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第七章
未来への扉。
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「あ、待って待って!」
アイリスはその透明になった尾の先端をむんずっ、と踏みつけた。
ワニはこれは予期していなかったのか、それはないでしょうと悲しそうな顔をして消えるのを止める。
「ごめんなさい、ごめんなさい! つい、慌ててしまって……」
「まだ何か、お嬢様? もう、映像は終わりましたよ?」
出口はあっち、とあるかないかの指先で彼は二階席の下にあるその出口を指さした。
まだ何か言いたそうな少女を見て、他には? と問われるとアイリスはワニの手を取って彼の赤い目を白黒させる。
「ありがとう、いろいろと理解できたから。でもあそこから出て、また砂漠は嫌だわ?」
「……望まれる時間と場所を選べます。出る時にそう念じれば」
「望まれる?」
「はい」
それは過去でも未来でも、どこでもだろうか?
制限は、と問うとありませんと端的な返事が来た。
それなら、あとは一つだけ。
炎の女神の女司祭は、その顔を持ちつつもドナード侯爵第一令嬢アイリスとして、優雅に立ち上がるとスカートの裾をつまり、軽く一礼をする。
「貴方に感謝を。ドナード侯爵第一令嬢アイリスと申します、ありがとう、ワニさん」
「……ドラエナ、と名はありますので」
「ドラエナ、さんね。覚えておくわ」
ふっ、とワニは。いや、ドラエナは片目をつむりウインクをしたのかもしれなかった。
どうかご無事でと伝えると、どこかに消えゆこうとする。
アイリスは彼に伝えるのを忘れなかった。
「いつか貴方も自由に、そうでなくてもあそこから遊びにいらしてください、是非! いつか!」
その掛け声に、ワニは後ろ手を振ってこたえたのだった。
完全に風景に溶け込んだ彼を見送ると、最初に鳴った開幕の時と同じベルがまた、場内にジリリリと鳴り響く。
今度は終幕の合図なのだろう。
ふう、と少女は疲れ切ったように再び、椅子に座りこんだ。
映像は見た。やるべきこともなんとなく理解した。
戻るべき扉はあれで――
「つまり、歴史を変えても良いって大義名分を与えられたのよね、これって」
次の瞬間、この劇場にアイリスを導いた誰かが耳にしたら驚いてとびあがりそうな決意を……アイリスはつぶやいていた。
「さて、どこに戻ろうかしら。殿下を焼いたあの夜? それとも、サティナ様が完全な力を取り戻した、あの熊さんを見た時かしら?」
これはまた個人的な報復の機会にも恵まれたかもしれないと、アイリスは気づいていた。
なるほど、と心中では悶々と渦巻くものがあるのを言葉に出してみる。
「ふーん、と。アズライズのバカを焼き殺してやりたいという報復は、適当なところで失敗に終わったし。彼が自分は正しいんだ、なんて叫ぶ理由も理解できなかったこともないし。それでも、ならどうして相談してくれなかったの……」
と、そんな点においては信頼なんてはなから無かったも同然だということに思い至ると、期待すらされていなかったことに気づいてしまう。王子にとってはあの愛人以外、心を許せる存在はいなかったのだろう。
「まあ、いいわ。戻るべきところは分かったし。さて、行きますか」
やれやれと重い腰を上げると、全部終わったらまたケイトとサティナ様とお食事をしたいなー、なんて期待を胸にアイリスは重そうな扉をくぐったのだった。
アイリスはその透明になった尾の先端をむんずっ、と踏みつけた。
ワニはこれは予期していなかったのか、それはないでしょうと悲しそうな顔をして消えるのを止める。
「ごめんなさい、ごめんなさい! つい、慌ててしまって……」
「まだ何か、お嬢様? もう、映像は終わりましたよ?」
出口はあっち、とあるかないかの指先で彼は二階席の下にあるその出口を指さした。
まだ何か言いたそうな少女を見て、他には? と問われるとアイリスはワニの手を取って彼の赤い目を白黒させる。
「ありがとう、いろいろと理解できたから。でもあそこから出て、また砂漠は嫌だわ?」
「……望まれる時間と場所を選べます。出る時にそう念じれば」
「望まれる?」
「はい」
それは過去でも未来でも、どこでもだろうか?
制限は、と問うとありませんと端的な返事が来た。
それなら、あとは一つだけ。
炎の女神の女司祭は、その顔を持ちつつもドナード侯爵第一令嬢アイリスとして、優雅に立ち上がるとスカートの裾をつまり、軽く一礼をする。
「貴方に感謝を。ドナード侯爵第一令嬢アイリスと申します、ありがとう、ワニさん」
「……ドラエナ、と名はありますので」
「ドラエナ、さんね。覚えておくわ」
ふっ、とワニは。いや、ドラエナは片目をつむりウインクをしたのかもしれなかった。
どうかご無事でと伝えると、どこかに消えゆこうとする。
アイリスは彼に伝えるのを忘れなかった。
「いつか貴方も自由に、そうでなくてもあそこから遊びにいらしてください、是非! いつか!」
その掛け声に、ワニは後ろ手を振ってこたえたのだった。
完全に風景に溶け込んだ彼を見送ると、最初に鳴った開幕の時と同じベルがまた、場内にジリリリと鳴り響く。
今度は終幕の合図なのだろう。
ふう、と少女は疲れ切ったように再び、椅子に座りこんだ。
映像は見た。やるべきこともなんとなく理解した。
戻るべき扉はあれで――
「つまり、歴史を変えても良いって大義名分を与えられたのよね、これって」
次の瞬間、この劇場にアイリスを導いた誰かが耳にしたら驚いてとびあがりそうな決意を……アイリスはつぶやいていた。
「さて、どこに戻ろうかしら。殿下を焼いたあの夜? それとも、サティナ様が完全な力を取り戻した、あの熊さんを見た時かしら?」
これはまた個人的な報復の機会にも恵まれたかもしれないと、アイリスは気づいていた。
なるほど、と心中では悶々と渦巻くものがあるのを言葉に出してみる。
「ふーん、と。アズライズのバカを焼き殺してやりたいという報復は、適当なところで失敗に終わったし。彼が自分は正しいんだ、なんて叫ぶ理由も理解できなかったこともないし。それでも、ならどうして相談してくれなかったの……」
と、そんな点においては信頼なんてはなから無かったも同然だということに思い至ると、期待すらされていなかったことに気づいてしまう。王子にとってはあの愛人以外、心を許せる存在はいなかったのだろう。
「まあ、いいわ。戻るべきところは分かったし。さて、行きますか」
やれやれと重い腰を上げると、全部終わったらまたケイトとサティナ様とお食事をしたいなー、なんて期待を胸にアイリスは重そうな扉をくぐったのだった。
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