いとまのティアラ~異世界憑依 男子高校生が送る金髪美少女エルフライフ!?~

千秋 綾香

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第一話 変態男子高校生と完璧金髪美少女エルフ

1-3 「……女性エルフ連続殺人事件」

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「うう、最悪の気分だ」

 怠さの抜けない身体を起こして宏実が言う。

「自業自得でしょ」

 ティアラはいつも通りの澄まし顔をしていたが行動の節々から機嫌の良さが滲み出ていた。先ほどまで怒り心頭だったとは到底思えない、身の代わり様だ。

「なんか滅茶苦茶機嫌良さそうだな。俺をボコボコにしてそんなにストレス解消できたか」

「半分正解ね。お陰様でなんとなく理解できたわ」

「何がだ?」

 宏実が問いかけると自信たっぷりに、楽しそうに、話始める。その姿は宝物を見せびらかす無邪気な子供のようだった。

「今の私の状態よ。私とヒロミ、私自身の身体は目に見えない魔力の線でリンクされているわ。この仕組みは恐らく契約した精霊との間の魔力供給と同じか似たものに違いないわ。それの有効範囲が10m前後、それ以上離れるとリンクが途切れて私は存在を保てなくなる。そして、私が身体に触れたときリンクがより強固なものに、より多くの魔力が体内に入ってくる感覚が分かったわ。力が漲ってくる感じね」

「ぶっちゃけ、だから何なんだよ。俺から魔力ドレインできるってだけだろ。お仕置きにしか使えねえじゃねえか!!」

 その言葉に分かってないわねえとあきれ顔で肩をすくめる。

「ようするに私の今の状態は不安定な精霊みたいなものなの。つまり、精霊を介すことなく私が魔法を使える可能性、無いかしら? もし、魔法の発動の仕方、つまり原理を理解できたとするでしょ。それで私が自分の身体に戻った時でも同じように魔法が使えるようになったら。誰もが使えるようになったら!! 世界をひっくり返しかねない大発見よ!!」

 グゥゥゥゥゥ。

 あまりの勢いに気圧された宏実よりも先に反応したのは腹の虫だった。当然のことだろう。今日が始まってから何も食べていない上に魔力すらティアラに何度も奪われているのだから。

「お腹空いたぁ。ティアラ、そんなことより飯食いに行こうぜー」

 ティアラは反応が芳しくなかったことに不満気ながらも、それもそうねと頷いて二人は部屋を出るのだった。

「どこに向かってるんだ」

「食堂で良いでしょ。今日は学校が休みだし、時間も夕食には少し早いから空いているはずよ」

 廊下を飛ぶようにして移動するティアラと金魚のフンのようについていく宏実。心なしかその足取りは複雑な感情を孕んでいるように覚束ないモノだった。

 異世界のご飯ってどんなんだろうな。ありがちなので言えば味付けが薄いとか料理が発達してなくてマズいとかだよなぁ。でも、ティアラの話では貴族たちも通っている学園の食堂だし美味しいのでは。

 そんな心配も杞憂に終わることとなる。足を踏み入れた食堂は広い大広間となっていた。そして壁際に並べられた色とりどりの料理。どれもこれも料理人が丹精を籠めて作っているのが一目見ただけで分かる。ビュッフェ形式の夕食に背中とお腹がくっつきそうなほど空腹の宏実の目が輝く。元の身体はラグビー選手のようなごつい体格、そこから容易に想像できる通り宏実は食に目が無い。というより盲目だ。どんな料理でも上手いと食べるタイプである。

 羽が生えたような軽やかな動きでお皿に料理を盛り付け始める。ステーキに焼き魚に野菜のサラダに煮物、卵焼きや野菜炒め、主食となるパンやイモ、とどめのデザートのケーキや果物。所狭しと盛りつけられた平たい皿が四皿。レストランのウェイトレスのような安定感で机まで運んできた。

「な、何してるのよ。そんなに食べられるわけないでしょ。考えて取ってきなさいよ!!」

 絶望的な表情を浮かべたティアラが一際甲高い声で叫ぶ。当然聞こえているのは宏実だけだ。周囲の人物が宏実の方を向いているのは単に華奢な女の子が大量の料理を盛ってきたという事実に興味を抱いているだけである。

「よっしゃ、いただきま——」

「ちょっと待って!! せめて食前の挨拶はキチンとして!! 後、絶対に残したらダメだからね。何があっても残したらダメだからね」

 ティアラのあまりの必死な様子に流石の宏実も手を止める。

「俺を誰だと思ってる。第一高の大食いチャンピオン、糸麻さんだぞ。んで、食前の挨拶って?」

「いい、私の真似をして。全、尊き一に感謝し奉る、一の生完遂せしこと、我誓う、全の御恵みによりて我の食せんとする一を祝し給え。我らもまた一として願い奉る。いただきます」

 ご飯を食べる宏実の姿は鎖から解き放たれた獣のようだ。一人でタイムアタックに挑戦するかのように口の中に次々に料理を放り込んでいくのだった。圧倒的な速度だった。あっという間に一皿をペロリと平らげ、次の皿へと手を伸ばす。

 最もそれも最初の五分ぐらいの話だったが。

 二皿目の料理を半分ほどに減らした時だった。一定のペースで食べ続けていたが急激に動きが遅くなる。食べ物を飲み込む速度が落ちるのと同時に口に運ぶ前に躊躇いが見え始めた。どうにか二皿目を食べきった後、冷汗を垂らしながらティアラの方を見る。

「どうしよう。お腹一杯なんだけど」

「だから言ったでしょ。なんであんなに一杯取ってきたのよ!!」

「いや、つい昔の癖で。これくらいの量は朝飯前だったんだよ」

 苦しそうにお腹をさする姿を見てティアラはため息を吐く。宏実はもう料理を見るのもイヤと言った様子で天井を見上げている。

「一応言っておくけれど絶対に残しては駄目よ」

「な、なんで?」

「食堂の決まりよ。残したらとても厳しい罰が待ってるの」

「どんなやつなんだ」

 恐る恐るといったように聞いた。

 一体何なんだ。あのティアラがここまで嫌がる罰って。並大抵のことじゃないに違いない。正座してその上に石を乗せられるとか、水車に括られて水の中への出し入れを繰り返されるとか、親指の爪をはがされるとかか。いや、それ罰っていうか拷問やないかーい!

 宏実はいつになく険しい表情を浮かべているティアラを見てゴクリと喉を鳴らす。

「炊き出しの手伝いよ」

 ティアラの口から告げられたのは想定の遥か外、それも斜め下のものだった。宏実は何とも言えない絶妙な表情を浮かべる。

「食堂では料理を無駄にしないために余った料理を夜、西地区の先の貧困街の人たちに配っているの。それの手伝いしなくてはならないのよ!」

 ピンと来ていないというよりも苦に感じていない宏実への苛立ちか語尾が強くなる。

「別によくね? それくらい手伝えば」

「絶対に嫌よ。理由その一、セクハラが酷いの。彼らに比べればヒロミですら可愛いモノよ。理由その二、不潔だから。理由その三、すぐに喧嘩が始まるから。刃傷沙汰なんてしょっちゅうらしいわよ。理由その四、結構な肉体労働だから。私はあそこに足を踏み入れたくないの。絶対に食べきってちょうだい」

 こうして宏実と数々の料理との死闘の火蓋が切って落とされたのだった。


***



 時は少し遡る。

「ダメ、お腹空いたよぉ」

 腹の虫を鳴らす彼女の名前はテレサ マクホート。十四歳を迎えたばかりの中等部の三年生である。見た目は華奢で人形のような可憐な少女だ。深い藍色の髪のツインテールがトレードマークだ。そんな彼女には人に言えない秘密があった。大食漢、いや大食乙女だったのだ。普通の人と同じ量を食べていてはお腹が膨れない。しかしテレサは年頃の乙女、周囲に大食いとは思われたくないと秘密にしてきた。休み時間には人目を避けて軽食を食し、昼休みには二度に分けて食堂に訪れる生活を送ってきた。

 ご飯は好きだがたくさん食べる自分は恥ずかしい。自己矛盾を抱えて生きてきたのだ。今日もいつも通りの休日の過ごし方、少し早めの一度目の夕食を食べに来ていた。

 うう、もっとたくさん食べたいなぁ。盛り付けたいのにぃ。あぁ、このお肉ぅ。三切れ、ダメ、我慢我慢。

 抗いがたい欲求を必死に抑えて女の子らしい量を皿に盛っていく。その時背後から凛とした美しい声が耳に入ってきた。

「うっひゃぁ、美味そう。これが盛り放題とか天国かよ!!」

 テレサは反射的に後ろを振り返って思わず三度見してしまった。そこで料理を物色していたのが美しい金髪のエルフだったからだ。調律の取れた端正な顔、絹のようにサラサラな金色に輝く髪、精霊晶のような碧色の目、スラッと通った鼻筋に艶やかな唇、そして尖った耳。この世のものとは思えないほどの美しさだった。美形が多いエルフの中でも突出した容姿だった。

 彼女の知る限りサピエンティア学園にはそんな人物は一人しか存在していない。容姿端麗、頭脳明晰。精霊に祝福されし才女。精霊女王ティターニア。人々が畏怖と敬意を籠めてこう呼んでいるその人だった。

 テレサは一瞬複雑な感情を顔に宿したが、驚愕に塗りつぶされた。目を疑ったのは皿に盛られた料理の量だ。皿の上には見栄えなど気にする必要などないといわんばかりに色とりどりの料理が山のように盛り付けられていた。しかも手で二皿、手首と肘に挟むようにしてもう二皿、計四皿も器用に運んでいる。

 嘘ぉ。こんなに食べるんですかぁ。 

 誰もが羨望の眼差しを向ける学園のマドンナの思わぬ姿に口をあんぐり開けて見つめてしまった。しかし当の本人は運ぶことに夢中なようでどこ吹く風だ。

 テレサは少し距離を取ってティターニアの姿を目で追う。どうも気になってしまい、空席の多い食堂で近すぎず遠すぎずの距離に席を取った。

 嘘ぉ。すっごい。あんなに盛り付けられていた料理が一瞬で消えていってるぅ。

 ティターニアの食べ方は食べるというより飲む次元に達していた。

 テレサはその光景に感動すら覚えながらも自らの口を動かし始める。傍から見たらその速度は大差なかった。

 そしてティターニアの方に異変が訪れる。二皿目の途中にしてペースガクッと下がったのだ。お腹が一杯になっていることは明らかだった。

 お腹一杯になっちゃたのかなぁ。そりゃそうだよぉ。あの量だもん。私ですら食べきれるか怪しいもんねぇ。食べきれないと炊き出しのお手伝いかぁ。兄さんやエメさんに言われたっけ。絶対に何があっても参加しないようにしろって。……エメさん。

 テレサは頭の中に湧いてくる感情を振り払うように目の前の料理に集中する。そしてものの数分後、食べかす一つ残っていない綺麗な皿を前にして食後の祈りを捧げた。ついでに空になったコップに魔法で水を注いで一気に飲み干した。

 普段ならここでそそくさと席を立つのだが今日は違った。宏実がどうなるのかが気になったのである。

 本当にダメそうだったら私が手伝おう。うん、そうしよう。

 そう心に決めて見守っていた。

 彼女の視線の先の金髪美少女エルフは酸っぱさに顔をすぼめたり、辛さに舌を出してヒィヒィ言ったり、水を流し込んで無理やり食べ物を飲み込んだり、悪戦苦闘をしながらもまだ心は折れていないように見えた。

 もう、出て行った方がいいかなぁ。でも、必死に頑張ってるしむしろ邪魔なんじゃないかなぁ。

 そんなことを考えながら心の中で応援すること一時間あまり、ついに全ての皿が綺麗に片付いた。

 苦しそうながら満足気な表情を浮かべているティターニアだったが、それすらも絵になる美しさだった。手を合わせて食後の祈りを捧げている。お腹が膨れているからか言葉がたどたどしい。そして、祈りが終わった瞬間のことだった。

 パチパチパチパチ。

 まばらに始まった拍手は徐々に伝染していき食堂内を乾いた破裂音で満たしたのだった。無論、テレサもその中の一人だった。注目をしていたのはテレサだけではなかった。多くのギャラリーがティターニアの戦いを見守っていたのだ。男女を問わず歓声と労いの言葉が自然と出てくる。

 当の本人は面食らった表情を浮かべながらもすぐさま嬉しそうに笑みを浮かべ、勝利を宣言するかのように握りこぶしを高く振り上げたのだった。

 そして妊婦のように張ったお腹を擦りながら食堂を出て行くのだった。

 そもそも何であんなにいっぱい料理を食べてたんだろう?

 残された全員が頭に浮かべた疑問だったがその答えを知る者は既に食堂にはいない。ただ、ティターニアの新たな伝説として語り継がれるだろうことは間違いなかった。

 テレサは日も沈み薄暗くなった廊下を歩く。喧騒に包まれていた食堂とは違い、静まり返っていた。彼女の足音だけが反響している。

 そういえばティターニアさんも女性のエルフだなぁ。大丈夫かなぁ。

 静かな空間に身を置くとどうしても考えないようにしていたことも考えてしまう。

「……女性エルフ連続殺人事件」

 ポツリと呟いた声は廊下の静寂に吸い込まれるようにして消えていった。

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