの影はオレが喰ったからな。オレは自分の影を媒介に他の影を支配できる。訳わかんねーって面してるからバカでも解るように説明してやるよ。簡単に言うと、オレが鬼の影踏み鬼の状態だな。つまり、オマエはオレの支配下ってワケ。オマエに自由ないぜ、さあどうする?」
影踏み鬼――鬼ごっこの一種で、鬼役に影を踏まれると自分が鬼になってしまう遊び。小さい頃、友達と遊んだっけ。しかしあの頃とは違い、鬼からは絶対に逃げられない。
首を動かせない代わりに、視線をどうにか後ろにむける。背後に伸びる僕の影が、僕とは違う形に歪んで嗤っていた。大口を開けて、ゲラゲラと。
……ゾッとした。これは夢などではない。築き上げた価値観が一八〇度ひっくり返ったようで、軽い目眩を覚えた。周囲の常識が一瞬で覆された感覚。竜宮城から帰ってきた浦島太郎はこんな気分だったのだろうか。異なる常識のモノが本当に在るのだと、心のどこかでは否定しつつも認めざるを得なかった。
乗っ取られた影はひとしきり嘲笑した後、不意に僕と同じ形状に戻った。身体が軽くなる。解放された。僕はその場に座り込みそうになるのをグッと堪えて、深く深呼吸をする。
「わ、わかったよ。僕が悪かった」
カゲリは応えず、悪趣味な笑声を響かせるだけだ。
……僕には、カゲリと名乗るこの男がまるで解らなかった。僕とは住む世界が異なる人間。いや、そもそも人間かどうかすら怪しい。それほど、カゲリからは人間味というものが感じられなかった。
「じゃーな、ジミコシバクン」
名前を訂正する間もなく、カゲリは闇に溶けて消えた。カゲリが消えた暗がりを呆然と見つめる。今までと一八〇度異なる世界を見せつけられ、僕はこの先どうなってしまうのか。不安だけがひしひしと募っていった。
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