婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

文字の大きさ
88 / 104
第八章

時間は遡り……

しおりを挟む

「んっ?」

 ふと、ちょいちょいと袖を引かれた。
 不思議に思いふりかえってみると、そこには見慣れた侍女の顔がある。
 ケイトだ。

「どうかしたの」
「ねえ、アイリス! まずいわよ」
「まずい……?」

 普段、あまりそいうことを言わない彼女が黒い瞳をくもらせていた。
 これは何かあったのわねー。
 そう思い、顔を近づけて「だから、何よ」、とささやいてやる。
 そこはケイトと共に通っていた貴族子弟子女たちが集まる学び舎で、いまはボウル状の講義室のどまんなかで神学。司祭の資格を得た者、あるいはこれから得る者たちが上級神についての概念を学んでいるところだからだ。

「そう、まずいわ」
「わかったから、後にしてよ! まだやめたくない」
「でも……」
「お願い!」
「分かったわ」

 ケイトが仕方ないと口をつぐんだ。
 アイリスはやれやれと肩をすくめ、講義に再度集中する。
 この講義は毎年のように炎の女神サティナの神殿の長、大神官様が自ら教鞭を取ることで有名でもう一つ、別のことでも生徒の間では有名だった。
 大神官は講義中のマナーについてことうるさいのだ。
 うるさい上ににらまれたらせっかく苦労して取得した、司祭の資格まではく奪されたりする。
 だから生徒はだれも喋らないし、無言で眠らないように必死になってお経のような眠気を誘う老人の話に耳を傾けていた。

(あれ? なんで講義……?)

 真剣になって神学の深淵に取り組もうとしていたら、ふとそんな疑問が心に浮かび上がる。
 ここどこだっけ?
 学院で、あれ? そんなのもう半年以上前に卒業したはず……神学の上位概論なんて、八年生でやるから――あれれ?
 と、疑問に次ぐ疑問が湧き上がり、脳内をかき乱していく。
 どうなっているの、これ。待って待って、わたしは十六歳のはずよ。
 なのに、どうして十四歳の頃の学院にいるの。え、えええ―――――っ!?
 悪い夢か。
 それとも女神か悪魔の導きかと考えに考えて、「……うーん……」、と密やかなうめき声をあげるくらい熟考した末に、周囲をそっと見渡してケイトの素顔も二度くらいじっくりと観察していぶかしげな視線を受け止めて、そこでようやく、アイリスは気づいた。
 と、いうか思い出した。

「あっ!」

 思い出して、思わず大きな感嘆の声を上げていた。

「うそっ! 戻ったの!?」

 てっきり消えてしまうかと覚悟を決めていただけに、過去であれどこであれ、現世に戻れたという実感は、何もない空間で渇いていた心を感動で満たした。
 ついでに人恋しさを覚えてしまい、座ったままケイトを抱き寄せてしまいぎゅっと抱擁する。
 
「ちょっと! 何してんの、ばかっ!」
「やったわ、ワニさん! 戻れた、ケイトがいる! みんながいるのよ!」

 あの場所の管理人に感謝の声を陳べると、十年も会っていなかったかのような感動を覚えてケイトにキスをしてしまう。

「ワニ? ちょっ、近いっーやめてよ、アイリス、まずいってば!」
「まずい?」
「だから、講義っ――――!」

 周囲から上下左右から集まった同級生たちの奇異の視線。
 その中に一際きつく怒りのこもったモノを感じて、アイリスは講義中だったと気づくとともに、ぎぎぎっと首を回して壇上へと視線を下ろした。

「……あ」
「あ、じゃないわよー、バカーっ!」

 親友から贈られる頬への軽い張り手。
 それと同時に大神官が大きく咳ばらいをし、室内にはとても気まずい雰囲気が漂う。

「んっ!」

 ただ一言。
 顔を蒼白にするアイリスに向かい大神官はびしっと指先で出入口を指さすと、出ていけ。そんな意味を込めて怒りの声を発したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。 いつもありがとうございます。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

処理中です...