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プロローグ

第1話 淫靡な部屋のその奥で

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 それは、幼なじみのエルメスが発したものだった。

「じゃあ、今からイニスはわたしたちのものだから」

 薄暗い室内に高らかな宣言がなされた。

「わたしたちが、あなたに本当の愛を与えてあげる。大好きだからね、イニス」
「そうそう、ボクがね。御主人様、愛してるよ!」
「違います、私が。私が大好きな旦那様なの!」

 三者三様、幼なじみとその他の声がいろんな方向から聞こえてくる。
 そのどれにも独占欲を満たそうという思惑が含まれていて、どうにも逃げづらい。

「イニス」
「イニス様」
「旦那様」

 そんなに声をハモらせることないんじゃない?
 俺の意思は無視ですか? 誰か助けて?

 最愛の彼女たち、獣人、それに幼なじみが遠慮なく俺を押し倒し、欲望のうごめくままに成すことを成そうとしていらっしゃる。

 都合の悪いことに夕陽はすでに暮れ、辺りはとっぷりと夜の怪し気なムードに突入。
 そして、この宿屋の壁は厚くて防音性に優れているときた。

 くそ、高級ホテルめ。
 こんな時にこそ、安宿で誰かが助けに入るパターンだろうが。

「俺には、そういうのは……間に合っているんだが」

 そうやんわりと否定すると、三人は最初、きょとんとした顔になる。
 小首を傾げ、互いに目配せをしてからこちらに向き直った。
  くそ、普段は仲が悪いのに、こういう時だけ一致団結しやがりますね、お前ら。

「あなたを苦しみから救ってあげるのはわたしの役割だから。わたしがそうして貰ったように」

 王都から追放され、辺境へと追いやられた俺を追いかけてきた、スキル『淫獄』の持ち主のエルメスが、俺の耳元で甘い声で囁いてくる。

「ボクの大事な御主人様にもっとご奉仕したいんだよね」

 旅の途中で命を救った金色猫耳の獣人、アニーが求められたいと吐息を漏らす。

「私は? 私だってこの身を主に、旦那様に捧げたいわ!」

 四人のなかで最年長。銀髪の女冒険者ティリスが優しくして、と蠱惑的に微笑んだ。
 あいにくと俺にはそうしていただきたくない、そんな自戒に似た念がある。

 彼女たちを救ったのは事実かもしれないが、こんなあとあとのことまで考えてやったわけではないからだ。
 このままでは漁夫の利を得た、ただのだらしないヒモに堕落してしまうではないか。

「お前らを助けたのは単なる結果の話であって、いまこうしたいのはお前らの完全な欲望の結果じゃねえか!」

 拒絶しようとするが、だがしかし。
 激しく俺を求めてくる彼女たちの仕草から目が離せない。
 まずい。これはまずい――食われてしまう。
 その光景はあまりに淫靡で美しく、銀色の満月のように神々しさをも感じさせた。

「ね、イニス。わたしに身を任せて」
「まあまあ、そう拒絶せずにさあ、ボクにさあ」
「旦那様、お願い」

 いやだから。お願いじゃねえんだよ、助けろ、助けやがれ、ああ……母上。俺はもうとんでもないことに巻き込まれそうです。
 鉱石ランプの灯りがゆっくりと消えていく。
 墨をまき散らしたような闇のなかに、服を落としていく彼女たちの音がする。
 立派な冒険者になって、王都に凱旋するはずだったのに。どうして――こうなった?

「あ、大人しくなった」
「うんうん、ほーら。ボクのモノ‥‥‥」
「……いただきまーす」

 この後に何が起こったのかは、各自の想像にお任せしたい。
 とにかく、俺は我が身に起こった一夜の不幸を嘆きながら、あの日のことを。
 こんな惨劇を招いた原因でもある、あの忌まわしい遠い過去を思い出していた。
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