陰法師 -捻くれ陰陽師の事件帖-

佐倉みづき

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Case.9 笛吹き男

誰そ彼・2

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 霞を探しに、おれは外に出た。よく考えたらおかしな話だ。アイツが本当に従姉で、父様の召集に応じたなら同じ家に帰るはずだ。けれど、ファミリーレストランを出たおれ達は別々の方角に別れた。父様を探して家の中を歩き回ったが、霞らしき女は一度も見ていない。じゃあ、七年ぶりに本家に来たと言うアイツはどこへ帰ったんだ?
 笛の音が聴こえる。早く霞を見つけなければ。霞に会わなければ。
「遠きを望む――螭吻ちふん
 口の中で小さく唱えると、宙を泳ぐシャチホコが姿を現す。千里眼の役割を果たすおれの式鬼シキだ。遠きを望む螭吻の視界で霞を見つけ、本意を問い質す。
 行手を阻むように、目の前にゆらりと影が現れた。黒いフードを目深に被った人影には見覚えがある。以前、灯と行った遊園地で遭遇した奴だ。
「お前、こんなところで何してる?」
 憮然と言い放つ影に、咄嗟に身構える。影は構わずに続ける。
「あまり不用心に出歩かない方がいい。笛吹き男に連れて行かれちまうぞ」
 笛吹き男……確か、灯もそんなことを言っていたっけ。いつものオカルト話だと半分以上聞き流していたので、何のことだかさっぱり解らない。中世ヨーロッパの実話がどう関係しているっていうんだ?
「余計なお世話だ。前にも言ったけどおれのことは放っといてくれ」
 笛の音が聴こえる。行かないと。更に何か言おうと口を開いた影に背を向け、歩を進めた。
 俯瞰する螭吻の視界を頼りに、霞の居所を探し当てる。そこはテナントが全て去り、取り壊されることもなく荒れ果てた廃ビルだった。狐に化かされているのでなければ、女子高生がここに寝泊まりしているはずはない。笛の音はここから聴こえる。行かなくちゃ。霞に会わなくちゃ。
 意を決して敷地に足を踏み入れる。入り口からほど近い屋内に霞がいた。近づくおれに気づいた霞は、待ち構えていたかのように呑気に手のひらを振った。
「やっほー雫」
「お前……いったい誰だ」
「やだなー、従姉の霞だって言ったじゃん」
「家の者に聞いたら霞なんて従姉はいないってさ」
 白々しい嘘を指摘してやると、霞はマスカラでコーティングされた長い睫毛に縁取られた目をすっと細めた。
「なーんだ、安倍のくせにそういう細かいところは気にするんだ。せっかく騙せそうだったのになー。そうだよ、あたしは安倍の人間じゃない。か弱いフツーの女の子なの」
 はすっぱな物言いの霞は嘘を認めて開き直ったようだった。
「何が目的だ」
「邪魔なアンタを消して、あたしが安倍を継ぐ。そして安倍を潰すの」
 霞の言い分は理解不能だ。安倍家に継ぐのに嫡男のおれが邪魔なのは解る。けれど、家を潰すために継ぐという矛盾には首を傾げざるを得ない。
「何のためにそんな回りくどいこと――」
「正直に言ったところで邪魔されるだけでしょ? やられる前にやってやるんだから」
 霞は懐から護符を取り出すと、おれの前に放り投げる。護符は形を変え、犬の姿となった。
 そう、犬だ。陰法師と並ぶ、おれが最も苦手なもの。今よりもっと幼い頃のトラウマ。獰猛な犬が暴れて襲われたのだ。肉どころか骨も簡単に切り裂くような鋭利な爪が眼前に迫ってきて――
 直後、視界が暗転した。
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