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「帝国には戻られたくないのですか、殿下?」
「殿下は嫌味だね、ミオン。皇帝陛下は戻ってこいとおっしゃると思う。もちろん、ずっとではなく新婚旅行の間に顔を出すようにと、そう言われると思う」
「それであなたはどうなされたいのです?」
「僕は、そうだね……」
「もうっ。まだしばらく仮縫いに時間がかかりますから、先にお戻りなさいませ」
「分かった」 
 
 一言そう返事があり、椅子から立ち上がる音がする。
 上で待っているよ、とジークは言うと数名の付き人とともに部屋から退室していった。

「大変ですね、お姉様」
「クレア。いつからそこにいたの?」

 入れ替わりに来たのか、それとも二人の会話の間にそっと入ってきたのか。
 鏡の中にうつらない場所に、異母妹のクレアが立ち苦笑していた。

「先程、学院から戻りましたから。そんなに時間は経ってませんけど。殿下は変わらずはっきりと物言われないんですね」
「いつものことだから、もう気にしないわ」
「そうですか。自分の意思をはっきりと告げない男性との結婚は、後が大変そう」
「嫌味でも言いたいの? もう決まったことだから仕方ないのよ」
「まさか、嫌味なんてそんなこと思っていません。ただお姉様が心配で……」
「あの人だってはっきりと言いたくても周りに誰かいれば言えないことだってあるわ」
「あー……。帝国と王国の問題ですか」
「そうね」

 それは仕方ない。
 ミオンとは真逆の金髪に黒い瞳を持つ長身の妹は、なるほどと言いながら肩をすくめた。
 ヒールを履いている自分よりさらに頭一つ高いクレア。
 それに対して、十八歳なのに見た目はどうみても、十五歳にしか見えないミオン。
 大人びた妹の方が姉に見られ、本当の姉はいつも妹と間違われる。
 
「ジーク様とお姉様は誰もが羨む美男美女だから羨ましいわ」
「それはどうも。そんなことを言いに来たの?」
「いいえ、ただ許可を頂きたくて」
「また? あなたジークの邪魔をしてはダメよ。彼も忙しい時期だから」
「邪魔にならないように致します。帝国の言葉は、長く過ごされてきた殿下に習うのが一番なの」
「まあそれは分からないこともないけど」
「ありがとうお姉様」

 嬉しそうに微笑み、挨拶をして妹は部屋を出て行った。
 ミオンは帝国の言葉、か……と嘆息する。
 自分たちが住むクレイドル王国は、帝国のいわゆる属領なのだ。
 王国とは名ばかりで、王様はおらず摂政がいる。
 大公家が、この国の政治のすべてを執り行っていて、その下に地方豪族と呼ばれる自分たち貴族が存在する。
 ジークは帝室の人間で、いずれはこの国の王になる予定だった。
 ミオンは隣で付きそう侍女の一人にぼやいていた。

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