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新たな日常編
11_一時の幸せ
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ーーなんだ、この白蛇の愛くるしい目は。
まるで、かつて飼っていたチワワに見つめられている感覚だ。
僕は、いつの間にか、すり寄ってくる白蛇に愛着を持つようになっていた。これほどまでに、溺愛されては、返すに返せなかった。そもそも、借りた訳ではなく、白蛇が、勝手についてきた訳だけれど。
「あの。先ほど、返しますと言ったのですが、もしよかったら、この白蛇を、もらってもいいですか?」
ついつい僕は、白蛇の愛くるしさに負けて、蛇女ムグリに向かって、お願いをしていた。猛毒を持つ恐ろしい生き物という自覚はあったが、それ以上に、白蛇の魅力にとりつかれてしまっていた。
「いいわよ。その子が、それを望んでいるようだから。あなたが、飼って上げた方がいいわ。それにしても、モテモテね。その子、メスなのよ」
白蛇は、嬉しそうに踊るように胴体を動かしていた。動きがとても可愛いくて、傷ついた心をなんだか妙に癒してくれた。
「そうなんですか。どうしてこんなにも、なついているのか知りませんが......」
僕は、床を這う白蛇を見つめながら言った。
「もう、これで話は終わりか。そろそろ俺は、一カ月後の公演の練習をしたいんだがな」
狼男アウルフは、黙って聞いていたが、しびれを切らしたかのように言った。
「公演?」
「私たちは、色んな場所で公演会を開いてはクラシックの演奏をしているんだ。もちろん、演奏時は、人間の姿をしているがな」
ライオン男ライアンが、自分たちの公演会について説明してくれた。
「そうなんですか。そういえば、最初に来た時も、ピアノの練習をしていましたね」
初めて、この場所に来た時、蛇女ムグリが弾くピアノの音を、聞いて、感動したのを覚えている。気を抜けば、簡単に引き込まれてしまうような繊細で美しい旋律だった。
「どう、半獣になって気が落ち込んでいることだろうし。私たちの演奏でも聞いていくのはどう?少しは、落ち込んだ気持ちも晴れるかもしれないわよ」
蛇女ムグリが僕に提案すると、狼男が、慌てて大きな叫び声で言った。
「おい!待て待て!こいつに演奏を聞かせる。正気か?このガキは演奏の邪魔だ。ささっと、帰らせろ」
「あら、アウルフは、自信ないのかしら。自分の演奏に」
「なっ!?」
蛇女ムガルの一言に、狼男アウルフが戸惑った。プライドが高そうなアウルフには、効果的な一言だったみたいだ。
「まあ、いいじゃないか、アウルフ。私たちの演奏を聞いてもらうのも」
ライオン男ライアンも、演奏を聞いてもらうことに乗り気のようだった。狼男アウルフは、少し考え込んだ後、言った。
「あー、分かったよ!俺のいかした演奏を聞かせてやるよ!その代わり、もう落ち込むんじゃねーぞ!絶対に元気になってもらうからな!」
アウルフは、そう言うと、舞台裏まで消えていった。蛇女ムグリは、アウルフの言葉を聞いて、笑い声を上げた。
「ふふ、相変わらず、アウルフは素直じゃないわね。ああ見えて、実は、優しいところあるのよ」
「意外でした!まさか、アウルフさんにあんな言葉をかけてもらえるなんて思いませんでした」
狼男アウルフは、見た目によらず、心の優しい人なのかもしれない。多分、そんなことを、本人の前で、言えば、罵倒が飛んで、全力で否定するのだろうけれど。
###
僕は、舞台の前の長椅子に座って、演奏が始まるのを待った。半獣になって、かなり気が落ち込んでいたが、今は、どんな演奏になるのだろうという期待で胸がいっぱいになっていた。
初めに来た時は、演奏が聞けると思ったけれど、僕とアルバートが隠れていることに気づかれて、結局、聞けず仕舞いだった。
舞台の上では、半獣の人たちが全員、それぞれの楽器の準備をしていた。蛇女ムグリはピアノの椅子に座っている。狼男アウルフはヴァイオリン、 像男ファントムはトロンボーンを持って立っていた。ライオン男ライアンもまた、ドラムスティックを持ち、ドラムを叩く準備が完了したようだった。
地下室の明かりが急に消えて、暗闇に包まれると何も見えない状態になった。それから舞台の上にある照明の明かりが仄かに、半獣たちを照らした。
舞台の上の、半獣たちは、とても落ち着いていて、全くといってもいいほど威圧感を感じなかった。先程までの異様な雰囲気は全くない。
舞台の上に立つ彼らは、化け物ではなく、人間だった。
ーーそして。
繊細で美しい旋律が、僕の耳に静かに河川のせせらぎのように心地よく流れ込む。
悲しみや不安といった気持ちごと押し流して、彼らの奏でる圧倒的な旋律の渦に僕は完全に飲まれた。
それぞれの楽器の旋律が、お互いの音を全く邪魔していない。むしろ絶妙に音がうまく混ざり合い、心震わせる世界観を見事に表現していた。
川の流れのように、緩やかに流れ、時には、海の流れのように、波となって僕を飲み込む。この旋律は、僕の想像を遥かに越える感動を生んだ。聞いている間は、半獣になってしまった現実すら忘れられた。ただ、この音楽に酔いしれていたいという気持ちになった。
楽器を弾く半獣たちもまた、清々しい表情を浮かべ、楽しみながら、演奏をしていた。見ているだけで、こちらまで明るい気持ちになって楽しくなっていた。
半獣となり人外の存在となった今でも、音楽というものを通して、生き甲斐を感じて彼らは、全力で生きている。
そして、こんなにも心揺さぶられるものを生み出すことができるなんてーー。
彼らの音楽の世界観にすっかり、飲み込まれた僕は、時の経過を忘れてしまっていた。あっという間に、演奏が終わりを迎える。
僕は、演奏が終わった直後、思わず長椅子から立ち上がり、彼らに拍手を送っていた。
すると、地下室の照明がついて、明るくなった。
「どうだった?私たちの演奏は。気に入ってもらえたかしら」
蛇女ムグリは、ピアノの蓋を閉めて、僕に聞いてきた。
「凄かったです。なんと、言葉に表したらよいのか分からないですが、なんか、こう、心を揺さぶられる演奏でした」
「そう、それは良かった。元気になったみたいで」
「ふん、当たり前だ。俺たちのいかした演奏を聞いて、元気にならない訳がねーだろ」
狼男アウルフは、ヴァイオリンをケースの中に入れながら、自信満々に、言った。
「おそらく、君の体は次第に半獣に近づいていき、とても苦しむことになるだろう。そんな時は、私たちの演奏を思い出してほしい。少しでも、君の心の支えになったらいいと思っている」
ライオン男ライアンは、いつもの威厳のある声で話した。
彼らの音楽は、どうしてこうも、僕の心を震わせるのだろうか。
半獣となり、人間には一生戻れないという悲劇の中にいるのに、今、この瞬間は、とても、幸せで心満たされていた。僕は、彼らの音楽に出会うために生まれてきたのかもしれない。そう思わせるほどに彼らの音楽は、僕の心に深く刻まれた。
まるで、かつて飼っていたチワワに見つめられている感覚だ。
僕は、いつの間にか、すり寄ってくる白蛇に愛着を持つようになっていた。これほどまでに、溺愛されては、返すに返せなかった。そもそも、借りた訳ではなく、白蛇が、勝手についてきた訳だけれど。
「あの。先ほど、返しますと言ったのですが、もしよかったら、この白蛇を、もらってもいいですか?」
ついつい僕は、白蛇の愛くるしさに負けて、蛇女ムグリに向かって、お願いをしていた。猛毒を持つ恐ろしい生き物という自覚はあったが、それ以上に、白蛇の魅力にとりつかれてしまっていた。
「いいわよ。その子が、それを望んでいるようだから。あなたが、飼って上げた方がいいわ。それにしても、モテモテね。その子、メスなのよ」
白蛇は、嬉しそうに踊るように胴体を動かしていた。動きがとても可愛いくて、傷ついた心をなんだか妙に癒してくれた。
「そうなんですか。どうしてこんなにも、なついているのか知りませんが......」
僕は、床を這う白蛇を見つめながら言った。
「もう、これで話は終わりか。そろそろ俺は、一カ月後の公演の練習をしたいんだがな」
狼男アウルフは、黙って聞いていたが、しびれを切らしたかのように言った。
「公演?」
「私たちは、色んな場所で公演会を開いてはクラシックの演奏をしているんだ。もちろん、演奏時は、人間の姿をしているがな」
ライオン男ライアンが、自分たちの公演会について説明してくれた。
「そうなんですか。そういえば、最初に来た時も、ピアノの練習をしていましたね」
初めて、この場所に来た時、蛇女ムグリが弾くピアノの音を、聞いて、感動したのを覚えている。気を抜けば、簡単に引き込まれてしまうような繊細で美しい旋律だった。
「どう、半獣になって気が落ち込んでいることだろうし。私たちの演奏でも聞いていくのはどう?少しは、落ち込んだ気持ちも晴れるかもしれないわよ」
蛇女ムグリが僕に提案すると、狼男が、慌てて大きな叫び声で言った。
「おい!待て待て!こいつに演奏を聞かせる。正気か?このガキは演奏の邪魔だ。ささっと、帰らせろ」
「あら、アウルフは、自信ないのかしら。自分の演奏に」
「なっ!?」
蛇女ムガルの一言に、狼男アウルフが戸惑った。プライドが高そうなアウルフには、効果的な一言だったみたいだ。
「まあ、いいじゃないか、アウルフ。私たちの演奏を聞いてもらうのも」
ライオン男ライアンも、演奏を聞いてもらうことに乗り気のようだった。狼男アウルフは、少し考え込んだ後、言った。
「あー、分かったよ!俺のいかした演奏を聞かせてやるよ!その代わり、もう落ち込むんじゃねーぞ!絶対に元気になってもらうからな!」
アウルフは、そう言うと、舞台裏まで消えていった。蛇女ムグリは、アウルフの言葉を聞いて、笑い声を上げた。
「ふふ、相変わらず、アウルフは素直じゃないわね。ああ見えて、実は、優しいところあるのよ」
「意外でした!まさか、アウルフさんにあんな言葉をかけてもらえるなんて思いませんでした」
狼男アウルフは、見た目によらず、心の優しい人なのかもしれない。多分、そんなことを、本人の前で、言えば、罵倒が飛んで、全力で否定するのだろうけれど。
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僕は、舞台の前の長椅子に座って、演奏が始まるのを待った。半獣になって、かなり気が落ち込んでいたが、今は、どんな演奏になるのだろうという期待で胸がいっぱいになっていた。
初めに来た時は、演奏が聞けると思ったけれど、僕とアルバートが隠れていることに気づかれて、結局、聞けず仕舞いだった。
舞台の上では、半獣の人たちが全員、それぞれの楽器の準備をしていた。蛇女ムグリはピアノの椅子に座っている。狼男アウルフはヴァイオリン、 像男ファントムはトロンボーンを持って立っていた。ライオン男ライアンもまた、ドラムスティックを持ち、ドラムを叩く準備が完了したようだった。
地下室の明かりが急に消えて、暗闇に包まれると何も見えない状態になった。それから舞台の上にある照明の明かりが仄かに、半獣たちを照らした。
舞台の上の、半獣たちは、とても落ち着いていて、全くといってもいいほど威圧感を感じなかった。先程までの異様な雰囲気は全くない。
舞台の上に立つ彼らは、化け物ではなく、人間だった。
ーーそして。
繊細で美しい旋律が、僕の耳に静かに河川のせせらぎのように心地よく流れ込む。
悲しみや不安といった気持ちごと押し流して、彼らの奏でる圧倒的な旋律の渦に僕は完全に飲まれた。
それぞれの楽器の旋律が、お互いの音を全く邪魔していない。むしろ絶妙に音がうまく混ざり合い、心震わせる世界観を見事に表現していた。
川の流れのように、緩やかに流れ、時には、海の流れのように、波となって僕を飲み込む。この旋律は、僕の想像を遥かに越える感動を生んだ。聞いている間は、半獣になってしまった現実すら忘れられた。ただ、この音楽に酔いしれていたいという気持ちになった。
楽器を弾く半獣たちもまた、清々しい表情を浮かべ、楽しみながら、演奏をしていた。見ているだけで、こちらまで明るい気持ちになって楽しくなっていた。
半獣となり人外の存在となった今でも、音楽というものを通して、生き甲斐を感じて彼らは、全力で生きている。
そして、こんなにも心揺さぶられるものを生み出すことができるなんてーー。
彼らの音楽の世界観にすっかり、飲み込まれた僕は、時の経過を忘れてしまっていた。あっという間に、演奏が終わりを迎える。
僕は、演奏が終わった直後、思わず長椅子から立ち上がり、彼らに拍手を送っていた。
すると、地下室の照明がついて、明るくなった。
「どうだった?私たちの演奏は。気に入ってもらえたかしら」
蛇女ムグリは、ピアノの蓋を閉めて、僕に聞いてきた。
「凄かったです。なんと、言葉に表したらよいのか分からないですが、なんか、こう、心を揺さぶられる演奏でした」
「そう、それは良かった。元気になったみたいで」
「ふん、当たり前だ。俺たちのいかした演奏を聞いて、元気にならない訳がねーだろ」
狼男アウルフは、ヴァイオリンをケースの中に入れながら、自信満々に、言った。
「おそらく、君の体は次第に半獣に近づいていき、とても苦しむことになるだろう。そんな時は、私たちの演奏を思い出してほしい。少しでも、君の心の支えになったらいいと思っている」
ライオン男ライアンは、いつもの威厳のある声で話した。
彼らの音楽は、どうしてこうも、僕の心を震わせるのだろうか。
半獣となり、人間には一生戻れないという悲劇の中にいるのに、今、この瞬間は、とても、幸せで心満たされていた。僕は、彼らの音楽に出会うために生まれてきたのかもしれない。そう思わせるほどに彼らの音楽は、僕の心に深く刻まれた。
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