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Case.6 嘘吐き村
濱久里村
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「濱久里村へようこそ、お客人」
能面に似た笑みを貼りつけた神主は言った。中肉中背で髪の毛を七三分けにしており、神主というよりはどこにでもいるサラリーマンの風貌だ。背広を着てしまえば、とても神主には見えないだろう。
「遠路はるばるようこそおいでくださいました。辺鄙な場所にあるもんで、長旅で疲れたでしょう。ささ、宿にご案内しますんで、どうぞこちらに。宿とは言っても立派なものではなく、使わなくなった公民館ですが」
「ありがとうございます、あの……」
「ああ、私は村の顔役を勤めております、不知火と申します。以後お見知りおきを」
口を挟む暇すら与えず、立て板に水の勢いで喋り通した不知火は、能面の笑みを崩さぬまま頭を垂れた。僕も慌てて頭を下げる。
「東京で警察官を務めている、御子柴と申します」
自己紹介を終えると、不知火は眉を顰め、じろじろと怪訝そうにこちらを見てきた。
「東京の刑事さんがこんな田舎に、いったいどんなご用で?」
不知火が不審がるのはもっともだ。そこで、僕は早々に目的を告げる。
「公的な捜査ではないのですが、この村で亡くなった蓬莱たまきさんについてお伺いしたく参りました」
「蓬莱?」今度は不思議そうに眉を顰め、不知火は首を傾げた。「はて……そんな女性、村にいましたかな?」
「え?」
今度は僕が眉を顰める番だった。村の中で無惨な亡くなり方をした村人について顔役が知らないなんて、そんなことがあるものか?
「こんなところで立ち話もなんですから、先に宿にご案内いたしましょうね。足元お気をつけてお進みください」
不知火は会話を無理矢理切り上げ、そそくさと歩き出す。喉に刺さった魚の小骨のような違和感を抱えたまま、先導する不知火の後に続いた。
濱久里村は古めかしい民家が建ち並ぶ、こぢんまりとした集落だった。途中で何人かの村人とすれ違ったが、老いも若きも皆、好奇の視線を向けてきた。村を訪れる人間は少ないのだろう。まるで見せ物にでもなったようで、居心地の悪さを感じた。
「お客さんが来るなんて珍しいねえ」
「せっかくいらしたんだ、丁重にもてなさないとねえ」
「そうだね。きっと、かぎろひ様もお喜びになるだろうて」
さざめきの中からそんな声が聞こえてくる。僕は曖昧に笑って村人達をやり過ごした。
「あーあ、磯臭くてかなわねぇ」
宿代わりの公民館、その客間に通され一人きりになるなり、それまで黙っていたカゲリがぼやいた。確かに鳥居を潜るなり潮の匂いが香ったが、ここは山奥で、海とは程遠いはずだが……。
「それよかジミコシバクン、気づいた?」
「何を? あと、僕は御子柴だってば」
僕のささやかな抗議を無視して、カゲリは言う。
「あの不知火とかいうオッサンだよ。蓬莱って女は知らないとぬかしたが、なら何で蓬莱は女だとわかったんだろうな?」
「あ!」
言われてみれば確かに不自然だ。あの時、僕は「蓬莱たまき」の名前しか口にしなかった。たまき、という名は女性の割合が多いだろうが、男性の可能性だって考えられる。なのに、不知火は蓬莱たまきを女性だと断定して「知らない」と答えた……。
「じゃあ、不知火はあえて知らないフリを通している、と?」
いや、それだけじゃない。僕がこの村を訪ねると事前に知っていたのは、沢村と霧雨篠だけだ。しかし、不知火はまるで待ち構えていたかのように僕の前に現れ、客として迎えた――だが、何のために?
能面に似た笑みを貼りつけた神主は言った。中肉中背で髪の毛を七三分けにしており、神主というよりはどこにでもいるサラリーマンの風貌だ。背広を着てしまえば、とても神主には見えないだろう。
「遠路はるばるようこそおいでくださいました。辺鄙な場所にあるもんで、長旅で疲れたでしょう。ささ、宿にご案内しますんで、どうぞこちらに。宿とは言っても立派なものではなく、使わなくなった公民館ですが」
「ありがとうございます、あの……」
「ああ、私は村の顔役を勤めております、不知火と申します。以後お見知りおきを」
口を挟む暇すら与えず、立て板に水の勢いで喋り通した不知火は、能面の笑みを崩さぬまま頭を垂れた。僕も慌てて頭を下げる。
「東京で警察官を務めている、御子柴と申します」
自己紹介を終えると、不知火は眉を顰め、じろじろと怪訝そうにこちらを見てきた。
「東京の刑事さんがこんな田舎に、いったいどんなご用で?」
不知火が不審がるのはもっともだ。そこで、僕は早々に目的を告げる。
「公的な捜査ではないのですが、この村で亡くなった蓬莱たまきさんについてお伺いしたく参りました」
「蓬莱?」今度は不思議そうに眉を顰め、不知火は首を傾げた。「はて……そんな女性、村にいましたかな?」
「え?」
今度は僕が眉を顰める番だった。村の中で無惨な亡くなり方をした村人について顔役が知らないなんて、そんなことがあるものか?
「こんなところで立ち話もなんですから、先に宿にご案内いたしましょうね。足元お気をつけてお進みください」
不知火は会話を無理矢理切り上げ、そそくさと歩き出す。喉に刺さった魚の小骨のような違和感を抱えたまま、先導する不知火の後に続いた。
濱久里村は古めかしい民家が建ち並ぶ、こぢんまりとした集落だった。途中で何人かの村人とすれ違ったが、老いも若きも皆、好奇の視線を向けてきた。村を訪れる人間は少ないのだろう。まるで見せ物にでもなったようで、居心地の悪さを感じた。
「お客さんが来るなんて珍しいねえ」
「せっかくいらしたんだ、丁重にもてなさないとねえ」
「そうだね。きっと、かぎろひ様もお喜びになるだろうて」
さざめきの中からそんな声が聞こえてくる。僕は曖昧に笑って村人達をやり過ごした。
「あーあ、磯臭くてかなわねぇ」
宿代わりの公民館、その客間に通され一人きりになるなり、それまで黙っていたカゲリがぼやいた。確かに鳥居を潜るなり潮の匂いが香ったが、ここは山奥で、海とは程遠いはずだが……。
「それよかジミコシバクン、気づいた?」
「何を? あと、僕は御子柴だってば」
僕のささやかな抗議を無視して、カゲリは言う。
「あの不知火とかいうオッサンだよ。蓬莱って女は知らないとぬかしたが、なら何で蓬莱は女だとわかったんだろうな?」
「あ!」
言われてみれば確かに不自然だ。あの時、僕は「蓬莱たまき」の名前しか口にしなかった。たまき、という名は女性の割合が多いだろうが、男性の可能性だって考えられる。なのに、不知火は蓬莱たまきを女性だと断定して「知らない」と答えた……。
「じゃあ、不知火はあえて知らないフリを通している、と?」
いや、それだけじゃない。僕がこの村を訪ねると事前に知っていたのは、沢村と霧雨篠だけだ。しかし、不知火はまるで待ち構えていたかのように僕の前に現れ、客として迎えた――だが、何のために?
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