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2081年 12月31日 その4
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晴海は必ず、正と同じ時間に、同じ夕食をとる。食事後も眠りにつくまでは、正の部屋で過ごす。今年になって、正と会話する時間が必然的に減ったので、晴海は時折しょんぼりとする。それでも、
「ごめんな」
と言って、頭を撫でると、咄嗟に顔がぱあっと明るくなる。まるで、恋人の前で顔を赤らめる少女のよう。
「ねえ、お兄ちゃん」
「どうかしたか」
「うん、ちょっと呼んだだけ」
「そうか」
「うん」
正は、相川の激辛コメントが入った答案を見返していた。小論文のみならず、他の教科に関しても、何がしか書き込まれていた。
「やっぱりいい先生だよな……」
正は、成績表と答案を丁寧にしまった。その後、本棚から数学の参考書を取り出した。ぼろぼろになったノートブックと、黒鉛筆を机にセットし、やり残した問題に取り組む。
晴海はとりあえず静かに本を読む。しかしながら長続きしない。どうしてもお兄ちゃんと離れることが出来ない。可能ならば、ずっと頭を撫でてほしい……。仕方がないから、お兄ちゃんと呼ぶけれど、邪魔するのも悪い……。
「お兄ちゃん」
「どうかしたか?」
「ううん、何でもないよ。頑張って!」
「ありがとう」
正は大部、視野が狭まっている。無論、仕方のないことである。受験を期に、男と女が分かれることは当たり前のこと。しかしながら、正と晴海の結びつきは、普通の男女関係を遥かに凌駕している。だからこそ、晴海は、嫌がるのではなく、悲しむのである。一か八か、感情を爆発させようと思わないでもない。しかしながら、正のことを想えば、それは絶対にやってはいけない、と心得る。胸の奥深くに埋めるよりない。
十一時を廻った頃だった。正は大きな欠伸を浮かべ、肢体を伸ばした。
「今日は終わりにしよう」
正は鉛筆を静かに置いた。
「さて……おねむさんの様子は……」
振り返ると、首をこくこくと動かしている晴海の姿があった。正は、晴海の頭をそっと撫でた。
「ごめんな。かまってやれなくて。あと少しだから」
「おにい……ひゃん……。だいす……きだからねぇ………」
正はベランダに一人立った。冬の息吹は、かえって心地いいものだった。手が届きそうな星々。彼らはきっと、
「今年も無事に終わりそうね。来年もまたよろしく」
と語りかけたのだろう。正もまた、
「こちらこそ。また一緒に夜会をやりましょうね」
と言って、大きく手を振った。
耳を澄ませば、遠くの山から除夜の鐘が響いていた。正はそっと一瞬、目を閉じた。
このタイミングで激動という言葉が適切かどうかは分からない。しかしながら、この一年は困難が多かった。そういうものなのだろう、と分かっていても辛い。こうして何度空を見上げたことか。
満点の空。それは星々が奏でる悠久の旅……。
比べてみれば、随分とちっぽけな悩み。こう考えれば少しは楽になった。星々の皆さん、ありがとう。いや、みんなにありがとうと言いたい。
このちっぽけな身体に何を背負うのだろう。とりあえずは晴海だな。その後に僕の夢。2082年もいい年になりますように。晴海と僕の幸せを祈念いたします。
2081年が安らかに終焉を迎えた。
「ごめんな」
と言って、頭を撫でると、咄嗟に顔がぱあっと明るくなる。まるで、恋人の前で顔を赤らめる少女のよう。
「ねえ、お兄ちゃん」
「どうかしたか」
「うん、ちょっと呼んだだけ」
「そうか」
「うん」
正は、相川の激辛コメントが入った答案を見返していた。小論文のみならず、他の教科に関しても、何がしか書き込まれていた。
「やっぱりいい先生だよな……」
正は、成績表と答案を丁寧にしまった。その後、本棚から数学の参考書を取り出した。ぼろぼろになったノートブックと、黒鉛筆を机にセットし、やり残した問題に取り組む。
晴海はとりあえず静かに本を読む。しかしながら長続きしない。どうしてもお兄ちゃんと離れることが出来ない。可能ならば、ずっと頭を撫でてほしい……。仕方がないから、お兄ちゃんと呼ぶけれど、邪魔するのも悪い……。
「お兄ちゃん」
「どうかしたか?」
「ううん、何でもないよ。頑張って!」
「ありがとう」
正は大部、視野が狭まっている。無論、仕方のないことである。受験を期に、男と女が分かれることは当たり前のこと。しかしながら、正と晴海の結びつきは、普通の男女関係を遥かに凌駕している。だからこそ、晴海は、嫌がるのではなく、悲しむのである。一か八か、感情を爆発させようと思わないでもない。しかしながら、正のことを想えば、それは絶対にやってはいけない、と心得る。胸の奥深くに埋めるよりない。
十一時を廻った頃だった。正は大きな欠伸を浮かべ、肢体を伸ばした。
「今日は終わりにしよう」
正は鉛筆を静かに置いた。
「さて……おねむさんの様子は……」
振り返ると、首をこくこくと動かしている晴海の姿があった。正は、晴海の頭をそっと撫でた。
「ごめんな。かまってやれなくて。あと少しだから」
「おにい……ひゃん……。だいす……きだからねぇ………」
正はベランダに一人立った。冬の息吹は、かえって心地いいものだった。手が届きそうな星々。彼らはきっと、
「今年も無事に終わりそうね。来年もまたよろしく」
と語りかけたのだろう。正もまた、
「こちらこそ。また一緒に夜会をやりましょうね」
と言って、大きく手を振った。
耳を澄ませば、遠くの山から除夜の鐘が響いていた。正はそっと一瞬、目を閉じた。
このタイミングで激動という言葉が適切かどうかは分からない。しかしながら、この一年は困難が多かった。そういうものなのだろう、と分かっていても辛い。こうして何度空を見上げたことか。
満点の空。それは星々が奏でる悠久の旅……。
比べてみれば、随分とちっぽけな悩み。こう考えれば少しは楽になった。星々の皆さん、ありがとう。いや、みんなにありがとうと言いたい。
このちっぽけな身体に何を背負うのだろう。とりあえずは晴海だな。その後に僕の夢。2082年もいい年になりますように。晴海と僕の幸せを祈念いたします。
2081年が安らかに終焉を迎えた。
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