アンジュバール~異世界スカッドはアイドル始めました~

和泉鷹央

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第一章

第2話 見えない相棒

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 やや乳白色の天井、淡いクリームの壁紙、部屋はそんなに広くなくて玲が寝ているスペースを除けば、テーブルや椅子、かわいらしいぬいぐるみや鏡、綺麗にまとめられていた。

 整頓された本棚やタンスなどの家具は安っぽくどこかくたびれていて、部屋は全体的にイエローで統一されていた。
 この部屋の住人は豊かな暮らしぶりではないことが、よくわかる。

 布団をめくるとあるのは見慣れない床材で、木の繊維で編まれたものだ。
 玲はこれを「たたみ」と呼ぶのだとあちらの世界、オルスで学んできた。
 そういえばあの子、天真爛漫、げんきいっぱいの相棒は訓練生のときに、教官から厳しい指導をうけて規律をたたきこまれていた。

 あの子はどこにいるのだろう。玲は自分とおなじようにオルスから地球へとやってきたはずの仲間たちを脳裏に浮かべる。
 そして自分の現状を理解しようと務めた。
 寝ているのはどういうことか。

 転移に失敗した? もしかしたら敵に捕まり、意識をうしなって捕虜になったのかもしれない。
 ここはどこだろう?
 起きたことを悟られてはいけない。

 しずかにしずかに、玲はまだ思うようにいうことをきかない体にむちうって、そっと布団から這い出した。

「あっつ……」

 どれほど寝ていたのかわからず、体の反応はにぶい。
 起き上がるだけだけでも、時間がかかる。
 部屋はこの一室だけではないようだ。
 壁にぴったりと張り付くようにして、ドアを開ける。

 廊下に向かって開いたドアの向こうには、おなじようなドアが三つあった。
 そのどれからも人の気配はしない。
 玲は寝ていた部屋をぬけでるとき、武器を見つけていた。
 金属製の櫛だ。柄が尖っていて、急所に刺せば一撃で敵を無力化できる。
 肉体が重い。もっとも動いていたときと比較して、三割も動けていない気がする。

 でも、負ける気はしなかった。
 数人の屈強な男たちが襲ってきても、戦い、生き延びる自信があった。
 厳しくてつらい、きつい訓練の果てに特殊スカッドの一員となり、普通の兵士の数人分のはたらきが必要となる作戦をひとりでいくつもこなしてきた。
 その経験と勘が告げている。
 ――ここは安全だ。少なくとも……敵意を発するだれかはいない、と。
 廊下の扉をつぎつぎと開けていく、なかには人の気配がなかった。

「天眼、起動」

 スカッドの隊員だけが装備できる特殊な感知センサーを、玲たちは両目に備えていた。
 オルスの肉体からぬけだして地球人の肉体に意識だけ転移したいまでも、その能力は生きている。
 精神そのものに紐づけられた特殊能力だからだ。

『天眼』はある特定範囲の空間を精査し、感知した内容を自動的に解析し、玲の脳にダイレクトに反映する。危険な対象や罠、現在の場所が安全かどうかもおしえてくれる。

 寝ていた部屋とは別に二つの部屋があり、風呂場があり、トイレがあり、最後はリビングキッチンへと移動したが、なにも危険は感知されなかった。
 それどころか、驚きの成果があった。

 相棒の存在だ。
 正確には、玲のなかに転移したエリカの相棒、アニーの反応を検知したのだ。
 アニーは玲とおなじ天眼をもつが、個別に特殊能力を有している。
 彼女は目に見えない泡のような防壁をつくりだし、スカッドの防御を担当していた。

 いま防壁は玲がいる室内すべてを内包している。
 まるで母親の胎内でねむる赤子を守るかのように、アニーは玲のことを守ってくれていた。

「アニー……ありがとう」

 感謝をことばにして、玲は廊下にくずれてしまった。
 監禁されているかもしれないという場所が安全な場所へと変わり、恐怖と緊張で張り詰めていた糸が、いっきにほぐれた。
 脱力して無理やり動かしていた肉体に、負荷をかけすぎたのだった。

 ひどく喉がかわいて、水がほしくなる。
 地球の日本で生活するやりかたは、オルスで学んでいた。
 地球式の家屋や建物、さまざまなインフラを模してつくられた訓練所で、実地研修をおさめていたからだ。

 台所でコップを見つけ、水道の蛇口を開いて水を飲む。
 苦い、鉄のようなものが混じった臭いが舌先をつく。古い建物の配管を通して流れてくる水には特有のものだが玲は知らない。

「うえっ――なにこれ!?」

 一瞬、毒か? と思って吐いてしまった。天眼を起動すると水の性質に問題はないと出た。覚悟を決めて水を飲み干すと、途端に生きている感触が全身に広がっていく。

「成功して……本当に良かった」

 玲は転移が成功したことへの感謝をオルスで信奉していた女神に捧げるのだった。
 いっぽうで、アニーはどうしているのだろうと思いつく。
 転移は成功したはず、ではどこにいるのか。大事な仲間を置いてどっかに出て行ってしまったのだろうか。

 外せない用事があったのだろうか。それとも、防御結界を張ったまま、敵との交戦で敗れてしまいもうこの世にはいないのか。
 さまざまなシナリオが玲の脳で再生され、浮かんでは消えていく。
 希望を求めたいけれどその根拠がとぼしく、だんだんと心はつめたく重たくなっていく。

 例えば、玲が転移する予定だった地球人、愛川玲の外見をエリカは知っていた。知識として学んで転移してきた。
 転移したら意識が統合され、愛川玲が備えていたすべての知識、能力、経験、記憶などは、エリカと共有されるはずだった。
 そうして任務が終わるまで玲の意識はねむりにつき、エリカが玲として生きるはずだった。

 なのに――玲の意識との共有はうまくいっていない。
 ところどころ、泡のようにでてくる記憶の断片がうかびあがるだけで、エリカはこの世界での生き方がわからない。
 オルスで得た文字や言葉、地球の文化や代表的な技術――たとえば車の運転だとか、銃の扱いだとか、電話やタブレット、インターネットの操作などはできるが、愛川玲としての生き方がわからない。

「どうしよう。変なことして警察に捕まるのはだめだし……困ったな」

 立ち上がり、寝ていた部屋へと戻る。
 この部屋の中身を物色し、現状把握をしなくてはならないからだ。
 衣装ダンス、壁奥のクローゼット、テーブルセットの上には一台の電子機器――これはタブレットと呼ばれるもののはずだ、と玲はあたりつける。
 ちょっと触ってみた。
 たしか長方形の隅にあるボタンを押して――パッ、と画面が切り変わりパスワードを要求された。

「うわわっ」

 いきなり反応するとは思っていなかったから、慌てて落としそうになる。
 パスワード、そんなのわからないよ。
 玲はタブレットを充電用のポータルに丁寧にもどした。
 室内の探索は続く。

 壁にある二つの箪笥の上には、さきほど確認した「玲」としての自分が写った絵が小さな額に納まっている。知っている、写真だ。
 たぶん、こちらの世界での玲の家族写真だと思われた。
 壁には数人の見知らぬ少女達と派手でフリフリのリボンがたくさんついた、ミニスカート衣装をきた自分の写真。

 普段着で川べりの草上にすわりこみ、小さな動物をたわむれる自分の写真、一緒に映るなかよさげな少女はいつも同じ人物だ。
 ほかにはさきほどの少女たちとともにいる日常風景を切りとった写真がたくさん貼られていた。
 そこには沙也加の姿もある。玲といちばん多く写っている少女だ。
 短くした黒髪、清潔感がにじみ出ている。

 笑顔のショットがおおくて感情豊かな子なのだとわかる。しかし、なかには寡黙そうな顔つきをしているものもあり、女神をかたどった彫像のような整った顔立ちは、ある意味つめたささえ感じさせる。

 細かくわけられた写真の数々(プリクラ)には、玲とのツーショットがたくさんあった。「沙也加&玲」、「さやか×れい」など日本語で書かれていてこの少女の名が、すぐにわかった。
 多くの写真には五人組ワンセットのものがあり、それぞれ「朱夏(しゅか)」、「秋帆(あきほ)」、「詠琉(える)」、という名をもつ少女たちだ。

 玲も含めて丈の短いスカートに露出の多い服装を彼女たちがひとり、ひとり個別に撮影され、写真には丁寧に、名前まで書かれている。
 ほかにもマイクをもって歌っている玲、楽器を手に演奏している玲、かっこよくポーズを決めて踊っている玲。さまざまなシーンがたくさん切り抜かれていた。

「うわー派手。え、こんな衣装きてどんなことしていたの、あなたは?」

 と、いまは玲になったエリカはあたまをかかえた。
 もし、任務だと命じられてもうまくこなせる自信がない。
 太ももや胸元をさらけだした衣装なんて自分には無理だ。似合わないとわかっている。

 玲になったエリカは、沙也加を探したくて仕方ない。
 どうしてこんな状況になっているのか、詳細にたずねたいと思った。
 オルスから地球に転移してきて最初の洗礼がこれなんて衝撃的すぎる。
 オルスで地球人のなかに意識だけ転移させるという特殊任務に抜擢されたとき、すくなからず高揚感をおぼえたが、いまあるのは後悔にちかいものだ。
 エリカは愛川玲という少女に。
 アニーは恋水沙也加という少女に。
 それぞれ意識を転移させて肉体を借りうけて任務を達成する。
 ほかにも三人の仲間がこちらにきているはずだった。

 転移は成功したのか。失敗したならみんなはどうなっているのか。
 現状が見えない。ただ、ひとつの光明――それは玲の転移が成功したのだとしたら(意識はすぐに回復しなかったけれど)。
 相棒とよんでいつもそばにいた仲間であるアニーの転移も成功している可能性が高い。

 そして、この部屋にある情報からアニーの転移先である沙也加と、エリカの転移先である玲は極めて近い距離にいるようだ。
 これは大きな収穫だった。
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