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「結婚式を挙げるなら春がいい」

 純白のベールで覆われた視界の向こうに鏡があり、透けた視界の向こうにウェディングドレスに包まれた花嫁がいた。
 染み一つない絹を寄り合わせたような白銀の髪は腰辺りまであり、嬉しさと婚約者から贈られた衣装に身を包んだ自身の姿を見る怖さとが同居した苔色の瞳は、それでも幸せの色を讃えている。
 花嫁の衣装合わせに同席することはマナー違反だからと、ついたての向こうで彼女の返事を待ちながら、青年は先の言葉を述べた。
 生まれて初めて見る己の姿に興奮を抑えきれないまま、花嫁になる少女はなぜ春が良いのか、と少し不思議に思った。
 いまは秋で、二人の婚約が決まってからもう一年が経過する。
 仮婚約という慣習がこの国にはあり、結婚式の三か月前から男女は居住を共にする。
 時期的に言えば、彼の言うことは妥当だった。
 しかし、と花嫁になるミオンはやはり不満だと思い、それを口に出した。

「どうして春なのですか、殿下? あなたが我が屋敷に逗留するようになったのはこの夏からですよ?」
「いや、ミオン。それはそうなのだが、その時はまだ結婚式の日取りは決まっていなかっただろう? こちら――ハーベスト侯爵家に僕が身を寄せたのは確かに、七月だが……」
「いまはもう、何月ですかジーク?」
「……十月だ、ミオン」
「そうですね、殿下。もうあれから三か月経過しておりますよ」

 ちょっと怒りを含んだ物言いをして、ハーベスト侯爵家の長女は口を不満そうに引き締めた。
 機嫌を損ねたかな?
 黒髪に薄い鳶色の瞳をもつ青年は片方の眉を上げた。
 どうしようかと一瞬迷い、春と提案した理由を述べる。

「春なら、ちょうど君の卒業式だ。誰にも気兼ねすることなく、新婚旅行に行けると思わないか?」
「……新婚旅行?」
「そうだ。それに冬場に行ったのでは僕らの式にお呼びする国内外の方々に、ほら……北方の方々はこれなくなるだろう?」
「帝国の……問題ですか」
「そうだね、それも大いにある」

 うーん……とミオンは唇に指先を当てて悩んでみる。
 侍女たちや針子によって着々とサイズや裾直しが行われている中、背筋をしゃんと伸ばしたままこれからまだしばらくは立たなければならない。
 ついたての向こうで椅子に座りのんびりとできるジークとは真反対で、不公平だと思っていた。
 そのついでに彼の話に出た帝国についてちょっと考えてみた。
「その……長く行ける新婚旅行の行き先は帝国ですか?」
「えっ、ああ。それもいいかもな」
「まだ考えていらっしゃらないのですね? 呆れた人」
「君の意見を聞いてからと思っていたからさ」
 
 ジークは男のくせに奥歯に物がはさまったような言い方をする。
 相変わらず男らしくない……。
 そんな不満を心に思いながら、それでもこの男性と生涯を共にしなければならないと思うと、結婚前の今から言い争うのは賢くない。
 ミオンはそう思って自分で自分の機嫌をとっていた。

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