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第一話 変態男子高校生と完璧金髪美少女エルフ
1-4 「何というかヒロミってほんっとうに馬鹿よね」
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地平線の先に日も沈み、空では深い藍色が茜色を飲み込もうとしていた頃、二人は部屋に戻ってきていた。ベッドに腰を降ろす宏実と机の上にふわふわと浮かぶティアラ。いつの間にかそこが二人の定位置となっている。
「ヒロミ、何か言うことはないの?」
「もうお腹いっぱい。これ以上食ったら豚になるー」
宏実は大袈裟な動作をつけてベッドに大の字になって寝転がる。力を入れて膨らませたお腹は胸よりも高く盛り上がっていた。ティアラはそれを一瞬悲壮感漂う目で見つめる。しかしすぐにいつもの平然とした表情に戻った。
「コラ! 話の途中で寝転がらないの。シャキッとして。太ったら承知しないわよ」
「分かったよ。で、何? 特に心当たり無いんだけど」
その間の抜けた表情は本当に心当たりがないことを如実に物語っていた。ティアラは今日何回目かも分からない溜息を吐く。
「さっきまでのは何なの? ヒロミ、私として振舞う気一切ないでしょ!! 明日からの学校生活に向けて早急な対策とが必要よ。後、今後の方針もね」
ビシッと半透明の指を宏実の顔面に突きつける。緩んでいた頬が引き締っていった。
「対策って言われてもどうすりゃいいんだ?」
「まずは対策の方からね。一つ目、私との会話はできる限り避けること。傍から見たらただの頭のおかしな子よ。不幸中の幸いにもさっきはヒロミがご飯を食べることに夢中になっていたから良かったけれど。この部屋にいる時と同じ意識ではダメよ。私は存在していないものとして扱いなさい」
宏実が何か言おうとするが矢継ぎ早に捲し立てる。
「二つ目、私が二回手を叩いたら私の喋ることを真似してそのまま喋ること。三つ目。私に聞きたいことがあったら左耳を触ること。分かった?」
二人は鏡写しのようにしてお互いに見つめあう。そのうちの片方、ベッドに座った宏実は頭の中でうんうんと捻っていた。
なんか気に入らん。モヤモヤする。んーこう、理解はできても納得できない感じ。
原因について考えるが胸にイガイガしたものが絡むばかりで答えは出てこなかった。
「ちょっと、聞いているの?」
「聞いてるって。取り敢えずは分かったよ」
宏実が答えるとティアラは満足気に頷いた。そして人差し指を自分の唇に微かに触れさせる。
「なら次ね。今日一日ずっと考えていたのだけれど、私が誰かに殺されそうになったことは秘密にしましょう」
「え、どうしてだ?」
「理由は二つあるわ。一つは襲われた証拠がないこと。私の身体はピンピンしてるし、部屋は荒らされた形跡もない。凶器もない。襲われたことを証明するのも面倒よ。それに他人にズカズカと私の部屋を踏み荒らされるのも嫌だから。もう一つは犯人の出方を窺うためね。私たちは犯人に繋がる手掛かりをほとんど持ってないわ。目的は不明だけれど犯人は私を殺そうとした以上、私が生きているのだから必ずもう一度殺しに来るはずよ」
「なぁ、その最初の方は理解できたけどさ、犯人の出方を窺うっていうのと襲われたことを秘密にすることって関連してるのか」
「ええ。犯人に対して情報を与えないという点でね。犯人は私の部屋に侵入してきた以上、この学園の関係者の可能性が高いわ。殺したはずの私が生きていることはすぐに分かるはず。殺したはずの人間が何食わぬ顔で普通に生きていたら不気味じゃないかしら? 私だったら顔を見られたかもしれないと気が気じゃないわね」
宏実はポンッと手を叩く。軽快な音が鳴った。
「そうか、襲われたことを言えば同時に犯人が分かってないって言ってるのと一緒なのか! 天才かよ!!」
「そういうことよ。更にこちらには姿の見えない私がいるわ。怪しい奴がいないかじっくり観察することができる。私は眠らないから寝込みに襲われて抵抗できずに殺されるという二の轍も踏まないわ」
「さっすがティアラ!!」
***
室内は深い闇に満たされている。光どころか音すら吸い込む程の濃い暗闇だった。部屋の中では一人の少女が気持ちよさそうに寝息を立てている。そんな彼女の枕元には半透明の姿をした少女が浮かび上がっていた。
「ねぇ、起きて。起きて!!」
高音の声が宏実の脳の内側に響き渡る。高性能のヘッドホンから流れる音楽でもこうは鮮明には聞こえない。
「起きて!! 起きて!!」
「うわっ、びっくりした!! ってヒッ。ゆ幽霊」
宏実の顔は恐怖に歪む乙女そのものだった。数秒間彫刻のように固まった後、ようやく思考が現実に追いついたのか胸を撫でおろす。
「なんだ、ティアラか。ビックリさせんなよ」
安心しきった宏実とはに枕元対照的に立つティアラはご立腹の様子だ。僅かな変化だが碧色の目が普段よりもかなり鋭い。
「気が抜け過ぎよ。殺人鬼が襲ってきていたらどうするつもりだったの?」
「あ、ごめん。ってそんなことでこんな深夜に起こしたのかよ!!」
宏実がむぅと不満気な声を上げる。
「流石にそれだけでは起こさないわよ。今からお風呂に——」
「行く行く絶対行く! レッツゴー!!」
コーンが弾けるように飛び起きた宏実はその勢いでドアの向こうへと駆け出していくのだった。
学術都市アバベルでは都市周辺の豊富な水源を活かす形で地下全体に上水道と下水道を蜘蛛の巣のように張り巡らせている。そこの水を利用している為、サピエンティア学園の女子寮の風呂は大浴場の形で地下に存在している。水を下から上に汲み上げるという技術が存在していない為にどこの施設でも同じような構造となっていた。
宏実は薄暗い地下への階段を恐る恐る降り、分厚い扉を開けるとハッと息を呑んだ。
想像以上にしっかりしてるじゃん。というかこの湿気ムンムンの空間、やべぇよ。何かスゲェいけないことしてる気分になるぜ。というか待てよ。ここは普段から女子が全裸でいる場所だよな。やべぇ。天国だろここ。
宏実は脱衣所を鼻の下を伸ばしながら興味深そうに観察する。
地下とはいえども大浴場というに相応しいスペースが割かれており、閉塞感などはまるで感じられない。寮の風呂ということもあり一度に数十人が入れるような作りとなっていた。
「というかこの時間に風呂に入るのって普通なのか?」
宏実はそう訊ねながらもパジャマのボタンを一つずつ外していく。徐々にティアラの引き締まったスレンダーな上半身がはだけていく。
「そんなわけないでしょ。この状況で生活する以上、私の裸を見られたりするのは不可抗力だから別にいいわ。勘違いしないでよ。不可抗力以上のことをしようとしたら許さないから!」
うおっ、勘違いしないでよって、リアル金髪美少女エルフのツンデレ発言! って後半の方がキツイことを言ってる。これはツンデレと言うよりデレツン? というかそもそもデレてない……だと。
宏実は脳内でどうでもいいことを考えながらズボンに手をかける。否、どうでもいいことを考えていないとマズいことを本能的に察していた。するりと落ちていくズボンと反対に露わになる、ほどよく引き締まりながらも女性らしい線の柔らかさのある太もも。普段、日に焼ける機会がないのか新雪のような白さである。
「そうではなくて、他の女の子の入浴姿を見させるわけにはいかないもの」
ゴクリ。
生唾を飲み込む。ティアラの言葉などもはや宏実の耳には届いていない。
き、着替えとかトイレの時とは全然違う。深夜なのが悪いのか、それとも広々とした空間が悪いのか。なんだろう。着替えとかトイレはせわしないというか急がないとっていうプレッシャーを感じるからなのか。そうか、トイレや着替えは介護とかのイメージが強いけど風呂って言われたらソープとかそっちの方想像するじゃん。卑猥卑猥卑猥。ああ、無心無心。平常心。
宏実は典型的な男子校に染まり切った人間である。女性とはそれこそ魔法やUMAなどの空想の産物と同レベルの存在だったのだ。行動力があるように見えて初心。求めるくせにいざはいどうぞと与えられると及び腰になるのだ。思考に逃げるように目を瞑って下着に手を伸ばす。
胸をキュッと締め付けていた布がハラりと解けて足元に落ちる。同時に抑圧されていた胸が溢れ出してフルッと揺れる。服の上から見るよりもほんの少しだが大きく思える。着やせするタイプというよりも細い身体のラインが分かる分相対的に大きく見えるのだろう。
そして今度は下半身に手を伸ばす。両手で布を持つとエイッと勢いよく下に降ろした。
宏実、いやティアラの身体は芸術の世界から飛び出してきたような調律の取れたものだった。小ぶりながらも重力に負けない存在感を放っている胸、キュッと絞り込まれたウエストのくびれ、肩甲骨と背骨のラインが薄っすらと浮かび上がるスッキリとした背中、丸みの帯びた上向きの臀部、スラリと長く伸びた脚、どこを取っても羨望の眼差しで見られることは間違いない。
一糸纏わぬ姿になった宏実は薄目で視界を確保して一歩一歩ゆっくりと踏み出して歩く。ブラジャーを着けていた時には気にもとめなかった胸の揺れる感触に脳内が汚染されていく。それとは対照的に今まで付いていたはずの下半身の逸物が無いことへの違和感が膨れ上がっていく。それを誤魔化すように急いでかけ湯をして湯船につかろうとした時、ティアラが待ったをかけた。
「ちょっと待って。ヒロミ、お風呂に入る前に足首のブレスレットを外して」
「りょ、了解!」
視線はしなやかな太ももからゆっくりと下に降りていく。その先には青と赤の宝石のあしらわれたブレスレットが左右に着けられていた。パンツを脱ぐように片足ずつ持ち上げてするりと取り外した。
「あぁ、気持ちいい~。いい湯だなぁ~」
一度に二十人近くはゆうに浸かれそうなほど広い浴槽を独り占めしている。五体投地をするように手足を伸ばして浮力に身を任せる。全身の疲労が湯船の中に溶けだしていくような感覚だった。
三分くらい経った時だった。宏実は身体を起こし体育座りのような体勢で小さく丸くなる。そして口を開いた。
「ちょ、ティアラ。何か喋ってくれ。無言だと頭おかしくなりそうなんだけど」
「そそそうね」
そう答えるティアラの身体はほとんど湯気と同化している。そしてその顔はあらぬ方向を向いていた。
「いや、なんでティアラが変な方向向いてるんだよ」
「何が悲しくて自分の入浴姿をジロジロと見なくてはならないのよ! しかも誰かさんのせいでちょっとお腹出てるし」
ティアラに言われて反射的に手がお腹に伸びていた。確かに張っている感触はしたが抓めるような贅肉は一切存在しない。しなやかな筋肉に守られている。ただただ滑らかな肌の感触を楽しんだだけだった。
「うーん、全然そんなことないぞ」
「確認しなくてよろしい」
再び気まずい間ができる。ティアラは話題話題と口ずさみながら少しの間考えていた。そしてポツリと呟くように質問する。
「ねぇ、そういえば、ヒロミのいた世界? ってどんなところなの?」
「うーん、精霊もいなきゃ魔法もない世界かなぁ」
「えっ! そういえばそんなことも言ってたわね。どうやって生活してるの? 全く想像できない」
ティアラは澄ました表情を装っているがその瞳にはキラキラとした好奇心が宿っている。
「どうやってって言っても普通だけどな。でも多分生活の質は元の世界の方が良いと思うぞ」
「嘘! 魔法もないのに?」
「もちろん」
そうして宏実は十七年間暮らしていた世界、これから先何十年間ずっと暮らしていくはずだった世界について話す。日本での生活について話しているときのティアラの驚いた反応を見ると当たり前だったはずのことが当たり前でなかったことを突き付けられる。テレビについて、スマートフォンについて、ゲームについて、パソコンについて、車について、電車について、飛行機について、冷蔵庫について、電子レンジについて、トイレについて、簡単な科学について、政治の仕組みについて、恩恵を受けてきたはずなのに何一つとして満足に説明できないことに気付いた。
ティアラの質問にすぐに詰まってしまうのだ。
「本当にそんな便利なものが存在してるの? 適当なことを言って私をからかってるわけじゃないでしょうね」
ティアラの少しきつい口調とは裏腹にその表情はいつになく柔らかい。普段から真剣な表情や小難しい表情を浮かべることの多いティアラにとっては珍しい事だ。普段は美しいや凛々しいといった感想を抱かせるが、この時ばかりは可愛らしいと感じさせるような慎ましやかな笑顔を浮かべていた。
次第に宏実自身のことへと話題が移っていった。第一高校での授業や日々の生活について、特に竜司や健の話は尽きることが無かった。バカバカしい話をしているうちにまた別の話を思い出す。無限ループである。
ティアラも最初の方はクスリと表情を綻ばせるくらいだったが徐々にその表情が艶やかな色彩で描かれるようになっていた。
「何というかヒロミってほんっとうに馬鹿よね」
「よけーなお世話だーっての」
透き通った白い色をしているはずの宏実の顔がゆでだこみたいになっている。ティアラは流石に上がらせた方が良いと話を切り上げる。
「今日はありがとう。そろそろ出ましょ」
「りょーっかい」
よっこいしょと声を上げて立ち上がる。宏実はもうティアラの身体を気にしている余裕は無いようで転ばないように歩くのに精一杯だった。半ば朦朧とする意識の中でささっと身体を洗い浴場を後にしたのだった。
「ヒロミ、何か言うことはないの?」
「もうお腹いっぱい。これ以上食ったら豚になるー」
宏実は大袈裟な動作をつけてベッドに大の字になって寝転がる。力を入れて膨らませたお腹は胸よりも高く盛り上がっていた。ティアラはそれを一瞬悲壮感漂う目で見つめる。しかしすぐにいつもの平然とした表情に戻った。
「コラ! 話の途中で寝転がらないの。シャキッとして。太ったら承知しないわよ」
「分かったよ。で、何? 特に心当たり無いんだけど」
その間の抜けた表情は本当に心当たりがないことを如実に物語っていた。ティアラは今日何回目かも分からない溜息を吐く。
「さっきまでのは何なの? ヒロミ、私として振舞う気一切ないでしょ!! 明日からの学校生活に向けて早急な対策とが必要よ。後、今後の方針もね」
ビシッと半透明の指を宏実の顔面に突きつける。緩んでいた頬が引き締っていった。
「対策って言われてもどうすりゃいいんだ?」
「まずは対策の方からね。一つ目、私との会話はできる限り避けること。傍から見たらただの頭のおかしな子よ。不幸中の幸いにもさっきはヒロミがご飯を食べることに夢中になっていたから良かったけれど。この部屋にいる時と同じ意識ではダメよ。私は存在していないものとして扱いなさい」
宏実が何か言おうとするが矢継ぎ早に捲し立てる。
「二つ目、私が二回手を叩いたら私の喋ることを真似してそのまま喋ること。三つ目。私に聞きたいことがあったら左耳を触ること。分かった?」
二人は鏡写しのようにしてお互いに見つめあう。そのうちの片方、ベッドに座った宏実は頭の中でうんうんと捻っていた。
なんか気に入らん。モヤモヤする。んーこう、理解はできても納得できない感じ。
原因について考えるが胸にイガイガしたものが絡むばかりで答えは出てこなかった。
「ちょっと、聞いているの?」
「聞いてるって。取り敢えずは分かったよ」
宏実が答えるとティアラは満足気に頷いた。そして人差し指を自分の唇に微かに触れさせる。
「なら次ね。今日一日ずっと考えていたのだけれど、私が誰かに殺されそうになったことは秘密にしましょう」
「え、どうしてだ?」
「理由は二つあるわ。一つは襲われた証拠がないこと。私の身体はピンピンしてるし、部屋は荒らされた形跡もない。凶器もない。襲われたことを証明するのも面倒よ。それに他人にズカズカと私の部屋を踏み荒らされるのも嫌だから。もう一つは犯人の出方を窺うためね。私たちは犯人に繋がる手掛かりをほとんど持ってないわ。目的は不明だけれど犯人は私を殺そうとした以上、私が生きているのだから必ずもう一度殺しに来るはずよ」
「なぁ、その最初の方は理解できたけどさ、犯人の出方を窺うっていうのと襲われたことを秘密にすることって関連してるのか」
「ええ。犯人に対して情報を与えないという点でね。犯人は私の部屋に侵入してきた以上、この学園の関係者の可能性が高いわ。殺したはずの私が生きていることはすぐに分かるはず。殺したはずの人間が何食わぬ顔で普通に生きていたら不気味じゃないかしら? 私だったら顔を見られたかもしれないと気が気じゃないわね」
宏実はポンッと手を叩く。軽快な音が鳴った。
「そうか、襲われたことを言えば同時に犯人が分かってないって言ってるのと一緒なのか! 天才かよ!!」
「そういうことよ。更にこちらには姿の見えない私がいるわ。怪しい奴がいないかじっくり観察することができる。私は眠らないから寝込みに襲われて抵抗できずに殺されるという二の轍も踏まないわ」
「さっすがティアラ!!」
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「ねぇ、起きて。起きて!!」
高音の声が宏実の脳の内側に響き渡る。高性能のヘッドホンから流れる音楽でもこうは鮮明には聞こえない。
「起きて!! 起きて!!」
「うわっ、びっくりした!! ってヒッ。ゆ幽霊」
宏実の顔は恐怖に歪む乙女そのものだった。数秒間彫刻のように固まった後、ようやく思考が現実に追いついたのか胸を撫でおろす。
「なんだ、ティアラか。ビックリさせんなよ」
安心しきった宏実とはに枕元対照的に立つティアラはご立腹の様子だ。僅かな変化だが碧色の目が普段よりもかなり鋭い。
「気が抜け過ぎよ。殺人鬼が襲ってきていたらどうするつもりだったの?」
「あ、ごめん。ってそんなことでこんな深夜に起こしたのかよ!!」
宏実がむぅと不満気な声を上げる。
「流石にそれだけでは起こさないわよ。今からお風呂に——」
「行く行く絶対行く! レッツゴー!!」
コーンが弾けるように飛び起きた宏実はその勢いでドアの向こうへと駆け出していくのだった。
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宏実は薄暗い地下への階段を恐る恐る降り、分厚い扉を開けるとハッと息を呑んだ。
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宏実は脱衣所を鼻の下を伸ばしながら興味深そうに観察する。
地下とはいえども大浴場というに相応しいスペースが割かれており、閉塞感などはまるで感じられない。寮の風呂ということもあり一度に数十人が入れるような作りとなっていた。
「というかこの時間に風呂に入るのって普通なのか?」
宏実はそう訊ねながらもパジャマのボタンを一つずつ外していく。徐々にティアラの引き締まったスレンダーな上半身がはだけていく。
「そんなわけないでしょ。この状況で生活する以上、私の裸を見られたりするのは不可抗力だから別にいいわ。勘違いしないでよ。不可抗力以上のことをしようとしたら許さないから!」
うおっ、勘違いしないでよって、リアル金髪美少女エルフのツンデレ発言! って後半の方がキツイことを言ってる。これはツンデレと言うよりデレツン? というかそもそもデレてない……だと。
宏実は脳内でどうでもいいことを考えながらズボンに手をかける。否、どうでもいいことを考えていないとマズいことを本能的に察していた。するりと落ちていくズボンと反対に露わになる、ほどよく引き締まりながらも女性らしい線の柔らかさのある太もも。普段、日に焼ける機会がないのか新雪のような白さである。
「そうではなくて、他の女の子の入浴姿を見させるわけにはいかないもの」
ゴクリ。
生唾を飲み込む。ティアラの言葉などもはや宏実の耳には届いていない。
き、着替えとかトイレの時とは全然違う。深夜なのが悪いのか、それとも広々とした空間が悪いのか。なんだろう。着替えとかトイレはせわしないというか急がないとっていうプレッシャーを感じるからなのか。そうか、トイレや着替えは介護とかのイメージが強いけど風呂って言われたらソープとかそっちの方想像するじゃん。卑猥卑猥卑猥。ああ、無心無心。平常心。
宏実は典型的な男子校に染まり切った人間である。女性とはそれこそ魔法やUMAなどの空想の産物と同レベルの存在だったのだ。行動力があるように見えて初心。求めるくせにいざはいどうぞと与えられると及び腰になるのだ。思考に逃げるように目を瞑って下着に手を伸ばす。
胸をキュッと締め付けていた布がハラりと解けて足元に落ちる。同時に抑圧されていた胸が溢れ出してフルッと揺れる。服の上から見るよりもほんの少しだが大きく思える。着やせするタイプというよりも細い身体のラインが分かる分相対的に大きく見えるのだろう。
そして今度は下半身に手を伸ばす。両手で布を持つとエイッと勢いよく下に降ろした。
宏実、いやティアラの身体は芸術の世界から飛び出してきたような調律の取れたものだった。小ぶりながらも重力に負けない存在感を放っている胸、キュッと絞り込まれたウエストのくびれ、肩甲骨と背骨のラインが薄っすらと浮かび上がるスッキリとした背中、丸みの帯びた上向きの臀部、スラリと長く伸びた脚、どこを取っても羨望の眼差しで見られることは間違いない。
一糸纏わぬ姿になった宏実は薄目で視界を確保して一歩一歩ゆっくりと踏み出して歩く。ブラジャーを着けていた時には気にもとめなかった胸の揺れる感触に脳内が汚染されていく。それとは対照的に今まで付いていたはずの下半身の逸物が無いことへの違和感が膨れ上がっていく。それを誤魔化すように急いでかけ湯をして湯船につかろうとした時、ティアラが待ったをかけた。
「ちょっと待って。ヒロミ、お風呂に入る前に足首のブレスレットを外して」
「りょ、了解!」
視線はしなやかな太ももからゆっくりと下に降りていく。その先には青と赤の宝石のあしらわれたブレスレットが左右に着けられていた。パンツを脱ぐように片足ずつ持ち上げてするりと取り外した。
「あぁ、気持ちいい~。いい湯だなぁ~」
一度に二十人近くはゆうに浸かれそうなほど広い浴槽を独り占めしている。五体投地をするように手足を伸ばして浮力に身を任せる。全身の疲労が湯船の中に溶けだしていくような感覚だった。
三分くらい経った時だった。宏実は身体を起こし体育座りのような体勢で小さく丸くなる。そして口を開いた。
「ちょ、ティアラ。何か喋ってくれ。無言だと頭おかしくなりそうなんだけど」
「そそそうね」
そう答えるティアラの身体はほとんど湯気と同化している。そしてその顔はあらぬ方向を向いていた。
「いや、なんでティアラが変な方向向いてるんだよ」
「何が悲しくて自分の入浴姿をジロジロと見なくてはならないのよ! しかも誰かさんのせいでちょっとお腹出てるし」
ティアラに言われて反射的に手がお腹に伸びていた。確かに張っている感触はしたが抓めるような贅肉は一切存在しない。しなやかな筋肉に守られている。ただただ滑らかな肌の感触を楽しんだだけだった。
「うーん、全然そんなことないぞ」
「確認しなくてよろしい」
再び気まずい間ができる。ティアラは話題話題と口ずさみながら少しの間考えていた。そしてポツリと呟くように質問する。
「ねぇ、そういえば、ヒロミのいた世界? ってどんなところなの?」
「うーん、精霊もいなきゃ魔法もない世界かなぁ」
「えっ! そういえばそんなことも言ってたわね。どうやって生活してるの? 全く想像できない」
ティアラは澄ました表情を装っているがその瞳にはキラキラとした好奇心が宿っている。
「どうやってって言っても普通だけどな。でも多分生活の質は元の世界の方が良いと思うぞ」
「嘘! 魔法もないのに?」
「もちろん」
そうして宏実は十七年間暮らしていた世界、これから先何十年間ずっと暮らしていくはずだった世界について話す。日本での生活について話しているときのティアラの驚いた反応を見ると当たり前だったはずのことが当たり前でなかったことを突き付けられる。テレビについて、スマートフォンについて、ゲームについて、パソコンについて、車について、電車について、飛行機について、冷蔵庫について、電子レンジについて、トイレについて、簡単な科学について、政治の仕組みについて、恩恵を受けてきたはずなのに何一つとして満足に説明できないことに気付いた。
ティアラの質問にすぐに詰まってしまうのだ。
「本当にそんな便利なものが存在してるの? 適当なことを言って私をからかってるわけじゃないでしょうね」
ティアラの少しきつい口調とは裏腹にその表情はいつになく柔らかい。普段から真剣な表情や小難しい表情を浮かべることの多いティアラにとっては珍しい事だ。普段は美しいや凛々しいといった感想を抱かせるが、この時ばかりは可愛らしいと感じさせるような慎ましやかな笑顔を浮かべていた。
次第に宏実自身のことへと話題が移っていった。第一高校での授業や日々の生活について、特に竜司や健の話は尽きることが無かった。バカバカしい話をしているうちにまた別の話を思い出す。無限ループである。
ティアラも最初の方はクスリと表情を綻ばせるくらいだったが徐々にその表情が艶やかな色彩で描かれるようになっていた。
「何というかヒロミってほんっとうに馬鹿よね」
「よけーなお世話だーっての」
透き通った白い色をしているはずの宏実の顔がゆでだこみたいになっている。ティアラは流石に上がらせた方が良いと話を切り上げる。
「今日はありがとう。そろそろ出ましょ」
「りょーっかい」
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その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
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