新緑の子守唄

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第三章

第二の出会い 前篇

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 出発して早々、山々が目の前に迫ってきた。列車はやがて、新緑溢れる山路を駆け出した。

 合間から時折降り注ぐ木漏れ日に照らされて、暫しの眠気に誘われた。

 「たっくん。はい、お菓子だよ」

 「いらない」
 先ほど水筒を落としそうになった男の子の声で、一番年上の女の子に対し発した言葉。
 喧嘩?

 「たっくんの好きなチョコレートだよ」

 女の子は必死に、たっくんの機嫌を直そうとしていた。バッグの大きさからして、恐らく、大月駅で降りて、富士急行に乗り換え、河口湖まで向かい、富士の麓でもハイキングするのだろうと想像した。


 「たかくん。お姉ちゃんが悪かったから、機嫌直してよ」

 十年ほど前、隆司は、五歳年上の姉と共に旅行した。当時から、時刻表を眺めるのが好きだった隆司は、わずか十分ほどで、目的地までの乗り継ぎを割り出した。

 旅行当日、乗り継ぎを順調にこなし、高崎に到着したのが、正午だった。

 「お姉ちゃん、急いで。乗り換え時間短いんだから」

 移動距離にして、およそ八十メートル。三分の乗り換え時間はお釣りがくるほどだった。

  越後湯沢なら、お蕎麦を食べられる。新潟まで行けたなら、日本海を見ることが出来る。いずれにしても、九歳の隆司にとって、上越国境を越えることはちょっとした冒険であり、トンネルを抜けて、現れる銀世界、そして、列車から降りて、張り裂けんばかりの声で、雪だ、と叫ぶ姿を想像して、いてもたってもいられなかった。

 一人で旅をするようになったのは、高校二年の夏頃からであった。乗客のほとんどいない車両に長時間揺られることがほとんどで、その度に車窓を眺めながら、あの日のことを思い出していた。そのきっかけは、畑作業を手伝っている兄弟の姿だったり、ホームで、親の帰りを待つ子供と母親の姿だったりした。

 隆司が、上越国境を始めて越えたのは、一年前のことだった。原因は、姉が注意散漫で、切符を落としたことだった。

 「次の電車に乗ればいいじゃない」

 何も知らず、悪びれるどころか、笑顔を浮かべていた姉に対し、怒りを抑えることが出来なかった。

 「次の電車は、五時間後なんだよ」
 有りっ丈の声で叫び、涙が滴りだした。

 事態の重大さを把握した姉は、隆司を宥めようと必死になった。

 「たかくん。ごめんね。お姉ちゃんが悪かったね」

 声のトーンが、一オクターブほど下がっていた。いつにない真剣な表情だった。

 姉の申し訳なさそうな仕草を見れば見るほど、隆司の癇癪は増悪した。

 単に、姉に対する恨み、という訳でなければ、列車を逃した、という訳でもなかった。

 暫く経って、癇癪が治まった。冷静さを取り戻した隆司は、なお、涙を浮かべながら、一言、一言、精いっぱい呟いた。

 「だって、お姉ちゃんと一緒に、雪を、見たかったんだよ。今年が、最後なんでしょう」

 「えっ......?」

 血の気を失った姉を見た、最初で、最後の時だった。

 「駄目だ。考えすぎた」

 隆司は、頭をポン、と叩いた。男の子の様子は相変わらずだった。

 大月まで、残り二駅だった。


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