王都のチートな裏ギルド嬢

和泉鷹央

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3.庭にダンジョンができた

4. マンドリン男爵

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 ……というわけで。
 二人と一匹は半ば無理矢理押し込まれるようにして、王都発テッド市行きの馬車に詰め込まれた。
 それも箱馬車とか駅馬車とかそういったものではなく。
 軍属の、縦長に普通の馬車の荷台を三台ほどくっつけて、幌をかけたもの。
 中は左右に木造りの長椅子が設えられており、その上にはクッション敷かれていない。
 椅子の下の空間はぽっかりと空いていて、そこに荷物を置く仕組みだ。

 一週間は滞在できる荷物を用意しろと言われ、大きめの旅行鞄にそれを詰め込んで指定の場所にきてみたら、この馬車が待っていた。
 先に座っていたのは軍隊……魔導師団がずらりと左右に座り、その大半は男性だが女性もいくばくかいた。
 奥の席よりも一つしかない出入口なら、途中の乗り降りに便利だからとシリルがリクエストして、三両つなぎの一番後ろの真ん中あたりに、二人は席を得た。
 
「寒い……」
「うるさいわねー我慢しなさいよ。これだからお嬢様は……」

 エミリアが濡れたカラスの羽のような腰まである黒髪を首元に巻き付けるようにして、ブルっと背筋を震わせた。
 苔色の瞳はある意味、絶望に打ちひしがれて涙目になっている。
 季節は春に近づこうとしているが、テッド市は王国の北部にある。
 夜も更けようとしている中、馬車は夜通し休むことなく動き続け不眠不休で目的地を目指していた。

 大きな幌馬車の荷台には扉というものがない。
 出入り口には幌布で閉じられている。
 しかし、そこには隙間があり春の季節風はびゅうびゅうと音を立てて車内に入り込んできた。
 エミリアは一番出入り口側に座っていて、その恩恵をもろに受けていた。

「そんなひどい言い方っ。せめてその毛布を与えてくださいよ」
「あるじゃないの。みんな同じ装備よ?」
「そうじゃなくて……」

 そう。
 乗り合わせている一同はみんな同じ毛布を配布されている。
 軍隊が使うものだから、真冬の雪国でも耐えうるような素材でできていて、暖房の魔法がかかるように、呪文が描かれた糸も編み込まれている。
 これはこれで温かいけれど、やはり風は耐えれないものもあって。 
 エミリアの視線が注がれているのは、シリルのうねる金髪の合間から見えている朱色のそれ。
 彼女の膝の上にのんびりと陣取る、朱色の長毛種の猫、レムだった。

「嫌よ。私が寒いでしょう?」
「そんな! レム様暖かそう……」
「魔女なんだから、魔法でどうにでもしなさいよ」
「それができたら苦労しませんよ!」

 そうなのだ。
 ここは軍隊の車両の中。 
 魔力に反応して爆発する魔石を原動力にした兵器も共に積み込まれている。
 それらが暴発したりしないよう、魔法の使用は厳しく制限されていた。
 エミリアがぶつくさと文句を言いながら寒さに耐えているのは、そういう理由からだった。

「マフラーくらい巻いたらいいじゃないの。ないの?」
「ありますけど。荷物の中には服も入っていますし」
「出せばいいじゃない」
「……下着もあるから……」

 周囲には女性が多いが、男性はより多い。
 天井から吊らされた魔石ランプは鈍い光を灯していて、薄暗く世界を照らしていた。
 こんな状況下で足元から鞄を引っ張り出し、荷をあさるのは賢くない。

 おまけに馬車の速度は昼間から少しは落ちたものの、きちんと舗装されていない街道を走っている。
 お尻の下からやってくる振動は腰を突き上げてきて、じっとしているだけでも辛いものがある。
 荷を開いた時点で辺りに散らばる可能性もあって、そんな冒険はできかねる状況だった。

「馬鹿ねー。夜になったら寒くなるなんて予想ができたでしょう? 明日からは気を付けることね」
「そんなあ……寝ようにも寝れませんよ、これじゃあ」
「まったくもう。お嬢様育ちはこれだから」

 付き合っていられないとばかりに切って捨てると、シリルは瞳を閉じてしまう。
 先輩は相変わらず冷たかった。
 と、エミリアがその仕打ちに涙ぐみそうになっていると、ふわっとしたものが首元に降りてくる。

「え?」
「寒いのは可哀想だからな。今夜だけだぞ」
「レム様……」

 ふわふわの猫の尾が、エミリアの首元にしゅるっと巻き付いてきた。
 レムが大勢を変え、その長い長い尾を巻きつけてくれたのだ。

「ありがとうございます」
「シリルは冷たいからな。俺に感謝しろよ」
「はいっ」

 目元をほころばせて喜ぶエミリアを確認して、レムは持ち上げていた首を竦めた。
 その夜、エミリアは親切な猫の心遣いに感謝しながら、うとうとと睡眠を取ることができた。
 翌日も翌々日も朝と昼間、夕方と夜にそれぞれ休憩を挟み、馬車が駆けること三日間。
 ようやく四日目の朝になって、目的地のテッド市の輪郭が朝陽の向こうに浮かび上がる。

「寒っ。あれね、テッドの街。古臭い街並み……」
「古き良き時代の情緒があるようでいいではありませんか。王都より古い都市ですよ?」
「あっそ。私はそんなの嫌いなの。田舎なんて特に嫌!」
「先輩?」

 前になにかの話でシリルとレムは海外からやって来たと耳にしたことがある。
 エミリアは海外の方が国内よりは文化が進んでいるから関係があるのかな? と首を傾げていた。
 市内に到着し、部隊別に編制されてそのまま市内の各所へと徒歩で移動を開始する。
 二人と一匹が配属されたのは、今回のダンジョン騒動の起点となった場所。
 マンドリン男爵家の庭に設営されたテントの中にある、指令本部だった。

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