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Case.4 切り裂きジャック
姉弟
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私が帰宅すると物音に気付いたのか、愛すべき弟はベッドに横たえていた身体を懸命に起き上がらせた。
「お帰りなさい、お姉ちゃん!」
弟の累は身体が弱い。姉として、ただ一人の家族として、私が守ってやらねば。にっこりと破顔する累につられ、私も頬を弛める。
「ただいま、累。私が留守の間、変わったことはなかった? 近頃この辺りは何かと物騒だからね、誰か訪ねてきても絶対に出ちゃいけないよ」
「ううん、大丈夫だったよ。それよりお姉ちゃん、あのね……ぼく、お腹空いたなぁ」
もじもじと青白い頬をほのかに朱に染め上げ、こちらを見上げてくる累。その姿があまりにも愛らしくて、私はフッと破顔した。
「仕方のない子だなぁ、しっかり食べなさい」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
食料を渡されて無邪気に喜ぶ弟の命の灯は儚く、今まさに尽きてもおかしくない状態にある。絶対に助けてみせる。十五年、そう心に誓い続けてきた。
私――九曜玲の家は、辿れば陰陽師の血筋であったらしい。そんな家系に生まれながら、陰陽師といえばフィクションの中の存在というイメージが強い。代々伝わる陰陽道を継ぐ者が絶えて久しく、また力も徐々に失われていったからだ。事実、両親も私達姉弟も術を使えた試しはなかった。父と母は医師と看護師であったため、むしろ非科学的だと笑っていたほどだ。
そのため特異とは言い難く、普通に暮らしていた私達家族の運命の歯車が狂ったのは十五年前のこと。家族団欒の最中、突如現れた巨大な陰法師に、両親は無惨にも喰い殺された。まだ幼かった私達を庇った、一瞬の出来事だった。更に、赤子だった弟の累は襲われた際に“ヤツ”の体から噴き出す大量の陰気を浴びてしまった。以来、弟は起き上がるのもやっとの不自由な生活を強いられている。
唯一無事だった私は、私達家族の運命を滅茶苦茶にした“ヤツ”への復讐を決意した。家にあった古い文献を集め、一度途絶えた陰陽道を独自に研究して最低限の術を扱えるようになった。陰法師という名称もその時初めて知った。
情報を集めながら累と共に各地を転々と移動し、ようやく気配を掴んだのがこの地だった。幸い、この土地の気は累の身体を蝕む毒を和らげてくれているようで、今現在、累の体調は安定している。私は昼間は公立高校の保健医として働きながら、夜間に仇を探す。そんな生活を続けていた。
必ずこの手で“ヤツ”を滅ぼし、累と共に平穏な生活を取り戻す――それが私が抱いた、十五年来の夢だった。
× × ×
夜は彼の管轄だ。
夜闇にその身を溶かしながら、彼は街を闊歩する。
ふと、その歩みが止まった。彼の影は鋭敏なセンサーでもある。微かな異変も逃さない。故に、これまで幾度も縄張りを侵す不届き者を感知してきた。
それは歪な祟り神であったり、妄執から変質した吸血鬼であったり、暴走した形代であったり――それら全ての悪意を、影を模したブラックホールは呑み込んできた。無限に広がる胃袋が満たされることはない。
此度もセンサーが感知したのは、先に述べたモノと同類――すなわち、ヒトが生み出した魔性の類い。影の好物である、ヒトの陰の塊。
「臭うなァ」
ニィと口の端が三日月型につり上がる。
「上質な獲物の気配だ」
闇夜にチェシャ猫の笑みを浮かべ、影はケタケタ、嗤った。
「お帰りなさい、お姉ちゃん!」
弟の累は身体が弱い。姉として、ただ一人の家族として、私が守ってやらねば。にっこりと破顔する累につられ、私も頬を弛める。
「ただいま、累。私が留守の間、変わったことはなかった? 近頃この辺りは何かと物騒だからね、誰か訪ねてきても絶対に出ちゃいけないよ」
「ううん、大丈夫だったよ。それよりお姉ちゃん、あのね……ぼく、お腹空いたなぁ」
もじもじと青白い頬をほのかに朱に染め上げ、こちらを見上げてくる累。その姿があまりにも愛らしくて、私はフッと破顔した。
「仕方のない子だなぁ、しっかり食べなさい」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
食料を渡されて無邪気に喜ぶ弟の命の灯は儚く、今まさに尽きてもおかしくない状態にある。絶対に助けてみせる。十五年、そう心に誓い続けてきた。
私――九曜玲の家は、辿れば陰陽師の血筋であったらしい。そんな家系に生まれながら、陰陽師といえばフィクションの中の存在というイメージが強い。代々伝わる陰陽道を継ぐ者が絶えて久しく、また力も徐々に失われていったからだ。事実、両親も私達姉弟も術を使えた試しはなかった。父と母は医師と看護師であったため、むしろ非科学的だと笑っていたほどだ。
そのため特異とは言い難く、普通に暮らしていた私達家族の運命の歯車が狂ったのは十五年前のこと。家族団欒の最中、突如現れた巨大な陰法師に、両親は無惨にも喰い殺された。まだ幼かった私達を庇った、一瞬の出来事だった。更に、赤子だった弟の累は襲われた際に“ヤツ”の体から噴き出す大量の陰気を浴びてしまった。以来、弟は起き上がるのもやっとの不自由な生活を強いられている。
唯一無事だった私は、私達家族の運命を滅茶苦茶にした“ヤツ”への復讐を決意した。家にあった古い文献を集め、一度途絶えた陰陽道を独自に研究して最低限の術を扱えるようになった。陰法師という名称もその時初めて知った。
情報を集めながら累と共に各地を転々と移動し、ようやく気配を掴んだのがこの地だった。幸い、この土地の気は累の身体を蝕む毒を和らげてくれているようで、今現在、累の体調は安定している。私は昼間は公立高校の保健医として働きながら、夜間に仇を探す。そんな生活を続けていた。
必ずこの手で“ヤツ”を滅ぼし、累と共に平穏な生活を取り戻す――それが私が抱いた、十五年来の夢だった。
× × ×
夜は彼の管轄だ。
夜闇にその身を溶かしながら、彼は街を闊歩する。
ふと、その歩みが止まった。彼の影は鋭敏なセンサーでもある。微かな異変も逃さない。故に、これまで幾度も縄張りを侵す不届き者を感知してきた。
それは歪な祟り神であったり、妄執から変質した吸血鬼であったり、暴走した形代であったり――それら全ての悪意を、影を模したブラックホールは呑み込んできた。無限に広がる胃袋が満たされることはない。
此度もセンサーが感知したのは、先に述べたモノと同類――すなわち、ヒトが生み出した魔性の類い。影の好物である、ヒトの陰の塊。
「臭うなァ」
ニィと口の端が三日月型につり上がる。
「上質な獲物の気配だ」
闇夜にチェシャ猫の笑みを浮かべ、影はケタケタ、嗤った。
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