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第八章
時間は遡り……
しおりを挟む「んっ?」
ふと、ちょいちょいと袖を引かれた。
不思議に思いふりかえってみると、そこには見慣れた侍女の顔がある。
ケイトだ。
「どうかしたの」
「ねえ、アイリス! まずいわよ」
「まずい……?」
普段、あまりそいうことを言わない彼女が黒い瞳をくもらせていた。
これは何かあったのわねー。
そう思い、顔を近づけて「だから、何よ」、とささやいてやる。
そこはケイトと共に通っていた貴族子弟子女たちが集まる学び舎で、いまはボウル状の講義室のどまんなかで神学。司祭の資格を得た者、あるいはこれから得る者たちが上級神についての概念を学んでいるところだからだ。
「そう、まずいわ」
「わかったから、後にしてよ! まだやめたくない」
「でも……」
「お願い!」
「分かったわ」
ケイトが仕方ないと口をつぐんだ。
アイリスはやれやれと肩をすくめ、講義に再度集中する。
この講義は毎年のように炎の女神サティナの神殿の長、大神官様が自ら教鞭を取ることで有名でもう一つ、別のことでも生徒の間では有名だった。
大神官は講義中のマナーについてことうるさいのだ。
うるさい上ににらまれたらせっかく苦労して取得した、司祭の資格まではく奪されたりする。
だから生徒はだれも喋らないし、無言で眠らないように必死になってお経のような眠気を誘う老人の話に耳を傾けていた。
(あれ? なんで講義……?)
真剣になって神学の深淵に取り組もうとしていたら、ふとそんな疑問が心に浮かび上がる。
ここどこだっけ?
学院で、あれ? そんなのもう半年以上前に卒業したはず……神学の上位概論なんて、八年生でやるから――あれれ?
と、疑問に次ぐ疑問が湧き上がり、脳内をかき乱していく。
どうなっているの、これ。待って待って、わたしは十六歳のはずよ。
なのに、どうして十四歳の頃の学院にいるの。え、えええ―――――っ!?
悪い夢か。
それとも女神か悪魔の導きかと考えに考えて、「……うーん……」、と密やかなうめき声をあげるくらい熟考した末に、周囲をそっと見渡してケイトの素顔も二度くらいじっくりと観察していぶかしげな視線を受け止めて、そこでようやく、アイリスは気づいた。
と、いうか思い出した。
「あっ!」
思い出して、思わず大きな感嘆の声を上げていた。
「うそっ! 戻ったの!?」
てっきり消えてしまうかと覚悟を決めていただけに、過去であれどこであれ、現世に戻れたという実感は、何もない空間で渇いていた心を感動で満たした。
ついでに人恋しさを覚えてしまい、座ったままケイトを抱き寄せてしまいぎゅっと抱擁する。
「ちょっと! 何してんの、ばかっ!」
「やったわ、ワニさん! 戻れた、ケイトがいる! みんながいるのよ!」
あの場所の管理人に感謝の声を陳べると、十年も会っていなかったかのような感動を覚えてケイトにキスをしてしまう。
「ワニ? ちょっ、近いっーやめてよ、アイリス、まずいってば!」
「まずい?」
「だから、講義っ――――!」
周囲から上下左右から集まった同級生たちの奇異の視線。
その中に一際きつく怒りのこもったモノを感じて、アイリスは講義中だったと気づくとともに、ぎぎぎっと首を回して壇上へと視線を下ろした。
「……あ」
「あ、じゃないわよー、バカーっ!」
親友から贈られる頬への軽い張り手。
それと同時に大神官が大きく咳ばらいをし、室内にはとても気まずい雰囲気が漂う。
「んっ!」
ただ一言。
顔を蒼白にするアイリスに向かい大神官はびしっと指先で出入口を指さすと、出ていけ。そんな意味を込めて怒りの声を発したのだった。
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