新緑の子守唄

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第四章

第二の出会い 後編

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 「たっくん、一緒に食べよう」
 たっくんは、頬杖をついて車窓を眺めていた。かつての隆司を彷彿とさせていた。
「食べようよ。チョコレート、好きでしょう」
 体幹を、少しくねらせて、大きくため息をついた。
 頑なに無言を貫き、代わり映えのない新緑を眺める。抑えがたい怒りを顕わにするよりない。
 もうどうにでもなれ。

 優しく包み込んでくれる感触。そうか、お姉ちゃんに抱かれているんだ。
暖房の効きが強く、瞼が重くなった。母親、そして姉に抱かれていたころの温かい感触に包まれていた。先天奇形を伴って生まれてきた隆司は、外で遊ぶことがほとんどなく、一人で過ごすことが多かった。小学校に上がって何人かの友人は出来たものの、健常人との違いを、意識しない日はなかった。小学三年の頃、クラスメイトの何人かからいじめを受けたことがあった。

 苛立ちが募って、時々罵倒することはあっても、涙を浮かべることはなかった。
 日を経るにつれて、感情の起伏を顕わにしなくなった隆司に話しかける者は、ほとんどいなくなり、いじめもいつの間にか、終焉を迎えた。

 学校から帰宅して、自室に籠って読書をしたり、勉強をしたりすることが多かった隆司の相談相手になっていたのが姉だった。傍から見れば、過保護だったが、それでも隆司にとって、何にも勝る安らぎであった。姉は、休日になると決まって隆司と旅をした。行先は近くの公園であったり、列車に乗ってどこか遠くの地方であったりした。
 地方の鉄道に揺られる時は、同じ列車に三、四時間ほど乗り続けることが多く、特に帰る頃は、強い眠気に襲われた。
 時折、目が覚めた時に感じた姉の温もり、そして、微かな声で紡ぎ出された、ゆりかごの歌。色あせることのない思い出。

 隆司は、三人の様子を眺めていた。しばし無言だった。
僕と同じになってしまっては、いずれ後悔するだろう。大月まで、残り一駅。
 すすり泣く声が、微かに響いた。
「たっくん、ごめんね」
「もう、いいよ」
 諦めか、それとも。
「もう、いいから」
 こみあげる物を我慢していた。
「ごめん」
「私こそ、ごめんね」
 旅に付き物の涙。これが最後かもしれないから。
「おいしいよ」
「たっくん、笑った」
「お姉ちゃん、僕にも」

 最後の旅かもしれないから。みんな、仲良くね。
 大月に到着したのは、午後一時頃だった。たっくんと、弟の手を引く女の子が浮かべた笑顔。たっくんの不器用な表情。隆司は、カメラを取り出した。

 ホームに降りた三人の後ろ姿と、新緑溢れる駅舎。シャッターを切り始めた。
 雨上がり、新緑溢れる駅舎は、少しだけ濡れている。朝露か、一雨降ったのか。子供たちが三人降りてきた。嬉しそうだな、何かいいことでもあったのかな。富士山を眺めているのかな。細やかな祝福を込めて。

 ドアが閉まり、一瞬の静寂が訪れた。重々しいモーターの音、空調機の音が響き始めた。むっとした空気が充満する車内。列車は、更なる勾配を駆けのぼり、橋梁に差し掛かっていた。
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