ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

東雲一

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月の光

08_黒幕

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「う、うぐぐぐぐぐ!!!」

 月光が神々しく輝く夜空に、狂気を孕んだ奇声が鳴り響く。変わり果てた僕の姿を見て、アルバートは、ナイフを構えた。

「これが、奴が言っていたバエナの力か。鬼山の狂気が伝わってくる。来い、鬼山!俺が、このナイフでお前の狂気を絶ちきってやる!」

 彼は、楽しんでいるように見えた。スリルや未知のものとの出会いに、喜びを感じるアルバートらしかった。

(アルバートがジーナを殺した)

(もう彼女の手の温もりを感じることはできない)

(彼が憎くて憎くて仕方がない)

 負の感情が堰を切ったように流れ込んでくる。アルバートに対する怒りが、僕の理性を貪っていく。

 僕は、背中から生えた無数の腕を操り、アルバートを襲った。自由自在に、伸び縮みする腕は、あらゆる方向から、彼を追い詰める。

「う、うぐぐぐぐぐ!!!」

 強烈な奇声をアルバートに浴びせかける。

 無数の腕は、彼を捕らえる速度を加速させていった。

「まさに、本物の化け物だな、鬼山」

 アルバートは、無数の腕を、ぎりぎりのところで、回避し、ナイフを使って的確に腕を切り落としていた。足を緩めず、力の限り、地面を強く踏みつけ、こちらに向かって進んでくる。
全く迷いのない俊敏な動きだ。

(アルバート、逃げろ)

 彼が、ナイフを構え僕の目の前に飛び込んできた瞬間ーー。

 無数の腕が一気に伸びて、アルバートの動きを止めた。アルバートは、無数の腕に掴まれ、身動きを取ろうと思っても動けないでいた。動こうとすれば、僕の手が彼の身体を強く握り、激痛を走らせる。

「鬼山......」

 アルバートはそう呟き、悲しい表情を浮かべ、こちらを見つめていた。僕は、背中にはえた無数の腕を操り、アルバートを近くに引き寄せると、右手を鋭利な刃物に変形させる。

(誰か、僕を止めてくれ)

 このままだと、僕はアルバートを殺してしまう。抗おうとしても、体が自分のものでないみたいに、勝手に動く。すっかり、バエナの傀儡だ。

(だめだ、彼を殺したくない......)

 刃物に変形した右手は、小刻みに震えていた。僕の瞳からは、涙がこぼれ頬を伝って、地面に落ちた。

「鬼山くん、大丈夫。私は、あなたの中にいるよ」

 アルバートの心臓に向かって、直進していた右手が止まった。

 彼女の声だ。

 ふと、僕の右手に、彼女の手の温もりを感じた。僕の中で蠢く淀んだ気持ちすらも、優しく包んでくれるような心地よさを感じた。

(ジーナが、僕を止めてくれたんだ)

 沸き上がっていた憎しみの感情が、次第になくなっていく。

 何やってるんだ、僕は。しっかりしろ。バエナなんかに、負けてなるものか。

 僕は、タイムベルの半獣たちに教わったことを思い出し、深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。ジーナのお陰で、アルバートを殺さずに済みそうだ。背中にはえた無数の腕は、次第に朽ちていく。

 無数の腕が消えて、捕らえられていたアルバートは、地面に倒れ込む。彼は、身体が負傷し、立ち上がることも困難な状態だった。半獣の姿から人間の姿に戻っていた。

 僕も、先ほどの一件で、人間の姿に戻り、疲労がたちまち身体を襲って、仰向けになって地面に倒れこんだ。バエナの力を抑え込むことに、力を使い尽くしてしまった。

 辺りを見渡す。静かだ。月光に仄かに包まれたタイムベルの光景が広がっている。

 これで、一段落か......。

「先生、止めてください!僕を食べないで!」

 どこかから、聞き覚えのある叫び声が響いた。声がした方を見てみると、一人の男子高校生が、何かから逃げるように走っていた。

 あの男子高校生は確か。

 叫び声を上げる彼には見覚えがあった。自転車置き場で、不良たちに絡まれていた高校生だ。

 逃げ惑う彼を何かが、貫いたかと思うと、地面に倒れ込む。彼の身体から、真っ赤な血が流れ出る。彼は、強張った顔をしたまま動かない。一瞬で、命を奪われたようだ。

(こんなに、簡単に命を奪われていいはずがない。誰だ。誰が、彼をやったんだ)

 静寂に包まれたタイムベルに、ヒールの足音が響き渡る。こちらに近づいてくる。

「素晴らしかったわ。鬼山くん。さすが、バエナの器」

 近づいてきた人物は、夜空に浮かぶ満月を、覆い隠すように、立っていた。こちらを微笑みながら、僕の方を見ている。

 意外な人物に僕は、思わず彼女の名前を声に出した。

「倉西先生、どうしてここに......」

 僕の目の前に現れたのは、かつて、学校に通っていた時の担任の先生だ。そんな先生が、タイムベルのはおかしいし、何よりもバエナのことを何故知っているのか分からない。

 倉西先生を眼前にして、戸惑っていると、地面を何かが、蠢く。この白くて細い胴体は......トッドピッドだ。

 トッドピッドは、赤い舌を出し、独特な音を出して、倉西先生を威嚇する。完全に彼女を敵対している。

「忌まわしい、蛇。この蛇には、邪魔された。鬼山くん、あなたを半獣にした後、さらおうとしたら、ベッドに隠れていたこの蛇が邪魔してきた」

 トッドピッドを見る倉西先生の目は、とても恐ろしかった。

「あなたが、僕を半獣にしたんですね」

 倉西先生は、僕を見下ろしながら言う。

「あら、もう先生とは呼んでくれないの。そうよ、私があなたを半獣にした」

 僕は、自分を半獣にした倉西先生を前に、蛇に睨まれた蛙のように、動くことができなかった。
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