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2081年 12月31日 その3
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「正。少し質問いいか」
遊びというのは、正の造語であり、実際は勉強会である。元々、ある程度成績がいい、というくらいの認識でしかなかったので、正に質問する同級生は多くなかった。精々3人集まれば上出来と言った具合だろうか。科学哲学や数学に関する議論の戦場だった。正はこれを、遊びと名付けた。
ところが、先ほどの、相川と正のやり取りを耳にした者たちは、残された三か月を有意義なものにするため、正を取り囲んだ。
一年前ならともかく、三か月で何ができると言うんだ……。
しかしながら、正は丁寧に答えた。
二十九人の学生から最低一つずつ、多ければ四つの質問。それも全て似た内容。本当は、先生に尋ねたほうが良いのだろう。最も、相川に訊くのは無理か……。
真摯に答え、納得した学生は、少なからず、感謝を示してくれる。悪い気はしない。むしろ嬉しい。だからこそ、力が入る。二十九番目の学生が教室を後にしたのは、八時を過ぎた頃だった。教室を見回し、誰もいないことを確認する。
「本当にいないね」
反応はなかった。正は教室の照明を全て落とした。廊下は基本的に明るいが、所々暗い。電球が切れているせいだろう。加えて人気が一切ない。唯一、窓越しに職員室の明かりを捉えることが出来る。距離的には大部遠い。まるで二つの空間が存在するみたいだ。
昇降口、校庭、校門まで特に問題はなかった。通学路も、やはり電球の切れている箇所はあるが、大したことなく過ぎ去った。結局のところ、家に着くまでの道のりは、時間を除き、全く同じだった。
「ただいま……」
言い終わらないうちにすぐさま、
「おかえり!」
と返事が聞こえる。リビングのドアを勢いよく開けて、やんちゃなお姫様は、今にも飛びかかろうとしている。足を挫いては困るので、そのまま胸で受け止める。
「未だ食べていないのか」
「お兄ちゃんが帰ってくるまで待ってたの!」
あぁ、妹を嫁にすることは出来ないのか。遺伝子操作の技術は進歩している。血縁の奇形がどうとか、そんな議論はもはや存在しないだろう。はぁ……。
晴海は正と五つ違いの妹。正との大きな違いは、その整った容姿である。限りなく白に近い肌色の輪郭、肉付きのいい頬、ぱっちりと見開いた目、そして、申し訳なさそうに縮こまる鼻。まるで、職人が幾年もかけて作りあげた彫刻品のよう。すらっとした身体の曲線は、幾分かあどけなさを残している。発育途上と言えば間違いではないが、これはこれで悪くない。
これほど可憐な少女に、恋話は付き物である。しかしながら、晴海の場合は少しばかり事情が異なる。兄である正にべったり。無論、正は素直に受け入れる。これは自らの邪な意志ではなく、純粋な妹の意志である、と常に言い聞かせる。
かつて、
「そろそろ兄離れしてボーイフレンドでも作った方がいいんじゃないか」
と、冗談交じりに言ったことがあった。すると晴海は、人形の表情を終えて、途端に涙を流し始めた。
「私のこと、嫌いになっちゃったの……」
正は、必死に晴海をなだめようとした。何よりも泣き顔を見続けるのが怖かった。いつものように笑っていてほしい。切なる想いだった。
「分かった。悪かったよ。ごめんね。晴海のこと、嫌いになるわけないだろう」
「本当に?」
「そうだとも。ほら、これ以上涙を見せないでくれよ。晴海の辛い姿を見たくないんだ、って本当に何言ってるんだろうな。原因を作ったのは、僕なのに。まるで、晴海が悪いみたいだね……。なんだろう。本当に。僕は不器用だな……」
「そんなことない!お兄ちゃんはいつも晴海のことを一番大事に思ってくれる。だから……、そんな顔しないで」
「そうだな。ごめん、僕は晴海の兄ちゃんだ。いや、ごめん」
正は一つ咳払いをした。
「こんなことを言っていいのか分からないけれど……。いや、もう嘘をつくのは止めよう。僕は晴海が好きだ」
晴海の動揺する表情、あるいは、何かしらの言葉があったのかもしれない。しかしながら、正はすぐさま自室へ向かって駈け出した。無心に走った。一生のうちに得る物と失う物、その全てがこの一夜に詰め込まれた心地だった。
その日から増々、晴海は正との距離を縮めていった。正は女心に疎い。しかしながら、晴海が自分のことを必要としている内は、一生懸命尽くしてあげようと想った。兄の責務、ということもあるが、かけがえのない人生の宝物が輝き続けるために、とでも言った方がさまになるだろうか。
遊びというのは、正の造語であり、実際は勉強会である。元々、ある程度成績がいい、というくらいの認識でしかなかったので、正に質問する同級生は多くなかった。精々3人集まれば上出来と言った具合だろうか。科学哲学や数学に関する議論の戦場だった。正はこれを、遊びと名付けた。
ところが、先ほどの、相川と正のやり取りを耳にした者たちは、残された三か月を有意義なものにするため、正を取り囲んだ。
一年前ならともかく、三か月で何ができると言うんだ……。
しかしながら、正は丁寧に答えた。
二十九人の学生から最低一つずつ、多ければ四つの質問。それも全て似た内容。本当は、先生に尋ねたほうが良いのだろう。最も、相川に訊くのは無理か……。
真摯に答え、納得した学生は、少なからず、感謝を示してくれる。悪い気はしない。むしろ嬉しい。だからこそ、力が入る。二十九番目の学生が教室を後にしたのは、八時を過ぎた頃だった。教室を見回し、誰もいないことを確認する。
「本当にいないね」
反応はなかった。正は教室の照明を全て落とした。廊下は基本的に明るいが、所々暗い。電球が切れているせいだろう。加えて人気が一切ない。唯一、窓越しに職員室の明かりを捉えることが出来る。距離的には大部遠い。まるで二つの空間が存在するみたいだ。
昇降口、校庭、校門まで特に問題はなかった。通学路も、やはり電球の切れている箇所はあるが、大したことなく過ぎ去った。結局のところ、家に着くまでの道のりは、時間を除き、全く同じだった。
「ただいま……」
言い終わらないうちにすぐさま、
「おかえり!」
と返事が聞こえる。リビングのドアを勢いよく開けて、やんちゃなお姫様は、今にも飛びかかろうとしている。足を挫いては困るので、そのまま胸で受け止める。
「未だ食べていないのか」
「お兄ちゃんが帰ってくるまで待ってたの!」
あぁ、妹を嫁にすることは出来ないのか。遺伝子操作の技術は進歩している。血縁の奇形がどうとか、そんな議論はもはや存在しないだろう。はぁ……。
晴海は正と五つ違いの妹。正との大きな違いは、その整った容姿である。限りなく白に近い肌色の輪郭、肉付きのいい頬、ぱっちりと見開いた目、そして、申し訳なさそうに縮こまる鼻。まるで、職人が幾年もかけて作りあげた彫刻品のよう。すらっとした身体の曲線は、幾分かあどけなさを残している。発育途上と言えば間違いではないが、これはこれで悪くない。
これほど可憐な少女に、恋話は付き物である。しかしながら、晴海の場合は少しばかり事情が異なる。兄である正にべったり。無論、正は素直に受け入れる。これは自らの邪な意志ではなく、純粋な妹の意志である、と常に言い聞かせる。
かつて、
「そろそろ兄離れしてボーイフレンドでも作った方がいいんじゃないか」
と、冗談交じりに言ったことがあった。すると晴海は、人形の表情を終えて、途端に涙を流し始めた。
「私のこと、嫌いになっちゃったの……」
正は、必死に晴海をなだめようとした。何よりも泣き顔を見続けるのが怖かった。いつものように笑っていてほしい。切なる想いだった。
「分かった。悪かったよ。ごめんね。晴海のこと、嫌いになるわけないだろう」
「本当に?」
「そうだとも。ほら、これ以上涙を見せないでくれよ。晴海の辛い姿を見たくないんだ、って本当に何言ってるんだろうな。原因を作ったのは、僕なのに。まるで、晴海が悪いみたいだね……。なんだろう。本当に。僕は不器用だな……」
「そんなことない!お兄ちゃんはいつも晴海のことを一番大事に思ってくれる。だから……、そんな顔しないで」
「そうだな。ごめん、僕は晴海の兄ちゃんだ。いや、ごめん」
正は一つ咳払いをした。
「こんなことを言っていいのか分からないけれど……。いや、もう嘘をつくのは止めよう。僕は晴海が好きだ」
晴海の動揺する表情、あるいは、何かしらの言葉があったのかもしれない。しかしながら、正はすぐさま自室へ向かって駈け出した。無心に走った。一生のうちに得る物と失う物、その全てがこの一夜に詰め込まれた心地だった。
その日から増々、晴海は正との距離を縮めていった。正は女心に疎い。しかしながら、晴海が自分のことを必要としている内は、一生懸命尽くしてあげようと想った。兄の責務、ということもあるが、かけがえのない人生の宝物が輝き続けるために、とでも言った方がさまになるだろうか。
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