陰法師 -捻くれ陰陽師の事件帖-

佐倉みづき

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Case.6 嘘吐き村

レッツトレッキング!・2

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 村に行けそうだとメッセージを送ると、ようやく沢村から返事があった。くだんの村への地図が添付されたショートメールが送られてきたのだ。メッセージは簡潔に「待っている」とだけ記されていた。彼も忙しいのだろうか。
 僕は日程を組み、返事代わりに沢村に知らせた。しかし、返事が来ないまま、とうとう濱久里村を訪ねる日を迎えてしまった。
 電車とバスをいくつも乗り継ぎ、都会の喧騒から遠く離れた静かな山奥。地図によると、手入れの行き届いていない木々のトンネルを掻き分けた最深部に濱久里村はあるらしい。
 僕は鬱蒼と茂る木々の奥を覗き込む。あの先に、本当に人が住む集落があるのだろうか? にわかには信じ難い。同時に、枝葉も雑草も整備されていない獣道を掻き分けて進まなければならない事実を否応にも突きつけられて辟易した。
 もちろん、警察官なのである程度は鍛えてある。山の中だって、犯人や行方不明者の捜索で入ることもある。しかし今回はほとんど私用のようなものだ。プライベートで歩き辛い山道に入ろうとする物好きは、そうそういない。あいにく、僕の趣味はアウトドアなトレッキングではない。
 気合いを入れるために一度、深く息を吐き出す。すると、聞き覚えのある嘲笑が脳を揺らした。
「おいおいジミコシバクン、山登りにビビってんのかよ? ダッセぇ~」
「か、カゲリ!?」
 足元の影が勝手に伸びて、口元が大きく歪んでいた。何故彼がここに。いや、確か一度影を乗っ取ってしまえば、出入りは自由だと言っていた――。もしかして公共交通機関を乗り継いでいる間、ずっと僕の影に潜んでいたのか? いったい何のために?
「ったく、女狐のくせにお節介だよな。神の加護があるにも関わらず、獣に喰い荒らされて殺された人間が出たんだろ? そんなとこに一人でのこのこ立ち入るようなバカはとっとと死ねばいいのにさぁ」
 ゲッゲッゲ……カゲリが嘲笑う。
 自分の行為を振り返れば確かに迂闊極まりない。僕は上司に感謝した。しかし助っ人に派遣したのが、よりによってカゲリとは……霧雨篠のことだ、カゲリと僕の相性を知った上で送り込んだに違いない。先程の感謝はすぐさま取り消された。
「ちなみに、代わりに山登りしてくれる、なんてことは……」
「は? 警官だろ、何のために鍛えてんの? 自力で頑張れよ」
 妙案を思いついたので控えめに提案してみたが、即座に却下された。僕の影だってタダじゃないんだぞ!
 それにしてもこの先、カゲリに小馬鹿にされながら延々山登りしなければならないのか。一気に気が重くなる。
 ――という訳で、カゲリの激励という名の嘲笑をBGMに山を登ること数十分。鬱蒼と茂った濃緑の木々の中、朱いものがちらちらと見え隠れするようになった。あれは……鳥居だろうか? 近くに見えるが、実際の距離は充分にある。僕は木々の合間に覗ける朱色を見失わぬよう、慎重に歩いた。
 歩いても歩いても目的地に辿り着かない、まるで遠くに揺れる蜃気楼を目指しているみたいだ。そんな錯覚に陥りかけた時、拓けた場所に聳え立つ荘厳な明神みょうじん鳥居が目の前に現れた。どっしり構えた口の中は、見知らぬ異界へと繋がっているのではないか――そんなフィクション紛いの妄想が脳裏を過り、足が止まる。しかし臆したとカゲリに勘づかれるのは癪なので、よしと覚悟を決めて鳥居を潜った。
 鳥居の先は、広い境内になっていた。微かに潮の匂いがする。参道と思わしき砂利道は途中で直角に折れ曲がり、その先に古ぼけた本堂らしき建物が見える。
「誰かいる……」
 本堂の前に、人影が一つ。目をよく凝らしてみる。若くもない男性が、一般的な神主の装束を身につけているようだ。ということは、あの人影がこの神社の主人だろうか。
 僕はゆっくり砂利を踏みしめ、人影に近づく。ようやく人を見かけたのだ、まずは情報収集をしないと。
「お待ちしておりました、お客人」
 僕の姿を認めた神主は、深々と頭を垂れた。
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