王都のチートな裏ギルド嬢

和泉鷹央

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3.庭にダンジョンができた

6.後輩、活躍する 中編

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「シリル、まあそういじめてやるな。お前には導く者の優しさがとことんないな……」

 はあ、とレムがため息をつく。
 相棒をいさめるように彼が言うと、シリルはぼやきながらエミリアの頬から手を放した。
 顔に赤い跡がうっすらと残っている。
 見たところ、シリルは遠慮なしに力を込めたようだった。

「ひどい目にあったわ」

 なんてエミリアはその赤く腫れたところを撫でている。
 やれやれ。
 レムは後ろ足でソファーの上に立ち、テーブルに前足をかけると後輩の前に顔を寄せた。

「レム様? 近いですッ」
「うるさい。動くな」

 スンスンと猫の鼻が息を吹きかけてくる。
 朱色の猫の瞳は猫というよりは人間の知性の光を放っていた。
 深い色のそこにはそれでも覗いてはいけない深淵が待っているように見える。
 エミリアはふとその中に吸い込まれそうな錯覚を覚え、ふいと目を逸らした。

「ふん……悪くない」
「はあ?」
「悪くないと言ったのだ」
「痛いっ……熱っ!?」

 ふわりとレムの豊の尾が腫れていたエミリアの左頬を軽く撫でる。
 ついでにざらりとした舌がその後を這うように嘗め上げてきた。
 くすぐったい。
 そう思ったら頬に焼けるような感触が走る。
 慌ててレムから身を背けたが、痛みはおさまる気配がなかった。

「レム様! 何をなさいます!」
「……別に? 俺は俺で後輩をいじめるのが楽しくてな」

 ふふんっと意味ありげな顔をして、ちらりと片頬をあげ牙を見せると巨大な猫は長椅子に戻り寝そべってしまった。
 二人していじめるなんてなんてひどい先輩たちなんだろう。
 エミリアの焼かれたかもしれない左頬の上を、じんわりと熱いものが伝わり落ちる。
 なんだか無性に虚しくなってしまい、つい、涙がこぼれおちてしまったのだ。

「優しくないー……辛いっー……」

 両目に大粒の涙を溜め、いつしかエミリアはそんな声を漏らして泣き出していた。
 これまでの様々な不満。
 心に山と積もったそれらが許容量を越したのだろう。
 貴族のお嬢様にはここ最近の経験はほんとうにひどいものだったらしい。
 王都を離れ、別の街にやってきたことで環境の変化が心にさざ波をもたらしたともいえる。
 普段は凛としている……かなりいろいろと抜けてはいるが、才女であるエミリアはどうやら心の調整を必要としているようだった。

「おいおい、シリル。やり過ぎだ」

 声を上げて泣き出したエミリアを見て、レムは俺は知らんととぼけた顔をする。
 言われた金髪の魔女はまたあ? と呆れた顔で後輩を見ていた。

「なに言ってるのよーここ最近、しょっちゅうじゃないの。この子が泣くとこ。レムがあんな特訓とかするからでしょう? 私が何もかも責任があるように言わないで」
「半分は間違いなくあるな。違うか?」
「それは……もう十六歳にもなれば女は一人前よ。結婚に行ける年齢でもある。いつまでも甘い顔をするべきではないわ」

 付き合ってられなーい、と魔女は一つあくびをする。
 そんなこと言うならあれはどうなの? シリルはそうレムに問いかけた。

「あなたにしてはいやに可愛がるじゃない」
「別に」
「ふうん、変なレム。私にだって与えない癖に……不遜だわ」
「嫉妬は醜いぞ、悪い感情だ」
「知らないわよ。浮気する猫なんて」

 湯あみをしてくる、とシリルは席を立った。
 いつまでも髪がごわごわしていてそれが我慢できなくなったらしい。
 確かに、体中がほこりだらけだ。
 綺麗なお湯で身体を清めたいという思いはエミリアにも理解できた。

「……いいなー。私もお風呂ー……」
「泣くかねだるかどっちかにしなさいよ。あんたは後! 後輩は全部、先輩の後! 私達が寝てから寝て、起きる前に起きて、私達の世話をまずすればいいの!」
「してるじゃないですか! してるのに、戦争でも役立てなんてあんまりです!」
「当たり前じゃない」
「後輩だからそう扱うんじゃないの。何言ってるのかしら。それより、レムに感謝しなさいよ、その頬。どう使うかを先に聞いた方がいいのではなくて?」

 ふんっと怒り半分、嫉妬半分の感情を込めてシリルは浴室の扉を激しくしめてしまった。

「頬?」

 なんですか、あれ。
 エミリアはもう一匹、残った先輩猫をじっと見つめた。
 返事がない。
 なんとなくいらっとした。
 座っている椅子をたちあがると、エミリアは長椅子に席を降ろした。
 猫のお尻がある方に少しだけスペースがある。
 紫色の旅のローブとしっとりと落ち着いた深緑色のワンピースと革のズボンに身を包んだ後輩がそこに体をねじこむようにして入ってくる。
 レムは仕方ないと目を閉じたまま、長い尾をよけて彼女を迎え入れた。

「どうした?」
「なんですか、頬のどうこうって」
「さて」
「教えてくれなければこの尾を燃やしますよ?」
「お前。さらりと末恐ろしいことを口にするようになったな」
「先輩のしつけが良いからです」

 目上の人間ばかり好き勝手やってそれで済むと思うなよ?
 エミリアは前回、ナターシャから教えられさんざんな目にあった上に習得した爆破魔法。
 それを朱色の猫が持つ尾の付け根にむけて発動させようとしていた。

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