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第五章 無謀な友情

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 一限目の授業が終わった。
 五十分枠の講義は長いようで短い。
 その合間に考えられることなんて、そう多くはない。
 幾つかの候補を挙げてみた。
 
 季美の元へと駆け付けて、乃蒼をぶちのめし、救い出す。
 どこかのラブコメ主人公か? 真っ先に却下だ。第一、正義がない。
 俺はいま、あいつの元カレであり、友人でもないのだ。
 槍塚カップルの間に割って入る、権利というものがない。だから、却下。

 乃蒼と対立することそのものが間違いなのだ。
 季美の意識をどう変化させるのか、という話なのだから。
 と、いうわけで抱介の第一の案は脳内で却下された。
 教師の協力を得る、とも考えたが、それも何かおかしい。
 被害者が被害者として振る舞っているかどうかの問題もある。

 それでも季美が助けを求めてきたら、俺はどうする?
 チャットルームに画像をアップした相手を見つけて、それを削除させる。
 これなんてとうの昔にされている。

 みのりが抱介にあの画面を見せ、一時限目が終わったころにはきれいさっぱり、削除されていた。
 しかし、画像はダウンロードされつくしただろうし、これから大勢の人間の手によって、各所に出回るだろう。
 チャットルームは会員制。その履歴を確認すれば誰が載せたかも一目瞭然。
 とはいえ、匿名アカウントを使う程度の頭は、犯人にもあったらしい。

 画像を掲載し、削除した『えんえむ』と名乗るアカウントも既に退会済みだった。
 足跡を追うには裁判でも起こしてアプリ会社側から個人情報を得るしかない。
 そんな面倒くさいことをする必要がある?
 あるとすれば誰がやる? 教育委員会か、季美の親か、警察か。

「誰もやらんだろうなあ」

 やらんだろうし、表沙汰にもしたくないだろう。
 特に高校側はどうにか隠そうとやっきになるはずだ。
 一時間近く生まれて初めてといってもいいくらい、脳をフル回転させて考えてみた。

 お陰で、もう知恵熱で茹でられてしまい、脆弱な抱介の頭脳は、熱さに耐えかねて吐きそうになっている。それでも考えることを止めようとしないのは、罪悪感か、季美への想いをまだ引きずっているからか、牧那への約束を守ろうとする拘りか。
 多分、どれも正しい。そして、どれも間違い。
 人間の感情ってなんて複雑怪奇なのだ、と自問自答しながら、当面の事案を書きだしてみた。

 それを机の前後から身を寄せてきた誠二とみのりが覗きこんでくる。
 なんだか、春の温かさ以上に熱気を感じて、抱介は呻いた。

「……近いって」
「でも、そんなこと言っている場合じゃないよ、風見君!」

 耳元で君塚みのりが小さく責めるようにとがった声を出した。
 それはまず、お前だろ。
 抱介はみのりに書いたものを見せつける。
 ノートを切り取ったそこには、以下のことが書いてあった。

 撮影した奴は誰か。
 投稿した奴は誰か。
 削除した奴は誰か。
 このサイトの構成者は誰か。
 命じた奴は誰か。
 この風景はいつの授業中か。

 などなど。

「これ、な。分かるだけ調べろ。それがまず、最初。君塚なら、すぐに分かるだろ?」
「え? あ‥‥‥うん」

 押し付けたら、既知のものがあるのだろう。
 みのりはスマホを取り出して、いくつかの項目に、記入し始めた。

「……これ、投稿者と削除した奴は一緒じゃないのか?」

 と、誠二が不思議そうな顔をする。
 普通はそう考える?
 だって、どこのサイトにも管理人とか、管理権限を持つ奴はいるだろう。
 抱介はそんな考えだった。

「これで、いいかな。でもサイトの人数なんて多すぎて書けないよ」
「なんでさ」
「それこそ個人情報じゃん」
「それもそうだな。でも、そういうなら俺に頼むなよ。君塚がやればいい」
「そんな――」

 みのりが切なそうな声を出した。
 誠二はどちらの言い分も分かるらしく、渋い顔をして黙っている。
 みのりの味方をしたいが、抱介の気持ちも分かる。
 そんな感じだった。

「あのな、君塚。俺たちは警察じゃない。捜査なんてできない。マンガやアニメのように、推理小説のように、犯人が簡単に分かったりしない」
「どう、して?」

 きつく言い過ぎたか。
 みのりは詰まったような声を上げた。

「誰かが調べ始めたら、誰かの口に噂が上る。それは誰にも止められない。いまここでこんなにこっそりしていることだって、誰かから問題を起こした張本人に伝わるかもしれない。そうなったらどうなる。今度はお前らが狙われる。だろ?」
「でも! それじゃ季美のことを見捨てるつもりなの」

 どこまでも優等生なみのりさんはそう言ってフルフルと首を小さく左右に寄せた。
 それを最初にしたのは誰でもない、君塚なんじゃないのか、とは抱介は言わない。
 ただ、一言。

「お前、どうして朝練を早めに切り上げた? 季美はどこに行った? 友人だっていうなら、なんであいつの側にぎりぎりまでいてやらなかった?」
「どうしてそれが関係あるのよ!」

 今度は悲鳴じみた声が戻ってきた。

「抱介!」

 いい加減にしろよ、と誠二が怒りを含ませる。
 そうは言われても、こちらも困っているのだ。
 いきなり、事件を救え、あなた彼女の元彼氏なのだから、と無茶ぶりされているのだから。

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