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第三章
冒険者登録
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しかし、レティシアはその反応に満足していない様子だった。
「……ここでいつまでこうしていればいいの」
「さっきまで寝ていたのは君だろう」
フランが呆れたように言った。
まだ成果はほとんど出ていないんだ、と口にする。
「君たちはもう関係者だし、このギルドが保護する形になるから‥‥‥いや、彼女はもう知っているかもしれないけれどね」
フランがレティシアにたずねた。
「知らないわ。どこまでもは」
「君はなにが盗まれたのか気にならないのか」
「それはっ。でもそういうなら最初からルークに説明しなきゃ」
「ああ、そうはそうだね、さて」
どこから説明したものか。
フランは肩を動かし、首をひねった。
ラミアの幼生という商品が、大商人イニベア商会の倉庫から盗まれたのが三日前。
それを最後に、あれだけ古都の内外を荒らしまわった盗賊騎士と呼ばれる、騎馬に乗り騎士のような恰好をして凶賊どもはなりを潜めた。
そのやり口はすさまじく、襲撃した建物内の女子供に至るまで殺害し、去っていく有様は、血も涙もないやり方だった。
古都の治安を守ることも、冒険者に課せられた使命の一つである。
とはいえ、二十から三十数名の武装集団。
それも統率がとれた軍隊のようなやからを相手に、一つのギルドだけで立ち向かうのは、賢くない。
表向きは古都の安全を守る武装警察や王国騎士団と連携し、幾つかの有力ギルドが人員を派遣して対策班を立ち上げ、それらを追いかけて半年近くたつ。
なかなか成果の上がらないまま、最初の事件から一年か経過しようとしていた矢先の話だった。
ここ一年の間に盗賊騎士どもが襲った商家や富豪は、二十数件に及ぶ。
しかし、長らくその首謀者は愚か、関わった犯人たちすらも捕まらない。足取りすらも追えなかった。
そんな中、これまでに連中が関わったと思われる事件のあらましから、被害者たちの口の端にオルケス男爵の名が挙がったのだ。
ようやくつかんだ犯人の尻尾を離すわけにはいかない。
そこでルーク‥‥‥遠い王都から放逐されてこの古都へやってきた、かつての西の騎士団長の息子である彼を、対策班は利用することにした。
亡き伯爵の友人である、とある貴族に協力を乞い、ルークを男爵邸の『謎の男爵令嬢』クロエの付き人として推薦してもらった。
あとは、これまでのとおりである。
盗賊騎士とオルケス男爵の関係についてはあらましを説明した。
しかし、奪われたラミアについて語るべきかフランは迷った。
ラミアといえば強力な魔獣の一つだ。
どこのラミアの棲息地からあの幼生たちが奪われたのを語れば、もしかしたらルークがそれを漏らすかもしれない。
あれを輸入していたイニベア商会はまともな商人だが、販売元は怪しげな商人だった。
強盗騎士対策班に所属して一つのチームを指揮してきたフランは、強盗事件発生から、資料をあたり、ここ二日ほどは寝ていない始末だ。
そこまでを少年に語る価値はないと、このときは判断した。
「ほぼ一年前からだ。この古都の近郊と中心部にある富豪や商人の倉庫や店、邸宅が襲われて死者を出す事件が頻繁に起こったのは」
「……あ、それ」
「盗賊騎士、ですか? あの新聞を騒がせていた」
「そこまで知っているなら分かるだろう。クロエは客を取り、その情報を魔法を使って引き出していた。客の多くは、被害に遭った連中の偉いさんだ」
本当はラミアの幼生はまだ見つかっていない。
早急に回収しなければ、魔獣の群れがこの古都を襲う危険性がある。
魔獣には人には感知できない、精神的なつながりがある。仲間がそれを知れば、恐ろしいことになる。
あの筒に入っている限り、その可能性はないとイベニア商会の担当者は自慢するように語ったが、そんなものはあてにならない。
さっさと見つけて、もとの巣へと戻す必要性に迫られていて、フランの口調には見つけ出せないことに対する焦りと苛立ちがにじんでいた。
それを察したのか、レティシアが言った。
「わたしはそのこと知らない。あの屋敷が何か悪いことをしていることを知っていたけど、でも、それについて関わることではなかったわ」
「それについて?」
フランの言葉に危険な色が混じる。
余計なことを口走ったとレティシアは口元を両手で抑えた。
「それ以外のことについて詳しく教えて欲しいもんだ。黒い狼の獣人のお嬢さん」
鋭い刃物のようなその口調は、ルークの背筋をぞわり、と逆なでにする。
思わず、レティシアを庇うようにして、その場に立ちあがった。
「おいおい、なんだ? 小さな騎士にでもなったつもりか? こっちは彼女をとらえて厳しく尋問しようというわけじゃない。勝手に勘違いをされては困るな」
「すいません、つい」
「わたしがしていたことは‥‥‥。お嬢様の身の回りのお世話と、預けられた金貨や宝石などを指定の場所に持って行って渡すだけ。そして、代わりにもらったよくわからない札のようなものを持って帰るだけ。それだけよ‥‥‥」
忌まわしい過去を思い返すかのように、レティシアは吐き捨てるように言った。
それが正しくないことに気づきながらやらされていた。
そんな自分を恥じているようだった。
フランはそのことを知っていたらしい。
ああ、あれか。と彼女に向かってうなずく。
「どうやら、君は資金の洗浄をさせられていただけのようだね」
「資金の洗浄?」
「盗賊団が押し込んだ先で荒稼ぎした宝石とか金貨とかを、紙幣に両替するんだよ。それ専門の裏社会の業者というものが存在するのさ。君たちの知らない古都にも、当たり前のように存在する。まあそれはいい」
レティシアのやっていたことは、ほぼ把握したような顔になると、フランは「なら行こうか」とルークに告げた。
「どこに?」
「君の冒険者登録にだよ」
「……」
そっけなく告げられたその一言に、ルークは思わず嬉しさを隠しきれなかった。
レティシアをその部屋に残して入り口を抜けると、そこには廊下と欄干があり、その向こうは吹き抜けになっていた。
欄干の合間からは階下が一望できる。
正面は一面の透き通ったガラス壁になっていて、大通りに面したこのギルドの建物の外が見えていた。
左手には一度に二十人ほどが座れそうなカウンターがあり、間仕切りで仕切られたそこには、二名ずつが座れるようになっている。
右手は一枚の壁が設えられていて、そこには無数の黒い画面がある。
ルークの顔ほどのサイズをした魔法板が張りつけられていて、様々な文字とイラストが浮かんでいた。
ここに入るとき、あそこで依頼を確認するんだ。仕事を募集する掲示板のようなものだと、案内したギルドの女性に教えらえた。
その彼女達は左側のカウンター席と、正面玄関の入ったすぐ側で、同じ黒のスカートに白いジャケットとシャツ、それと同色の帽子を被り、案内の業務に就くのだという。
掲示板の奥には巨大な食堂。
三十数個の丸テーブルと、六から八脚の椅子が並び、料理を提供していた。
調理場はいま、ルークの立つ廊下のすぐ下にある。
「まずはカウンターに行って登録証を発行してもらう。その時に適性検査もあるから、まあ、気楽にやるといい」
案内された先には、緑色の髪を肩口で切りそろえた陶製の置物のような白い梳けた肌の女性。
帽子のふちから生える彼女の意味は、人のそれよりもどこか長く、エルフだと理解できた。
この古都ではよくいる種族の一つだ。
「ようこそグレイランドファミリアへ。あなたが新しい冒険者志望の人?」
「あ、はい。ルークです」
「正式な本名があればお伺いしたいけれど」
ちょっと戸惑った。
貴族の家名を言うべきか。それを伝えたら拒絶はされないだろうか。
そう思ったから。
後ろでフランが、「彼は特別だから」とだけ言い去っていく。
受付嬢は「なるほど」とひとつの頷くと、薄い笑みを浮かべて「文字は書ける?」と訊ねてきた。
「……ここでいつまでこうしていればいいの」
「さっきまで寝ていたのは君だろう」
フランが呆れたように言った。
まだ成果はほとんど出ていないんだ、と口にする。
「君たちはもう関係者だし、このギルドが保護する形になるから‥‥‥いや、彼女はもう知っているかもしれないけれどね」
フランがレティシアにたずねた。
「知らないわ。どこまでもは」
「君はなにが盗まれたのか気にならないのか」
「それはっ。でもそういうなら最初からルークに説明しなきゃ」
「ああ、そうはそうだね、さて」
どこから説明したものか。
フランは肩を動かし、首をひねった。
ラミアの幼生という商品が、大商人イニベア商会の倉庫から盗まれたのが三日前。
それを最後に、あれだけ古都の内外を荒らしまわった盗賊騎士と呼ばれる、騎馬に乗り騎士のような恰好をして凶賊どもはなりを潜めた。
そのやり口はすさまじく、襲撃した建物内の女子供に至るまで殺害し、去っていく有様は、血も涙もないやり方だった。
古都の治安を守ることも、冒険者に課せられた使命の一つである。
とはいえ、二十から三十数名の武装集団。
それも統率がとれた軍隊のようなやからを相手に、一つのギルドだけで立ち向かうのは、賢くない。
表向きは古都の安全を守る武装警察や王国騎士団と連携し、幾つかの有力ギルドが人員を派遣して対策班を立ち上げ、それらを追いかけて半年近くたつ。
なかなか成果の上がらないまま、最初の事件から一年か経過しようとしていた矢先の話だった。
ここ一年の間に盗賊騎士どもが襲った商家や富豪は、二十数件に及ぶ。
しかし、長らくその首謀者は愚か、関わった犯人たちすらも捕まらない。足取りすらも追えなかった。
そんな中、これまでに連中が関わったと思われる事件のあらましから、被害者たちの口の端にオルケス男爵の名が挙がったのだ。
ようやくつかんだ犯人の尻尾を離すわけにはいかない。
そこでルーク‥‥‥遠い王都から放逐されてこの古都へやってきた、かつての西の騎士団長の息子である彼を、対策班は利用することにした。
亡き伯爵の友人である、とある貴族に協力を乞い、ルークを男爵邸の『謎の男爵令嬢』クロエの付き人として推薦してもらった。
あとは、これまでのとおりである。
盗賊騎士とオルケス男爵の関係についてはあらましを説明した。
しかし、奪われたラミアについて語るべきかフランは迷った。
ラミアといえば強力な魔獣の一つだ。
どこのラミアの棲息地からあの幼生たちが奪われたのを語れば、もしかしたらルークがそれを漏らすかもしれない。
あれを輸入していたイニベア商会はまともな商人だが、販売元は怪しげな商人だった。
強盗騎士対策班に所属して一つのチームを指揮してきたフランは、強盗事件発生から、資料をあたり、ここ二日ほどは寝ていない始末だ。
そこまでを少年に語る価値はないと、このときは判断した。
「ほぼ一年前からだ。この古都の近郊と中心部にある富豪や商人の倉庫や店、邸宅が襲われて死者を出す事件が頻繁に起こったのは」
「……あ、それ」
「盗賊騎士、ですか? あの新聞を騒がせていた」
「そこまで知っているなら分かるだろう。クロエは客を取り、その情報を魔法を使って引き出していた。客の多くは、被害に遭った連中の偉いさんだ」
本当はラミアの幼生はまだ見つかっていない。
早急に回収しなければ、魔獣の群れがこの古都を襲う危険性がある。
魔獣には人には感知できない、精神的なつながりがある。仲間がそれを知れば、恐ろしいことになる。
あの筒に入っている限り、その可能性はないとイベニア商会の担当者は自慢するように語ったが、そんなものはあてにならない。
さっさと見つけて、もとの巣へと戻す必要性に迫られていて、フランの口調には見つけ出せないことに対する焦りと苛立ちがにじんでいた。
それを察したのか、レティシアが言った。
「わたしはそのこと知らない。あの屋敷が何か悪いことをしていることを知っていたけど、でも、それについて関わることではなかったわ」
「それについて?」
フランの言葉に危険な色が混じる。
余計なことを口走ったとレティシアは口元を両手で抑えた。
「それ以外のことについて詳しく教えて欲しいもんだ。黒い狼の獣人のお嬢さん」
鋭い刃物のようなその口調は、ルークの背筋をぞわり、と逆なでにする。
思わず、レティシアを庇うようにして、その場に立ちあがった。
「おいおい、なんだ? 小さな騎士にでもなったつもりか? こっちは彼女をとらえて厳しく尋問しようというわけじゃない。勝手に勘違いをされては困るな」
「すいません、つい」
「わたしがしていたことは‥‥‥。お嬢様の身の回りのお世話と、預けられた金貨や宝石などを指定の場所に持って行って渡すだけ。そして、代わりにもらったよくわからない札のようなものを持って帰るだけ。それだけよ‥‥‥」
忌まわしい過去を思い返すかのように、レティシアは吐き捨てるように言った。
それが正しくないことに気づきながらやらされていた。
そんな自分を恥じているようだった。
フランはそのことを知っていたらしい。
ああ、あれか。と彼女に向かってうなずく。
「どうやら、君は資金の洗浄をさせられていただけのようだね」
「資金の洗浄?」
「盗賊団が押し込んだ先で荒稼ぎした宝石とか金貨とかを、紙幣に両替するんだよ。それ専門の裏社会の業者というものが存在するのさ。君たちの知らない古都にも、当たり前のように存在する。まあそれはいい」
レティシアのやっていたことは、ほぼ把握したような顔になると、フランは「なら行こうか」とルークに告げた。
「どこに?」
「君の冒険者登録にだよ」
「……」
そっけなく告げられたその一言に、ルークは思わず嬉しさを隠しきれなかった。
レティシアをその部屋に残して入り口を抜けると、そこには廊下と欄干があり、その向こうは吹き抜けになっていた。
欄干の合間からは階下が一望できる。
正面は一面の透き通ったガラス壁になっていて、大通りに面したこのギルドの建物の外が見えていた。
左手には一度に二十人ほどが座れそうなカウンターがあり、間仕切りで仕切られたそこには、二名ずつが座れるようになっている。
右手は一枚の壁が設えられていて、そこには無数の黒い画面がある。
ルークの顔ほどのサイズをした魔法板が張りつけられていて、様々な文字とイラストが浮かんでいた。
ここに入るとき、あそこで依頼を確認するんだ。仕事を募集する掲示板のようなものだと、案内したギルドの女性に教えらえた。
その彼女達は左側のカウンター席と、正面玄関の入ったすぐ側で、同じ黒のスカートに白いジャケットとシャツ、それと同色の帽子を被り、案内の業務に就くのだという。
掲示板の奥には巨大な食堂。
三十数個の丸テーブルと、六から八脚の椅子が並び、料理を提供していた。
調理場はいま、ルークの立つ廊下のすぐ下にある。
「まずはカウンターに行って登録証を発行してもらう。その時に適性検査もあるから、まあ、気楽にやるといい」
案内された先には、緑色の髪を肩口で切りそろえた陶製の置物のような白い梳けた肌の女性。
帽子のふちから生える彼女の意味は、人のそれよりもどこか長く、エルフだと理解できた。
この古都ではよくいる種族の一つだ。
「ようこそグレイランドファミリアへ。あなたが新しい冒険者志望の人?」
「あ、はい。ルークです」
「正式な本名があればお伺いしたいけれど」
ちょっと戸惑った。
貴族の家名を言うべきか。それを伝えたら拒絶はされないだろうか。
そう思ったから。
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