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3.庭にダンジョンができた
5.後輩、活躍する前編
しおりを挟む人には多かれ少なかれ期待されては困るということがあるものだ。
「エミリア。前回覚えた爆破魔法。ここできっちりと役立ててね」
何気ない顔でシリルがそう言った。
指令本部の置かれたマンドリン男爵家。
その敷地内の建物を借りて外部応援要員にあてがわれた、ホテル代わりの一室でのできごとだった。
エミリアはおや? と顔をしかめる。
地下からあふれ出たモンスターたちを元の入り口に押し込めたあと、入り口を爆破して防ぐように。
そんな意味だろうか?
「できる限り頑張ります! でも、どうやって出て来たモンスターを元の穴に?」
「は? そんなまどろっこしいことしないわよ」
先輩にはさぞや素晴らしい作戦があるのだろう。
そう思って逆に質問してみたら、意外な答えが返ってきた。
どうも物騒な事を考えている気がする。
エミリアの頬を汗がつと滑り落ちた。
「へ……? モンスターたちをダンジョンに押し込めるんじゃ……?」
「数が多いからそうもいかないのよ。抵抗するもの歯向かうものは全部、ね?」
三日間も夜通し走り抜けてきたものだから、まともにお風呂すら入れてない。
髪の毛がゴワゴワになってしまって最悪だわ。
そんなことを先輩はぼやいている。
皆殺しにしろ。
耳に飛び込んできたその言葉は気のせいだろうか?
いつものように冗談交じりに言っているのだとエミリアは信じたかった。
「先輩? だってさっきのミーティング……地下の人たち、交易を求めてきてるって言ってなかったですか」
「言ってたわね。でも強力なモンスターが出てきて実際に被害が出てる地域もあるし。さっさと入り口を塞いでしまった方がいろいろと手っ取り早いのよ」
「それは分かりますけど。いえ、何となく理解できませんよ」
相槌を打てばいいのかな、と思いつつ。
被害が出ているというのは本当のことだった。
王国軍や各神々の神殿に属する神殿騎士、それに自分たち総合ギルドのテッド市やその周辺支部から集まった冒険者が、ここにはひしめいていた。
指令本部だけではなく、三万人しか人口のいない小さな小さな地方都市に、総計一万を越える人間が各地から続々と集結していた。
「さっきのミーティングでも言ってたじゃない。今のところを地下からの交易をもとめる人員だけで二万もの違法の存在が這い上がって来てるって」
「諸外国からくるのと違って、彼らの国は地下にありますもんね……。いつどこから出現しても不思議じゃないからそれは、はい」
「二つの閉じられていた世界がつながっちゃったからそれぞれに相手を知ろうとするのは悪いことじゃないけど。でもねー……未確認のモンスターまで出現されたらやってらんないわよ」
「王国では数世紀前に絶滅したって言われる魔獣とかも出てきてるって話ですもんね。そういうのが暴れまわってる……」
「ならやることはひとつだけでしょ? 私たち冒険者だし」
「でも、本部の統括者? 将軍はなるべく穏便にって言ってなかったですか。相手の生態がわからないし、怒らせたら太刀打ちできるかどうかも分からないからって」
国内で絶滅した存在。
歴史の教科書とか生物史にその名前とイラストを見ることがあるだけの、魔獣たち。
魔法の文明は時代を経過するにつれて、どんどん退化しているのが現実で。
数世紀前の魔法なんてものは、現代からすればまさしく、神々の奇跡。
なんてものに形容されるくらい凄まじいものだって存在する。
もちろん王国の外に行けば過去の遺物は当たり前のように存在していて。
魔王とか魔王とか魔王とか……。
「当たり前に存在するもんね」
「なんだ? 俺の顔に何か付いているのか」
「いえいえ。何でもありません」
シリルと自分は応接用のソファー、片方は長椅子で、もう片方は一人用の椅子が二脚ある。
その個人用に座っているのに、たった一匹で長椅子を占領しのびのびとくつろいでいるレムにエミリアの視線が注がれた。
ハサイヒメ。
ナターシャの発言やシリルの言うところによると、彼は魔王に近しい存在だという。
つまるところ、魔族においてはとんでもない権力者でとんでもない実力者。
そんな立ち位置だから、生ける伝説と呼んでもいい彼がいることをエミリアはちょっとだけ不思議な感覚で彼らと過ごすしかなかった。
「怒らせて対応ができないんだったら、軍隊なんて必要ないでしょ」
「……」
それは正論だけど、とエミリアが顔を再びしかめる。
すると先輩は、「生意気よ」とか言って手を伸ばしてきて、エミリアの左頬をぎゅうっとつねっていた。
「先輩ー痛いです!」
「後輩が生意気だから。言われた通りにすればいいの」
「えええー! だって前回だって言われた通りにして私だけ……」
「ひどい目にあったって言いたい? いいじゃないの、結果としてあなたを婚約破棄した奴に一矢報いることができたんだから」
「それは……はい」
一矢報いたのは自分の頬をつねっている先輩で。
その魔力を暴走させて管理局の入っている総合ギルドの棟の一つを崩壊させた件は記憶に新しい。
現場にいた王子二人は様々な責任を被せられて、処刑には至らなかったもののどこかの塔に永久に幽閉されるんだとか。
彼らは死ぬまで薄暗い牢屋で過ごすのだ。
まかり間違えば自分もそうなっていたと考えるとエミリアはぞっとしない。
前に起こったことはさておき。
自分の爆破魔法が果たして古代の魔獣に敵うかどうかなんて、エミリアには想像がつかなかった。
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