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第二章
東屋
しおりを挟むその屋敷――とはいえない小屋を見た時、三人の中で最も幼い少女はつぶやいていた。
「待遇の改善を要求するわ……」
「贅沢を言わないでくださいサティナ様」
「駄女神が文句を言い過ぎです……」
「駄女神?」
キラっと幼女の瞳が妖艶に輝きを放つ。
アイリスは文句がありますかとばかりに、手にした竹ぼうきを構えていた。
女神サティナは人間の少女に姿を変え、平民へとその身をやつしたアイリス、ケイト共に王都からだいぶ離れた帝国領に近い城塞都市アンゲールに身を潜めていた。
与えれたその東屋はそれでも一般の平民が住むには上等な区画にあり、周囲に住んでいる人々もまた貴族の親類縁者や屋敷に代々仕える奉公人の家族、王国騎士と呼ばれる領地を持たない公僕のような存在の者、そして商人やその関係する者たちなど、上民と呼ばれる中流階級がほとんどだった。
「地上に降臨した女神を駄女神呼ばわりして、二千年ぶりに味わう人の世がこんな……っ、こんなボロ屋で小うるさい信徒二人と共同生活なんて!! 最悪だわっ」
「文句を言う暇があれば、手を動かしてくださいよサティナ様。お昼からは旦那様のお供をして教会にいかなければならないのですから」
「ケイトっあなたまでそんなこと!? ここに来てから二週間、まともな食事すらありつけてないというのに。わたしは不満です!」
「だって、サティナ様が決められたんでしょ。わたしとケイトが平民になって身を隠すことを。シュネイル卿に任せましたって一任したじゃないですか。今更、どんな文句が言えたのだか。このアイリスは司祭として呆れてしまいますよ、幼女になった女神様」
二階建て、馬小屋付き、倉庫付きで部屋数は十を数える程。
使用人もおり、それなりに贅沢な暮らしぶりのはずなのだが……サティナの機嫌は前述のとおり、すこぶる悪かった。元来、気性の激しい炎の女神だとして知られている上に、この都市の隣の帝国で信仰されているある神と反りが合わないらしい。
女神の我がままも二週間とはいわないが、そろそろ、付き合うのにも飽きてきたアイリスとケイトだった。
「裏切った男のことをいつまでもうじうじと悩んでいるあなたに言われたくないわ……」
「あ、それを言いますか!? 言っておきますが使用人たちにも、この屋敷の主様にも女神様はわたしの妹と言ってあるのですから。そろそろ、きちんとして下さい!」
「はあ。なんで助けたんだろ、こんな司祭……」
「だから、何がそこまで不満なんですか? 隣の帝国の崇めている空の神ヌアザ様ですか? それとも、このわたしですか? 待遇が悪いって何が悪いんですか?」
「この屋敷よ……」
ハアっ、と大きなため息を一つ。
女神は大きく手を広げて、自分たちが住まう東屋を囲うように示して見せた。
「この家が嫌いじゃないの」
「それで?」
「この家にいる理由が気に入らないのよ!」
「仕方ないですね。神殿も王宮も貴族院もどこも介入せずにシュネイル卿が伝手を頼って用意してくださったものですから。文句の言いようがありません」
「達観してるわねー……。それが王都の豪商の愛人という設定で、ここはその豪商の知人である王国騎士が住んでいる屋敷の一角にある借家だとしても。あなた、それで平気なの? アイリスにケイトも!?」
「だって、王国騎士ってそれだけで数十人の配下を持ち、そのために屋敷内にこんな東屋をいくつも区画整理して建ててるんだから。騎士ですよ、騎士。その屋敷内がどれだけ安全か理解できるじゃないですか。それに使用人は通いなんですよ、最低限のことは自分たちでしないと。ほら!」
そう。世を忍ぶ仮の姿とはいえ、あんな出っ腹のじじいの愛人に見られて平気なんだ、二人とも。
サティナはもういいわとうなだれると、秋が近づいた庭の木の葉を掃くためのほうきを手にしたのだった。
こんな雑用、使用人にやらせればいいのに、と愚痴を言いながら……
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