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プロローグ

第8話 母親譲り

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 エレナはミアーデの調理を手伝い、男たちは先に食卓につき、盛り合わせた果実やサラダを前菜として、ワインやジュースを片手に会話に励んていた。

 男女差別があるわけではない。
 客人がくれば、家の主である男性がもてなし、女性は食事を旺盛にしてもてなす。

 これがこの地方の当たり前の姿であり、習慣なのだ。
 食卓にガナムのパエリエ・カレー風味。コカドリーユの卵で閉じた、牛肉の揚げ物。コカドリーユの胸肉を小粒にしてスパイスを塗し、小麦粉をつけて揚げた物、根菜類とガナムの鍋料理。

 メインとなるコカドリーユの焼き物は、氷砂糖とお酒をふんだんに使い、これでもかというほど黒くてらてらと輝きを放つ。
 これは長ほそい深皿に盛られていた。

 そこに専用のパンを切り分けるときのような細長いナイフを差し入れて肉を切ると、表面からは想像もできないほど真っ白で健康的な肉汁が溢れでて、皿の深みに流れ込んでいく。

 その湯気は中に塗り込まれていたスパイスの辛みをまとって、食卓にいた人々の目を痛くした。
 やがて表面の糖分と塗り込まれていたスパイスが熱で溶け合い、皿のなかに溜まった肉汁がちょうど良いソースとなって食欲をそそる香りを放つ。

 人数分の食材をそれぞれ小皿に取り分け、男性陣。特に父親がほろ酔いになっているところを見計らって、エレナは話題を切り出した。

「二人に報告することがあるの」

 内容はもちろん、ルシアードの滞在のことだ。
 秘密にしてくれと頼まれているから、ロレインの婚約破棄騒動については伏せていた。

 すると、突然のことに驚いたのか、ミゲルがいきなり重く昏い顔をしてみせる。
 調理場で母親とは言葉を交わしたが、こちらも込み入った話に踏み込んでくる様子はなかった。

「実は俺たちもあるんだ‥‥‥」
「え?」

 エレナとルシアードの声が交錯する。
 どんな話があるんだ、ここにきて。
 そう、二人は嫌な予感を抱えながら、ミゲルの言葉を待った。

「エレナには黙っていたが、ロレインのことで問題が起きた」
「あ‥‥‥」

 私たちもそのことで報告が――とエレナが言い出す前に、ルシアードが席を立ち、その場で深く腰を折った。

「申し訳ありません! あれは間違いなんです。でも俺が加担したように思われても仕方なくて――」

 彼は彼なりの誠意をしめそうとしてくれているのだ、と感じたときエレナは嬉しくなった。
 と同時に、ミゲルや黙ったままの母親ミアーデの発言が気になる。

 ルシアードを見、ちらっと視線でミアーデを見ると、彼女は困ったような仕方ないと納得しているような、どうにも表現しづらい表情をして、ルシアードを見つめていた。

「座りなさいルシアード。あなたが悪くないことは私たち夫婦の間で意見が一致しているの」
「それはつまりどういう――」
「ロレインはあの通り口が悪いし色々と不器用なところも多いから、エリオットがそういったところを嫌になってしまい、婚約破棄をする口実にあなたは巻き込んだんじゃないかと私たちは思ってるの」
「俺はあいつがなぜ婚約破棄をしようと思ったのかその本心がわからないんです」

 同じ部屋で寝泊まりをするようになって約8年。
 家族と過ごすよりも長い時間を共に過ごしたはずなのに、どうして彼は打ち明けてくれなかったのか。

 エリオットが心の中に溜め込み、抱えきれなくなってしまった何かが、婚約破棄という手段をつかうことで心を軽くしたのではないかと、ルシアードは思っていた。

 言葉を選びながらそのことを伝えると、それまで黙って聞いていたミゲルが「それ以外にも原因があるのかもしれない」とぽつりとつぶやいた。

「今日の朝連絡があり、俺は仕事で行けなかった。母さんがあちらに行き、伯爵とやり合ってな。婚約破棄を衆目の面前で伝えるようなことになったのは、ロレインのできが悪いからだ、と伯爵は言ったらしい」
「お姉ちゃんは無事なの?」

 とっさに思いついたのはその一言だ。
 エレナが伯爵家からの連絡という言葉に顔を青ざめさせると、ミアーデは大丈夫、と肩に手をおいてこたえた。

「ロレインとエリオット様は婚約破棄の前夜、口論になったというの。あの子、外見はおとなしめなのに口は悪いのだから、誰に似たのだか」

 それはお前だろ、と言いそうになり夫はじっと口をつぐんだ。
 エレナも同様だ。

 姉妹の口の悪さは母親譲りである。
 これは親戚一同が認めるところだった。

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