殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央

文字の大きさ
19 / 53
第二章 聖女の危機

第19話 分神殿の遣い(聖騎士登場です)

しおりを挟む
 二週間が経過した。
 聖女一行はラクール以降の予定を、すべてパルタスに通じる国境沿いに点在する、彼らの分神殿がある都市を経由することにしていた。
 そのためか、獣人たちを含めた救済をもとめる信者の列はさらに数を増すばかりだ。
 日ごとに増えていく彼らの総数は、これまでに数えただけでゆうに二万を越していた。

 このまま行けば雪だるま式に数は増えていくだろう。
 そして、最初の予定地。
 城塞都市ラクールの門をくぐる前に、一行はその歩みを止めていた。

「都市内に入れない?」
「第三郭すらも入れて貰えない様子です」
「なんでそうなったのよ。一体何がどうなっているの」

 エミリーからの報告を受け、カトリーナは信じられないといった顔になった。
 ラクールは三重の城壁を持つ、古い都市で最も外側にある壁はもう千年ほど昔に作られたものになる。

 目の前にあるのは単なる土を型にはめて造り出しただけの土塁のようなもので、到底、現代の魔法兵器の役に立つようなものとも思えない。

 しかし、それでもカトリーナの背丈よりは高く、見上げてみれば大人三人ほど高さをもつし、いまも手入れはきちんとされているらしく、大きな継ぎ目、割れ目といったものもとりあえずは見当たらない。

「ここを背にして一時的な避難地を作ればどうにかなると思ったのだけれど」

 と、周囲をぐるりと見渡してみれば、大神官の座する馬車のなかに入っていく人影が数名。ラクールの分神殿に籍を置く神官と神殿騎士たちだ。
 本神殿に籍を置いていたカトリーナやエミリーと違い、彼らは朱色のローブではなく、うすり秋の空のような青色のそれをまとっている。

「あれって」
 カトリーナがその一団を指さすと、エミリーが珍しい人がいると声を上げた。

「分神殿の……あら、聖騎士様まで!」
「聖騎士?」
「そうですよ! 聖騎士様ですよ! ああ、なんて神々しいっ」
「あなたの目の前には聖女がいるでしょう……」

 神々しいではなく、雄々しい、の間違いじゃないの、とカトリーナは溜息をつく。
 とはいえ自分の世話役として幼い頃から尽くしてくれたこの侍女が恋人もいないままに、三十代を迎えてしまったことには……いくばくかの申し訳なさも感じてしまう。

「それはそれ、これはこれじゃないですか。ああ、カッコいい」
「あっそ。王宮にだってカッコいい騎士様はたくさんいたじゃないの」
「聖なる格が違いますから。近衛騎士様や王国騎士様も悪くないけれど」
「もう……」

 恋人はいないけれど、休暇を利用して遊びに出ていったり、夜半に抜け出して会いにいく相手はいたはずだ。

「いいですねえ。目の保養になります。聖女様では美しいだけですから」
「はいはい。どうでもいいわよ。王宮に戻ってもいいのよ?」
「あんな場所、戻るだけ損ですよ、姫様。いまさら下働きの女官からやり直せとか言われても困ります」

 まあ、そんなことはどうでもいいのだけれども、と聖女の視線は大神官の馬車の中に入っていった一団からさっさと離れてしまう。
 あの銀髪の長身の騎士様が、聖騎士、ね。

 遠目に見た限りだけれど、神殿騎士の最高位という割には優れた体格であるようには見えなかった。偉丈夫というわけでもなく、歴戦の猛者といった感じも漂ってこない。六人ほどいる男たちの中ではそれなりの風格と威厳は持っているように見えたが……。

「どこで決まるのかしら」
「何がですか?」

 不思議そうな顔をしてその場を去る主人に続きながら、エミリーが問い返す。

「何でもない。それより、ラクールの返事をもってきた者たちはお父様の側にはいなかったようだけれど、どうなったの」
「ああ、それですか。朝早く、先頭を行く先触れの者に伝えたそうですよ」
「聖女の一団に向かってたったそれだけ? お父様に挨拶もなく去るなんていい度胸だわ」

 憤然として言い放つそれを聞いてエミリーがくすり、と笑っていた。

「随分とお元気になられましたね」
「……そうかしら。まあ、いいわ。あの郭の向こう側なら城塞都市の内側だから神殿の土地。そこならみんなに何があってもとりあえずは守れると思ったの」
「それも含めて、いま分神殿から人が来ているのではありませんか」
「お父様に任せてうまくまとまると良いわね」
「それは……」

 ラクールの城壁を越えることができないこと自体、分神殿と聖女一行の意思疎通ができていないことを現わしているのは明らかだった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

あなたの事は好きですが私が邪魔者なので諦めようと思ったのですが…様子がおかしいです

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のカナリアは、原因不明の高熱に襲われた事がきっかけで、前世の記憶を取り戻した。そしてここが、前世で亡くなる寸前まで読んでいた小説の世界で、ヒーローの婚約者に転生している事に気が付いたのだ。 その物語は、自分を含めた主要の登場人物が全員命を落とすという、まさにバッドエンドの世界! 物心ついた時からずっと自分の傍にいてくれた婚約者のアルトを、心から愛しているカナリアは、酷く動揺する。それでも愛するアルトの為、自分が身を引く事で、バッドエンドをハッピーエンドに変えようと動き出したのだが、なんだか様子がおかしくて… 全く違う物語に転生したと思い込み、迷走を続けるカナリアと、愛するカナリアを失うまいと翻弄するアルトの恋のお話しです。 展開が早く、ご都合主義全開ですが、よろしくお願いしますm(__)m

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

【完結】婚約者は私を大切にしてくれるけれど、好きでは無かったみたい。

まりぃべる
恋愛
伯爵家の娘、クラーラ。彼女の婚約者は、いつも優しくエスコートしてくれる。そして蕩けるような甘い言葉をくれる。 少しだけ疑問に思う部分もあるけれど、彼が不器用なだけなのだと思っていた。 そんな甘い言葉に騙されて、きっと幸せな結婚生活が送れると思ったのに、それは偽りだった……。 そんな人と結婚生活を送りたくないと両親に相談すると、それに向けて動いてくれる。 人生を変える人にも出会い、学院生活を送りながら新しい一歩を踏み出していくお話。 ☆※感想頂いたからからのご指摘により、この一文を追加します。 王道(?)の、世間にありふれたお話とは多分一味違います。 王道のお話がいい方は、引っ掛かるご様子ですので、申し訳ありませんが引き返して下さいませ。 ☆現実にも似たような名前、言い回し、言葉、表現などがあると思いますが、作者の世界観の為、現実世界とは少し異なります。 作者の、緩い世界観だと思って頂けると幸いです。 ☆以前投稿した作品の中に出てくる子がチラッと出てきます。分かる人は少ないと思いますが、万が一分かって下さった方がいましたら嬉しいです。(全く物語には響きませんので、読んでいなくても全く問題ありません。) ☆完結してますので、随時更新していきます。番外編も含めて全35話です。 ★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

処理中です...