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2.ダンジョンの爆破魔
10.自主独立
しおりを挟むああそれなら、とハサイヒメ代表のナターシャは得意げに頷いた。
「御二人にはないでしょうから、しっかりと用意しております」
「……は?」
「えっ」
情けなくもシリルとエミリアの声が重なった。
用意してあるならサッサと言えよ、とそんな感じ。
ただ、それが私達二人ですとか言われた日にはホラーだ。
パニックを起こして先に発狂するのは後輩に違いない。
そうなったらさっさと生贄に差し出して自分は逃げるのだ。
朱色の猫が助けにくるまで……それくらいならどうにかできる自信はある。
シリルにとって後輩であるエミリアを守る優先度は限りなく低い。
だが、相棒であるレムへの信頼度は海の底よりも深い。
「……見捨てて、行かせませんからね!」
「は?」
酷薄な先輩の思考を読み取ったのか、エミリアがしっかりとシリルの左腕……魔法の杖を持っていない方を握りしめてなにかを呟く。
途端、エミリアとシリフの手首をつなぐ、鉄製の鎖が魔法によって作成された。
それもがっしりしていて、数キロはありそうなやつだ。
ご丁寧にもシリルの片足にはそれよりももっと酷いモノ……こちらは十数キロはありそうな鉄球が作成されて隣にあり、それは先輩の両足に鎖でしっかりとつながれていた。
「ちょっと何やってんのよおォッ!」
悲鳴にも似た威嚇の声をシリルは上げるが、それはもう遅い。
エミリアはニタリと悪意のある笑みを浮かべ、「鎖よ生え集え」なんて口にしやがった。
それは先輩後輩を繋ぐ鎖からさらに小さな数百の鎖が……周囲の壁という壁。
床という床。
天井という天井に向けて高速で向かっていき、それぞれにがっしりと食い込んでしまった。
「逃がしませんからね、先輩」
「あんた正気になりなさいよっ、この無能ッ……」
「無能って言いましたかー。置き去りにするつもりだったんですねー、やっぱりそうだ。私だけ生贄に差し出して、そのすきに身を隠して増援を待とうとか思っていたんでしょう? 分かっているんですから、先輩の行動くらい読めるですから……」
さんざんひどい目に遭わされたからか、幽鬼さながらの表情で魂のはしっこを口の端から漏れ出しそうなそんな顔で、エミリアは死ぬなら一緒に死にましょうよ、とひんやりとした鉄の束を握りしめてシリルに近寄った。
それを頬にそっと押し当てられて、後輩の狂気にシリルはしまった、と心でぼやいた。
先を越されてしまった。
いやそれよりもエミリアを甘く見ていた。
シリルは魔族だが、エミリアも魔女だったのだ。
同じく冷酷さを持つ魔法を操る者同士、いざとなればどこまでも非情になれることを失念していた。
エミリアはふふふ、と音の残像を残しながら、あぜんとして二人を見ているナターシャにその手を差し出す。
「さあ、ナターシャ。ここに必要な器は用意しましたわ。先輩ならば、このダンジョンのコアを受け入れても死にはしないはず……いまがチャンスです!」
「わっ、私の魔力はそこまで無尽蔵じゃない!」
「何をいまさら、レム様並みに強いとか自負していたのをエミリアは忘れていませんからね! 往生際が悪いですよ」
「あ、あんただけ生き延びようとか性根が腐ってるーッ」
「先輩が後輩の犠牲になるのはあたりまえではないですか! これから先を生き抜くのは若い才能なんですよ!」
「黙れ、婚約破棄されて報復する度胸出せないで怯えている半端者になんか言われたくないーッ!」
「あっ、それ言いますか! 新人研修を任されていながら後輩を見捨てようとする駄目先輩、この駄先輩が!」
カチンときた。
イラっとした。
他人に言われるとこうも頭にくるものか。
シリルは普段、自分がオフィスで何気なく暴言を吐きかけている課長の心中が少しだけ理解できた気がする。
何ともおかしなことだ。
罪悪感なんて破片すらもたないはずの自分が、あのセクハラ上司に対して片鱗でも悪いことをしたと思ってしまうなんて。
奇妙な体験をしたと心に覚えたとき、仲良い二人の魔女のじゃれあいを見飽きたのか、ナターシャがあのーと、間延びした声をかけてきた。
「なによ!」
思わずそう怒りの声を投げつけたのは、シリルの課長に対する詫びの心が反転してしまったからかもしれない。
その声の大きさにエミリアは意表を突かれて黙ってしまい、ナターシャは、あらあら……と冷や汗を頬にかいていた。
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