アンジュバール~異世界スカッドはアイドル始めました~

和泉鷹央

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第四章

第35話 仁菜の解放と――

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 エヴォルは人の欲望を敏感に察知して、憑依し異常な状態にしてしまう。
 それは狂気とか、他者をおとしめたいという負の感情や、もっと豊かになりたい、他人を蹴落としても優位に立ちたいというどす黒い欲求によるものだ。

 この欲求が強くなったら犯罪を起こしたりすることにもつながってしまう。
 仁菜が求めた負の感情はいったいなにだったのか――。
 沙也加は悪人としての仁菜の側面を見たくないに、違いなかった。

「次元の狭間(ワールドポケット)!」
「玲ッ?」

 沙也加の逡巡を断ち切るように、玲は能力を発動させた。
 半径五百メートルに渡って次元の断層が形成され、オートリテを扱う玲と沙也加、エヴォルが異次元へと転送される。

 現実世界では夜だった空が、虹色へと変化した。
 転移が成功したことを確認した二人は、戦闘態勢を取る。
 エボォルは前回会った時より大きくなっていて、破壊力も増したようだった。

「角が緑に進化してる」
「この前だって苦戦したのに――なんてこと!」

 仁菜が変身したエヴォルの額に生えた三本の角は緑色に染まっている。
 赤から青、青から緑、緑から黄色、黄色から白へと段階を追うにつれてエヴォルの能力は増してゆき、白銀へと変わってしまったら最終形態へと成長するのだ。

「沙也加! 抑え込める!?」
「大丈夫だよ! ……仁菜を取り戻そう、玲!」
「なら、結界でエヴォルを包み込んで! 私も――仁菜を取り戻したい!」
「でも、ちょっとかかるからいつも通り、時間稼ぎお願い!」
「分かった!」

 沙也加の特殊能力、『万能の盾 bouclier universel(ブークリエ・ユニヴェルセル)』は、全身のオートリテを集約し、ありとあらゆる攻撃を弾き、受けた衝撃を吸収して数倍にして相手に叩きつけることができる。

 普段は分散して五人のメンバーを守る盾として機能していて、沙也加は最後尾で支援を担当している。
 玲に回していた盾のエネルギーもすべて回収する必要があるため、防御力が一時的に低下することになってしまうのだ。

「オートリテ、展開――今回は絶対に撃滅する!」

 数十条の光の槍が玲の前面に顕現した。
 玲は全身のオートリテを集約して光の槍を具現化させ、巨大なエネルギーの塊を光速で打ち出すことで、エヴォルの核を貫くのだ。
 射程距離が短く、接近戦に向いた素質を持ち、攻撃力だけでいえばスカッドで一番の威力を誇っている。

 今回のエヴォルは空を飛ぶ能力に欠けているようだ。
 そう判断した玲は、空中から光の槍の集中攻撃を行い、エヴォルの動きを止めることを徹底した。

 弾幕が張り巡らされ、動かない標的である沙也加に向かってくるエヴォルの足を止めることに成功するが、敵は攻撃を仕掛けている玲に意識を向けた。
 エヴォルに憑依された人間には狂気が宿るが、最終形態になるまでの間、ゆっくりと意識が失われていく。

 玲は仁菜の感情がまだ残っていることに賭けて、その名を強く何度も叫んだ。

「仁菜! 仁菜―っ! エヴォルの狂気に負けないで! 仁菜っ――ッ!」

 一瞬、ぴくり、と敵の動きが止まり、視線がこっちを見たことに玲は気づいた。

「仁菜! 私、玲だよ! 仁菜、そんな奴に負けちゃだめ! 悪に心を委ねないで!」

 鈍重な動きのエヴォルは地上から瓦礫や、オートリテを集めたエネルギー弾を投じて玲を打ち落とそうとする。
 玲は空中で軽やかにそれを避けた。敵の攻撃が一定のリズムで行われていることを見切っていたからだ。

「これ以上、仁菜を苦しめるな――っ!」

 一度、エヴォルと十数メートルの範囲まで近づいてから、拳にオートリテを集約して左胸を打ち据える。
 閃光がほとばしり、エヴォルの肉体を貫いたが、アマノダイトの核までは至らない。

「だめ――っ」

 再度、空高く飛びあがった玲は、今度は数百の光の槍を作り出した。
 空の一角が黄金色の光源で覆われ、眩さが地上を明るく照らし出してエヴォルの影を大きく映し出す。

「沙也加!」
「いいよ! 玲、準備できた!」

 天眼を通じた通信で沙也加が軽快に答えて緑色の光の奔流がエヴォルの全身を覆い尽くした。
 沙也加の必殺技、『万能の盾 bouclier universel(ブークリエ・ユニヴェルセル)』が顕現したのだ。
 エヴォルの全身を緑の光の束が幾重にも絡め取り、身動きを取れなくする。

「玲! いまだ!」
「わかった! 仁菜……、今、助けるから――っ!」

 天上に輝く黄金の塊が、一点に集まって巨大な武器を形成する。それは黄金色の矛を思わせる形態だ。
 玲は両手を頭上に掲げ、黄金の矛の一端を握りしめた。
 勢いよく体をひねりながら、投擲の要領で武器を地上めがけて加速し射出する。

「いっけえええっ! 黄昏の撃矛(トワイライト・スピアー)っ!」

 アンジュバール一の破壊力を持つ玲の必殺技、黄昏の撃矛(トワイライト・スピアー)が顕現し、エヴォルに向かって光の速度で放たれた。
 キュン、と世界を貫く乾いた音とともに、エヴォルの左胸を閃光が貫通し、背後に巨大な爆発を巻き起こす。

 ウォオオオオン……!

 断末魔を叫びながら、仁菜に憑依したエヴォルが核であるアマノダイトへと変化して足元に落ち、カランと冷たい音を立てた。

「仁菜……!」

 エヴォルと分離された制服姿の仁菜が前のめりに崩れ落ちそうになる。
 彼女を受け止めたのは、咄嗟に駆けつけた沙也加だった。

「沙也加! 仁菜のなかにエヴォルは――まだ……」
「玲、まだわからないよ。確実に分離したのか、それともまた再発するのか――これまで何度だってあったじゃないか。こんなことは……」
「そう――だよね」

 沙也加は、仁菜の額にかかる黒髪をそっと払って、大事な宝物のように抱きしめた。

「こっちの世界にきてできた数少ない友人なんだ。仁菜はそうじゃないかもしれないけど、ボクにとってはそう……」
「うん、わかるよ、沙也加。私にとっても初めてできた友人だもの。失いたくないわ」

 装甲を解いた二人は普段着に戻り、はあ、と大きくため息をついた。
 やれやれ、と互いに肩をすくめて苦笑する。

「緑鬼だったね」
「青のままで進化を止められたと思っていたよ。アマノダイトを取り除いたし。どうやって成長したんだろ。ボク、こんなケースは初めてだよ」
「憑依された人が解放されても、また自然界にいるエヴォルに憑依されてしまうことがオルスなら良くあったじゃない」
「そのための追跡装置だけど――ここはオルスじゃないよ」
「この東京には大量のエヴォルの核がばら撒かれたとしか思えないわ。ここ最近だけでもエヴォルの核が関わる事件が三件目よ。問題は――」

 玲は発する言葉を迷うように言い淀んでしまう。
 沙也加は仁菜の体を抱き上げてそうだね、と小さく答えた。

「仁菜がここまでエヴォルに狙われた理由がわからないと、対策ができないね」
「組織的に私たちを狙ってきてる可能性だって否定できない。どうする沙也加? 考えれば考えるほど、問題だらけ。ここは――既に敵地なのかもしれない」
「ボクたちはエヴォルを狩る特殊スカッド。敵地に潜入するのはいつもの任務だろ、玲?」
「それはそうだけど――このまま仁菜を連れて帰ろう? アマノダイトと仁菜の深層心理における繋がりを調べたら、背後にいる敵の存在だって探ることができると思うの」
「目を覚ました仁菜をどう説得しようか……、偽造記憶を生成して移植するとか――あんまりやりたくないんだけど」

 スカッドの特殊能力のひとつ。
 オートリテによる記憶操作は簡易的なもので、万能ではない。
 操作された者は後日、記憶の混乱を引き起こし、軽いそううつ病に陥ることも少なくない。
 処置を受ける側からしたらリスクしかないこの方法を、玲や沙也加はあまり使いたくなかった。

「とりあえず、戻ろうか。結界、解除するよ、玲」
「うん、あれ? アマノダイトはどこに――」

 あった、と声をあげて玲がアマノダイトの核を見つけたのと、沙也加が『次元の狭間(ワールド・ポケット)』を解除するのは同時だった。

 沙也加、待って、と玲が言い終わらないうちに、世界は元通り、夜の商店街の広間へと変化してしまう。待っていたのは盛大なアラート音だった。
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