幼馴染の許嫁は、男勝りな彼女にご執心らしい

和泉鷹央

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 おはようございます、と下男のアルベルトの挨拶が一つ。
 もう白髪交じりの彼は腰が曲がり始めていて、そろそろ孫と触れ合う時間を大事にして欲しい。朝食の席でコンスタンスはバターを塗った白いパンをほおばりながらそう思っていた。
 今朝も早くから隣の屋敷からは弦楽器の素晴らしい音色が響いてきて、その耳を潤してくれている。
 奏でている主はラグオット公爵家の奥方様だ。機嫌のいいときと悪いときの落差が激しくて、それは演奏する楽曲にも色濃く反映されている。
 今朝はなかなか激しい音楽で――つまり、機嫌はそうとう悪いようだった。
 
「賑やかね?」
「そうですね、お母様。毎朝のごとく、ラグオット公爵家では奥方様が楽器をたしなまれているようです」
「そう。つまり、あれなのねコンスタンス?」
「はい、あれですね。またお戻りにはなられていないようです」
「そう。困ったものねお父様?」
「そうだな、お前。そろそろ落ち着いて欲しいものだクレイには。あれほどの剣の才能がありながら、仕官する気もなければ、教えて家計を助けようという気もない道楽息子……。コンスタンスが嫁にいけるのはいつになることやら。なあ、コンスタンス?」
「……」

 父親であるコクナール伯爵の嫌味の利いた一言が、フワフワで生地がもちもちとしていて触感を楽しめるパンの二つ目を手に取った娘に突き刺さる。
 可哀想に、コンスタンスはその手からぽろりとパンを落としてしまった。

「どうした? クレイとお前は共に学院に通う中だったではないか? まあ、あれの方が三歳ほど年上でお前は未だ在学中の身だが、もう十六歳。貴族の令嬢としては結婚が遅いと言われても仕方がない。違うか?」
「そうですね、お父様」
「ならクレイに一刻も早く迎えて貰えるように努力しなさい。公爵様と私の約束がある。おまえたちは許嫁だ」
「そうですね、お父様」
「クレイも立派な二十歳を迎えようとしている。ならば、さっさと持参金を用意してもらうようにお前から促しなさい」
「そうですね、お父様」
「言っておくがな、コンスタンス。十六歳の貴族令嬢ともなれば結婚していて当然。しかし、お前は婚約者のいる身でありながらまだ独身だ。つまり、行き遅れということになる」
「そうですね、お父様……」
「婚約解消をして他の子弟に紹介などできないからな? 私の名に傷がつく。それならば妹のナディアがまだ十二歳。これならば政略結婚の道具にもできるが、お前には利用価値がない」
「……そうですね、お父様」
「我が家に利用価値のない娘は要らんぞ。学院卒業まであと半年。その間にクレイかそれ以外の婚約者を見つけて結婚しろ」
「もし、できないときには……??」
「出ていけ。どこにでもな。我がコクナールの名を名乗ることは許さん」
「……そうですか、お父様……」
「ああ、そうだ」

 コンスタンスの実家、コクナール家は王国創成期からの家臣であり、名家として知られていた。
 つまり、父親は娘たちを出世のために使う道具以外には見ていないらしい。
 ここ二年ほど――結婚適齢期である十三歳を超えてからたまに遠回しに言われていたことが、とうとう命令となってきてしまった。
 最悪だわ。クレイを何としても捜し出して結婚を了承させなきゃ。
 ……家から追い出されたら生きていけない!!
 コンスタンス・コクナール、十六歳。
 試練の始まりだった。
 
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