陰法師 -捻くれ陰陽師の事件帖-

佐倉みづき

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Case.5 橋姫

現場百遍とんぼ返り・3

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『志津川さんの話によると木船さんは頭を打ったようですし、病院に罹ったのかもしれません。この近辺の病院を当たってみて、頭を打ちつけた女性が一週間以内に受診したかどうか探ってみますか?』
『いや……病院に罹ったのなら尚更、傷害事件が表面化していないのはおかしい。我々ももうすぐそちらに着くからキミ達はそのまま待機しているように。いいね?』
 一方的に言いつけるとこちらの返事も待たずに霧雨篠は通話を切った。カゲリと二人、住人のいない部屋で霧雨篠の到着を待つ。人気のない室内は薄ら寒く、寒気に身を震わせる。
「まるで怨念の吹き溜まりだな、ここは。気持ち悪くて仕方ねえ。アンタも感じるだろ?」
 沈黙を破り、カゲリが吐き捨てる。寒気の正体を察して一刻も早くここから逃げ出したい衝動に駆られるが、足に力を入れてぐっと堪える。
「やあ、お待たせ」
 対面した霧雨篠は、予想通り気の強そうな美人だった。スタイルはモデル並みでおもては色白。肩口で切り揃えた稲穂色の髪は蛍光灯の元でもキラキラと輝いて見える。何も知らずに出会っていれば見惚れていただろう。
 その部下の御子柴と名乗った男は、さして特徴のない、どこにでもいそうな普通の青年。オレが言えた義理ではないが、気が弱くて流されやすそうな頼りなさを感じた。二人並ぶと美女と野獣ならぬ、美女と凡夫といった印象で、まるでつり合いが取れていない。霧雨篠の隣に立つと御子柴の存在はたちまち霞んでしまう。二人の上下関係を表しているようだった。オレと瑠璃が並んでいる時も周囲から同じように見られていたのだろうか。
 霧雨篠が部屋に足を踏み入れた瞬間、家中がガタガタと音を立てて揺れ始めた。
「じ、地震!?」
 かなり大きいが、こんな時に? しかし、かぶりを振った霧雨篠にすぐさま否定される。
「いや、ただのポルターガイストだ。取り立てて騒ぐことじゃあない」
 異常の中の通常とでも言うべきか。怪現象に遭遇しているにも関わらず冷静でいられる霧雨篠の姿は、かえって薄気味悪く感じた。
「な、何でそんなのわかるんだよ!?」
「だって、原因がキミの後ろに憑いているからね」
 はい――? それはつまり、
「キミに憑いている怨霊は木船瑠璃さんで間違いないみたいだ。キミが新しい女を連れてきたとでも勘違いしたのかな。本性を現したようだね」
 ぞわり、背筋を凍らす寒気が増した。オレを見ている御子柴の顔が青褪め引き攣っている。否、視線はオレの背後に向いている――つまり、視線を釘づけにする“何か”がオレの後ろにいる。背後から何やらボソボソと声が聞こえるが、脳が理解を拒んでいた。自己防衛が働いているのだろう、内容を一言でも聞き取ったら頭がどうにかなってしまいそうだ。
「こんなものか。そろそろいいよ、カゲリ」
「はいはい」
 霧雨篠の号令に気怠げに答えたカゲリの足元から、放射線状に影が伸びた。それは真っ直ぐにオレを狙ってきたため、咄嗟に飛び跳ねて躱した。押し寄せる黒い津波がオレの足元を通り過ぎた刹那、呟き声は吸い込まれるように聞こえなくなった。同時にポルターガイストもぴたりと止まった。
「うげっ」
 静まり返った室内に、ジャンプでバランスを崩して無様に転び、床に肩をしたたかにぶつけたオレの潰れた悲鳴が響き渡った。
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