婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

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第七章

赤の月

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 ミートボールをようやく踏破し、ペペロンチーノに取り掛かる前に少しだけ深呼吸。
 お腹はまだまだ大丈夫らしい。
 というか、剣で突かれた傷から内部はそこそこ見えているのだ。
 喉を通過した料理は食道をとおって胃にいたるはず。
 その一部が見えるのだけれど……まあ、気にしないことにした。
 ……料理は必ず喉からあとはどこかに消えているらしい。

「気のせいよ、気のせい。お腹が膨れれば分かるわよ」

 そんな気の慰め程度にしかならない一言を自分に告げると、胃に収まるはずのモノがどこに行ったのかを素知らぬふりをしてアイリスは食事を再開する。
 死人にしては、うら若い女性にしてはどこに消えていくのだろうと、料理を持ってきては消えていくワニは怪訝そうな顔をしてアイリスを見るが……彼もまあ、いいか。と首を振りまた消えてしまう。
 テーブルの上にはまだまだ料理が並びそうだった。

「……む? 何あれ……」

 だらだらと黒い闇を垂れ流していたかのような画面の端が、うっすらともやがさすように白んできた。
 なんだか朝日が昇る前の東の空みたい。
 そう思い見つめていると、それはスクリーン全体に広がりを見せる。
 やがて光量は増えるとそこはまだ見知らぬ壁と天井で仕切られたどこかの部屋だと分かる。
 窓から陽の光が差し込み、その向こうにはやはり白と藍色にわかれた空が見て取れた。

「女の子、だ」

 食べる手を止めて、じいっとその部屋の光景にアイリスは見入ってしまった。
 室内あるのはテーブルとイスが二脚、粗末なベッドに一人の少女が座り込んで泣いている。
 しくしくと切なさそうな声を上げるその様子は、幼い頃に母親を無くして落ち込んだ自分自身を彷彿とさせた。
 銀色の髪に燃えるような緑の瞳、赤銅色の肌。
 そして、肌のところどころに浮き出る、まるで水晶のような鱗に似たそれは陽光を吸収して鈍く光っている。

「……水晶族?」

 あの襲撃者、太古の魔獣バルッサムと死闘を繰り広げたという、赤い月の女神リシェスの姿を似せて作られたという、魔導兵器の乙女たち。
 熊さんといい、水晶族といい。
 赤の月に入るわたしといい。
 まったく、この月にはつくづく縁があるわねえ、とアイリスはついついぼやきながらそれを見ていた。
 女の子は顔を上げることもなく、ただただ悲しそうに泣き続けている。

「クラウザー、どうして行ってしまったの。もうすぐあの月に戻れる日がやって来るというのに。わたしたちと貴方たちの無慈悲な殺し合いがようやく終わろうとしたというのに。どうして……」

 クラウザー? 誰のことだろうか?
 あの月に戻れる日、そして無慈悲な殺し合いが終わる……まさか、あの熊さん――バルッサムのことを言っているのだろうか? 
 神話では水晶族の乙女とバルッサムたちは殺し合うのが運命とされていた。
 その理由――なんだったけ? とアイリスは記憶の底を探り出す。
 確かあれは―……。
 腐食。
 バルッサムたちの主は、部下と同じ名を持つ。
 ありとあらゆるモノを腐食させる闇の魔神。それが、腐神バルッサムとその部下たちの存在だったはず。
 腐神を封じた赤い月の女神リシェスはその封印塚を守るように、水晶族に命じた。
 それから千年近い歴史の中で、水晶族とバルッサムたちは争ってきたはず。
 そんなことを、思い出していた。
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