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第一章

第13話 新しい仲間

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 すると、頭上の鏡には爺と獣人の少女アニーだけが残される。

 残るすべての存在は、俺の知る限りでは敵ばかりだ。
 村人や他に巻き込まれた被害者はいないと、スキルが俺に告げている。

 パリンっと俺の足元に大きな亀裂が入った。
 冬の時期に凍り付いた湖の分厚い氷が、春先の雪解け水によって、ヒビが入り崩壊していく。

 そんなものに似たような光景を俺は直視して、思わず目を閉じた。
 世界が反転し、天井に合ったものが俺の側に降りてくる。

 気づくと、俺と爺、爺に抱えらえたアニーだけが、鏡面世界に存在していた。
 次いで世界のすべてに亀裂が入り、ありとあらゆる鏡が消滅する。

 それはまさしく瞬きの瞬間。
 一瞬の間に行われたらしい。

「イニス様!」

 叫ぶ爺と、俺の上に落ちてくる巨大な岩塊が目に入る。爺は俺が押しつぶされる寸前に幻炎で包んでくれた。
 岩塊のなかを俺と爺、そしてアニーの三人が透けるようにして、つきぬけていく様は幻想的な光景だ。

「ありがとう……。僕のスキルは爺のように身を守ってくれることはないみたい」

 宙に浮くと足元が無いことに不安を覚える。
 俺がその感覚に慣れるまでしばらく時間がかかった。

 その間、爺は俺の片腕を掴んで傍に引き寄せ、地上まで導いてくれる。
 ようやく地面に足をついたとき、地下から凄まじい勢いで炎の竜巻が上がり、俺たちの周囲を突き抜けて天へと昇って行く。

「なに、あれ……」
「ああ。丁度良いので、地下迷宮に眠る魔獣を消滅させておきましたのです」
 と、爺は何事もなかったかのように、にこやかに告げてアニーをそっと地面に横たえた。
「あの連中は?」
「人を焼け、とわしのスキルには命じておりません。しかし、イニス様に備えていたスキルを消去させられたのならば――」

 爺は恐ろしいことですが、と付け加えて言った。

「正気を保つどころか、生きた屍となるでしょうし。それに、スキルを使うということはそれだけで魔力の源である魔素を使います。それは消去させられるときも同じ作用を及ぼすでしょうから」
「つまり? よく分からない」

 爺は言いづらそうだった。
 悲しい運命が待っていると言いたそうに俺をじっと見つめてきて、そこから先は訊いてはいけない世界のような気がした。

「強力なスキルを持つ者ほど、肉体の老化が早まり、下手をすれば魂まで、肉片のいっぺんに至るまで燃やし尽くされることでしょうな。魔素とともに」
「……俺は酷いことをしたのかな」
「それはこれから先、イニス様がお決めになることです。先程の連中については、彼女の証言と我々が見たままのことを、この地域を管轄する領主に伝えることで、解決するでしょうな」
「そう‥…だね。解決するかな」
「と、言いますと?」

 爺は不思議そうな顔をして俺に訊いた。
【消去者】はスキルの有無だけでなく、相手の思考や持っていた記憶まで情報として、蓄積し俺に伝えてくれる。

 一度使ってしまえば、その情報の多くは消去されて消えてしまうことに、これからスキルを使っていくことで俺は気づくのだが、この時はまだ気づいていなかった。

「あいつら、国王陛下の依頼で動いたって……スキルを使うときに、【消去者】が俺に教えてくれたんだ」
「なんと……。それはどのような依頼なのですか」
「この王国、グリザイの魔獣ハンタークラン【暴虐の顎】のメンバーだってさ。王国各地に眠る、休眠したり破棄されたりした迷宮の再調査を国王から命じられた、って。どうしようか」
「そんな高名な魔猟師たちが、あのような暴虐な真似をするとは、嘆かわしい」

【暴虐の顎】の名は、爺も知っていると言っていた。
 ついでにメンバーは多くなく、さっき地下迷宮にいた連中で、ほぼ全員だろうということも俺には分かっていた。

「これを知れば残るメンバーがつけ狙ってくる可能性もありますな」
「……怖いことを言わないでよ。どうするつもりなの?」

 知れたこと、と爺は笑顔で言うと、腰に帯びていた剣をすらり、と引き抜く。

「イニス様は彼女を連れて、テントにお戻りください。結界には入れるようになっています」
「……爺」

 爺が何をする気なのか、俺には何となくわかっていた。
 敵を殺しに行くのだ。

 これから先、報復されることのないように。それは正しい判断だったのか、どうなのか。
 アニーを殺そうとした狂気の行いから比べれば、妥当な制裁のようにも思われた。

 俺はアニーを抱き、テントに戻る。
 しばらくして爺が戻ってきたとき、その手には四枚のカードが握られていた。

「なに、それ」
「魔猟師の許可証です」

 渡されて、それを魔石ランプの灯りにかざしてみる。
 ルコック、カナリア、エルドレッド、ネル。
 それぞれの顔写真がついた名前入りの許可証は、すこしばかり塵と埃にまみれていた。

「どうしたの、これ」
「魔毒竜が暴れたせいで、四人とも瓦礫の下敷きになって死んでおりました。手を下すまでもなかったですな」
「ああ……爺の炎だと物体のなかをすり抜けることができるから」
「ええ、それで回収してきました。報復の危険はこれで去ったかも……しれません。まあ大丈夫でしょう」
「それならいいけどね。ところでこの子、どうしようか?」

 このまま旅に同行させるには、彼女は極度に疲弊しているように思えた。
 実際、それから二日間は目を覚まさず、レットーの街に入っても、彼女の意識は戻らなかった。

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