31 / 34
祖国の裏切り
しおりを挟む
「皇帝陛下から恩賞を賜った」
「……恩賞? でも、勝ったのはラスディア帝国の皇帝陛下で、負けた勇者様の所属していたのはルベドナ帝国」
「ルベドナはラスディアの親戚筋にあたるからな。本家が勝てば、分家の負けはチャラになる」
「都合がいい考えかた……好きじゃない」
「俺はそうしたわけじゃない。どちらにせよ参加したということで土地と爵位を賜った」
「爵位? 貴族様になったそういうこと?」
「そういう政治も大事だろ? 俺の師匠だっていろんな国からいろんな爵位をもらってる」
「それは剣聖様だから!」
「……それを名乗っても構わないってさっき言わなかったか?」
「言った、けど。私も貴族の爵位を持っていますけど、そんなもの」
「あったからこそ、神殿の中でもそれなりに優位でいられた。そうじゃないのか」
否定はできない。
王太子の側室になるという、その条件でもらった爵位も確かにあるにはあった。
いや、今となっては何もかも剥奪されて、聖女という称号しか残ってない。それが現実だけど。
「もうそんな話を聞きたくないの。あなたはどうするつもり? 爵位がどう関係するの」
「この村とティトの大森林の間にある帝国の飛び地を、一部だが譲っていただいた」
「……そこに移住しようっていう。そんな考え? 王国と魔族は同盟を結び、帝国とは対立構造になるからいずれどこかで戦いが再開すれば、あなたは参加せざるを得ないでしょうね。帝国側の人間として」
「そこまでわかっているなら話が早い」
「あまり早くないわ。私は王国にたくさんの……今はもう私のものじゃないけれど。それでも取り戻さなければいけない城塞都市とか、神殿の中の問題を解決したりとか。もし元に戻るとしたら、聖女のままだとしたら慕ってくれる信徒を裏切れない」
「村よりも信徒が大事かよ、ライラ」
「村だけじゃない。誰もが大事よ! 私は平和を守るためにいる存在であって、戦争になったからどっちかにつくなんて……それじゃまるで聖戦に参加した勇者様たちのようなもんじゃない。今度は魔王様とも対立することになる。魔族からも人間からも神からも追われて、村が立ちいくどころの話じゃなくなるわ」
「そうかもしれないな」
「そうかもって! 理解していてそんな発言するつもり? 私は魔族になんてなりたくない!」
痛烈な皮肉だった。
魔族だと知っているのに、そうなりたくないなんて。
ライラは愚かな私、と自分に皮肉を浴びせかける。
魔族になりたくない。そんな一言はつまり、アレンの存在そのものも拒絶することだと、言ってからライラは気づきハッとする。
逸らしかけた視線をゆっくりと戻せば、しかし、彼は何も怒ってはいなかった。
「聖戦はもう向こう数世紀は起こらないだろうな」
「え?」
「魔族というか、俺と仲間たちが戦った魔王様はもう戦争なんてやらないだろう。仕掛けてくれば、政治的につぶしにかかる。それは見えてるからこんな話をしている」
「だけど、それなら更に矛盾するじゃない。子供たちを守らないと、奪われるって!」
「……魔王は一人じゃない。各大陸に数柱いるよ、ライラ。それに知らないのか?」
「何をどう知らないのか、まったく分からないわ」
「蒼狼族の魔王は南と地下の魔界にそれぞれいるよ。だが、俺たちの子供たちを狙っているのはそのどちらでもない。ちゃんと世界を旅している間に、話はつけてある」
「都合がいい話ね、それこそ信じられない。というか、最初に話の結論を持ってきてくれないと、嘘なのか真実なのかはっきりと判断できなくなるわ」
「そうすると、今度は結果だけでいい。そんな話になるだろ?」
「……そんなあなたは嫌い」
不機嫌な塊になりそうで、ライラの両耳はまさにその前兆をあらわしていて、ペタリと頭の上に伏せてしまっていた。
「黒薔薇姫様から習わなかったの? 女性ははっきりと物言いしない男は嫌いだって」
「師匠を出すな。あの人はあれはあれで、問題があるんだ……それにこんないい方でも怒りはしなかったしな。いや、何でもない」
まるで何年も連れ添った夫婦のように言う彼を見て、女心が分かっていないとライラは素直に口に出した。
さっさと結論を!
怒る聖女の剣幕に驚きながら、アレンはそうだな、と口を開く。
「高原オオカミの獣人がいるんだ。神を持たず、傭兵を生業としてる。子供をさらい、兵士に育て上げて国を維持する。そんな帝国がティトの大神殿の北側。魔王様の支配する高山地帯とラスディア帝国の間に勢力を広げている」
「……そこが子供たちを狙ってくる、と?」
「そういうことだ。だから、ここを移りたい。なにせ、レブナス王国といちばん近く、一番強い同盟を最初に結んだのはあの帝国だからな」
そんな背景、もっと最初に言って欲しかった。
頬を膨らませて、アレンを拒絶する。
寄って来るなと威嚇の唸り声すら上げてしまうそうになる。
それから未来の可能性を精査して、ライラは思い至った。
つまり、レブナス王国。いま自分たちが属している王国の国王陛下は、国益の為に自分達を見捨てたのだ、と。
「……恩賞? でも、勝ったのはラスディア帝国の皇帝陛下で、負けた勇者様の所属していたのはルベドナ帝国」
「ルベドナはラスディアの親戚筋にあたるからな。本家が勝てば、分家の負けはチャラになる」
「都合がいい考えかた……好きじゃない」
「俺はそうしたわけじゃない。どちらにせよ参加したということで土地と爵位を賜った」
「爵位? 貴族様になったそういうこと?」
「そういう政治も大事だろ? 俺の師匠だっていろんな国からいろんな爵位をもらってる」
「それは剣聖様だから!」
「……それを名乗っても構わないってさっき言わなかったか?」
「言った、けど。私も貴族の爵位を持っていますけど、そんなもの」
「あったからこそ、神殿の中でもそれなりに優位でいられた。そうじゃないのか」
否定はできない。
王太子の側室になるという、その条件でもらった爵位も確かにあるにはあった。
いや、今となっては何もかも剥奪されて、聖女という称号しか残ってない。それが現実だけど。
「もうそんな話を聞きたくないの。あなたはどうするつもり? 爵位がどう関係するの」
「この村とティトの大森林の間にある帝国の飛び地を、一部だが譲っていただいた」
「……そこに移住しようっていう。そんな考え? 王国と魔族は同盟を結び、帝国とは対立構造になるからいずれどこかで戦いが再開すれば、あなたは参加せざるを得ないでしょうね。帝国側の人間として」
「そこまでわかっているなら話が早い」
「あまり早くないわ。私は王国にたくさんの……今はもう私のものじゃないけれど。それでも取り戻さなければいけない城塞都市とか、神殿の中の問題を解決したりとか。もし元に戻るとしたら、聖女のままだとしたら慕ってくれる信徒を裏切れない」
「村よりも信徒が大事かよ、ライラ」
「村だけじゃない。誰もが大事よ! 私は平和を守るためにいる存在であって、戦争になったからどっちかにつくなんて……それじゃまるで聖戦に参加した勇者様たちのようなもんじゃない。今度は魔王様とも対立することになる。魔族からも人間からも神からも追われて、村が立ちいくどころの話じゃなくなるわ」
「そうかもしれないな」
「そうかもって! 理解していてそんな発言するつもり? 私は魔族になんてなりたくない!」
痛烈な皮肉だった。
魔族だと知っているのに、そうなりたくないなんて。
ライラは愚かな私、と自分に皮肉を浴びせかける。
魔族になりたくない。そんな一言はつまり、アレンの存在そのものも拒絶することだと、言ってからライラは気づきハッとする。
逸らしかけた視線をゆっくりと戻せば、しかし、彼は何も怒ってはいなかった。
「聖戦はもう向こう数世紀は起こらないだろうな」
「え?」
「魔族というか、俺と仲間たちが戦った魔王様はもう戦争なんてやらないだろう。仕掛けてくれば、政治的につぶしにかかる。それは見えてるからこんな話をしている」
「だけど、それなら更に矛盾するじゃない。子供たちを守らないと、奪われるって!」
「……魔王は一人じゃない。各大陸に数柱いるよ、ライラ。それに知らないのか?」
「何をどう知らないのか、まったく分からないわ」
「蒼狼族の魔王は南と地下の魔界にそれぞれいるよ。だが、俺たちの子供たちを狙っているのはそのどちらでもない。ちゃんと世界を旅している間に、話はつけてある」
「都合がいい話ね、それこそ信じられない。というか、最初に話の結論を持ってきてくれないと、嘘なのか真実なのかはっきりと判断できなくなるわ」
「そうすると、今度は結果だけでいい。そんな話になるだろ?」
「……そんなあなたは嫌い」
不機嫌な塊になりそうで、ライラの両耳はまさにその前兆をあらわしていて、ペタリと頭の上に伏せてしまっていた。
「黒薔薇姫様から習わなかったの? 女性ははっきりと物言いしない男は嫌いだって」
「師匠を出すな。あの人はあれはあれで、問題があるんだ……それにこんないい方でも怒りはしなかったしな。いや、何でもない」
まるで何年も連れ添った夫婦のように言う彼を見て、女心が分かっていないとライラは素直に口に出した。
さっさと結論を!
怒る聖女の剣幕に驚きながら、アレンはそうだな、と口を開く。
「高原オオカミの獣人がいるんだ。神を持たず、傭兵を生業としてる。子供をさらい、兵士に育て上げて国を維持する。そんな帝国がティトの大神殿の北側。魔王様の支配する高山地帯とラスディア帝国の間に勢力を広げている」
「……そこが子供たちを狙ってくる、と?」
「そういうことだ。だから、ここを移りたい。なにせ、レブナス王国といちばん近く、一番強い同盟を最初に結んだのはあの帝国だからな」
そんな背景、もっと最初に言って欲しかった。
頬を膨らませて、アレンを拒絶する。
寄って来るなと威嚇の唸り声すら上げてしまうそうになる。
それから未来の可能性を精査して、ライラは思い至った。
つまり、レブナス王国。いま自分たちが属している王国の国王陛下は、国益の為に自分達を見捨てたのだ、と。
88
あなたにおすすめの小説
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜
白崎りか
恋愛
私の婚約者は、妹に夢中だ。
二人は、恋人同士だった賢者と聖女の生まれ変わりだと言われている。
「俺たちは真実の愛で結ばれている。おまえのような偽物の王女とは結婚しない! 婚約を破棄する!」
お好きにどうぞ。
だって私は、偽物の王女だけど、本物だから。
賢者の婚約者だった聖女は、この私なのだから。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!
沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。
それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。
失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。
アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。
帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。
アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。
一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。
二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~
今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。
こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。
「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。
が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。
「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」
一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。
※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です
辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~
サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる