ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

東雲一

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新たな日常編

01_奇怪な夜を越えて

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 気づけば、僕は、異様な雰囲気を放つタイムベルの門の前に再び立っていた。上空には、見慣れた漆黒の夜空ではなく、真っ赤な血で染め上げられたような紅い夜空が、どこまでも広がっている。その紅い夜空を黒く長細い雲が怪しげに悠々と流れていた。暗闇に染まった地上を照らすのは、ぽつりと浮かぶ月の光だけだ。

 確か、家に帰り、ベッドの上に、倒れ込むように、眠りについたはずだ。なぜ、僕は、再び、タイムベルの近くにいるのだろうか。

 何かがおかしい......。

 早く、帰ろう。ここに、これ以上、いれば、正気ではいられなくなってしまう。正直、今にもチビりそうだ。

 暗闇の中を、空から降り注ぐ月光だけを頼りに山道をなぞりながら進んでいく。道を挟む鬱蒼と繁った木々は、吹き付ける風に揺られ、不気味な笑い声を上げる。

 暗いな。この中を、進んで行かないといけないのか。

 徐々に、暗闇の深淵に飲まれ、不安が頭を蝕んで行く。周囲を何度も見渡しながら、何かが襲ってこないか警戒する。

 ポキッ、ポキポキ。

 踏みしめた地面から、奇妙な音がいきなりして、僕はモブキャラのような叫び声を響かせた。

「ヒィ、ヒィィィ!!!」

 恐る恐る、ゆっくりと下を見ると、情けないことに、小さな木の枝を踏みつけただけだ。極限の緊迫状態になっている僕は、ほんのちょっとしたことでも反応してしまうほど異常に敏感になっていた。無事に帰れるような気がしない。

 何も起きないでくれよ......頼むよ......。

 両手を合わせ、天の神に祈る。

 だけど、その神の祈りも虚しく、さっそく聞き覚えのある足音が、後ろから鳴り響き、不安な心を遠慮なく揺さぶってきた。迫り来る足音は、初めてタイムベルに来た時に聞いた足音に似ている。あの時は、振り向いた先に誰もいなかったが、今回はどうだろうか。

 足音は、僕のちょうど真後ろで止まった。

 何で、いちいち、後ろに回り込んで近づいてくるんだよ......。

 心の中で不満を漏らす。全身を這う恐怖が極限に達し、なかなか後ろを向く勇気が出なかった。というより、まるで体が金縛りにあったように痺れて動けない。

 なんだ、何が起こってるんだ。体が動かせない。しかも、声すら出せない。

 長細い白い胴体が、動けなくなった僕の体を許可なく勝手に巻き付いていく。この白い胴体は、間違いない。白い大蛇だ。

 身動きがとれなくなった体では、抵抗すらできない。いつの間にか、首から下は、大蛇の胴体に覆われていた。そして、僕の目の前に、大蛇の頭が、現れる。しきりに、舌を出し入れし、鋭利な牙を覗かせた。

 こ、こんにちは......。

 直後、白い大蛇は、僕の顔に瞬く間も与えずかぶりついた。引き裂かれた頸動脈から勢いよく血液が周囲に舞い散る。

  ーーー

「うああああああ!!!!」

 白い大蛇にかぶりつかれた衝撃で、思わず、絶叫し、夢からベッドの上で目を覚ます。即座に、首に手をやり、かみちぎられたりしていないか確認する。

 大丈夫だ。何もない。

 実は少し予感はしていたが、先ほどまでの身が凍りつくような出来事は、夢だったようだ。

 すでに夜は明け、温かな朝日がカーテンの隙間から漏れ出ていた。ベッドのすぐ近くには、机が置かれていて、その上には、本が何冊か並んでいた。机の隣には、普段が入った棚が置いてある。

「聖!ご飯できたわよ!」

 下の階にあるリビングから、母親の声がした。

 いつもと変わらない部屋に、いつもと変わらない母親の声。僕は、あの奇怪な夜を越えて、日常に帰ってきたんだ。

「今、いくよ!」

 そう母親に返すと、ベッドから、立ち上がる。そして、歩き出そうとした瞬間。急に目眩がして気分が悪くなり、危うく床に転びかける。

 なんだろう。昨日の疲れが残っているのかな。

 とりあえず、いつも通り洗面所に向かい、蛇口をひねり、水を出すと、顔をざばっと洗った。そのお陰で、悪かった気分が少しすっきりした。

 ふと、洗面所にとりつけられた鏡を見ると、違和感を覚えた。

 いつもより、この鏡、くっきりと映ってるな。いつの間にか、新しい鏡に変えた?

 僕はあまり、目のいい方ではなく、最近、本を読むことが多かったので、視力がだいぶ低下していた。鏡で自分の顔を見ると、ぼんやりして見えた。そろそろ、メガネをつけた方がよいかと思っていた時だった。

 不思議なことに、今日は、いつものぼんやりが消え、とてもくっきり見えた。

「いたっ!?」

 僕は、右腕に、強烈な痛みを感じ、上着の袖を慌てて捲り上げる。

 な、なんだよ、これ......気持ち悪い。

 右腕には、赤々と膨れ上がった出来ものが二つあり、肌は黒く汚染されていた。
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