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15 捜索と買い物
しおりを挟む自分の部屋に戻り、机に向かっていても、あの感動と快感がまざまざと蘇る。
レナの手が、無意識にショートパンツの中に伸びる。
温かくて、強い。サイトーさんとのセックスを再び思い出し、クリトリスを弄った。
パソコンも、ブログも何も見なかった。
人を、欲望のために欺く自分。その被虐に、濡れた。
また後ろにひっくり返ったら大変だ。股間を弄りつつ脚を下ろし、ピーンと伸ばした。
「・・・ッ、く、・・・ッ、ああ・・・」
イキ度が深かった。汗が一気に噴き出た。
だが、冷静になって考えてみたら、今日、ヨウジは部活の合宿。母も友達と温泉に行くと言っていた。
つまり、今、家にはレナ一人だ。
なんだ。気遣うこと、なかったな・・・。
お。
こういう時にこそ。
レナは汗で張り付いたTシャツをパタパタ扇ぎながら、ヨウジの部屋の前に立った。古い、真鍮のノブを回す。案の定、回らない。
家は二十年近く前に中古で買ったと聞いた。もしかすると、築四十年以上は経っているかも知れない。古い、ボロい、家だ。
レナとヨウジの部屋のカギは今どき珍しい、昭和の時代のシロモノで、真鍮製の細い棒の先に小さな平たい、でこぼこのある板がついている、典型的な昔のタイプだった。そこから中は暗くて覗けなかったが、まさに、マンガに出て来る「鍵穴」そのものだった。
自分の部屋に戻り、ドライバーを取り出し、部屋のドアを分解してみた。
はは~ん。
このばね付きのシリンダーのギザギザが、カギのギザギザと噛み合うわけか。他のカギだとギザギザが合わない。だから、シリンダーは下がらず、鍵は開かない。
ということは、このバネを外してシリンダーを下げたままにしておけば、鍵はかからない、というわけか・・・。カギの大体の構造を理解した。
額の汗を拭った。
自分の部屋のを元通りに復元し、ドライバーとさらに千枚通しを持ってヨウジの部屋のそれに取り掛かった。女のくせに、もともと小さいころから時計やトースターを分解したりして遊ぶのが好きだった。だからこんなものは朝飯前だった。
「源氏物語」よりかは、こういうものに没頭する方がはるかに好きだった。
ドライバーを軸代わりにし、細い千枚通しを下に差し込み、さらに横の方へ曲げてやるとかちと音がして、ドアは開いた。
ヤバいわ。イケない才能だな、コレ。レナは、自分に惚れた。
早速、鍵の機構を取り外し、細工をして元に戻しておいた。
それから、捜索を始めた。
ムッとする思春期の男臭さを堪え、まずはベッドの下をチェックした。ホコリにまみれた、お約束のエロ本を発見した。ふーん、アイドル系が好きなんだな。幼稚なヤツにはお似合いだ。
だが、今回はそんなことはどうでもいい。
元通りにエロ本を収め、臭い部屋で、十六年間培ってきたヨウジの姉としてのセンサー感度をマックスにした。
自分の部屋にも鍵はかけている。だから、パンツを入手するとすればチャンスは二度。脱衣カゴの中にある時と、洗濯後に母が干した後だ。洗濯ものを取り込むのは一番帰りの早いレナだった。だから前の晩に脱いだものを次の日の夕方に目にする。
しかし、このところサキさんの調教やサイトーさんとのデートでヨウジより帰りが遅い日が何日かあった。犯行が行われたとすれば、その日に違いない。
だが、そもそも洗濯後のものなら、嗅ごうが、頭に被ろうが、さして痛くも痒くもない。二三発引っぱたいてやれば気も済む。
問題は、洗濯前の、汚れたものだ。
調教後のものは自分で風呂で洗い、自分の部屋に干していた。だが、普通の日となると、そこまで注意して処置をしていなかった。
そこまで考えて、レナは大きな見落としをしているのに気付いた。そもそも、入手経路よりも今、それがどこにあるか、だと。
去年の一回目の時、ヨウジは大胆にも、脱衣所でかごの中のレナのブラジャーを取り出して鼻にあてていた。匂いを、嗅いでいた。
だとすれば、せっかくくすねたのだから、それを、その匂いを、保存しようとするだろう。
缶、もしくは、ビン。
もう一度部屋をぐるりと見回し、それらしき物体を探した。特に本棚。他よりも奥行きの無いマンガの単行本の裏、あるいはロボットプラモデルの空き箱、そこに、もしかすると、手の平に載るぐらいの瓶か、缶が・・・。
ヨウジが大切にしているプラモデルの箱の積み重ねに目を留めた。そのパリッとした箱の並びの中の一つだけが、手あかがついてくたびれている。
ピンっとくるものがありそれを、抜いた。
あった・・・。
お姉さまのこの、崇高さが止まらないわ、おほほほ・・・。
箱を開ける。中にあった、その、小さな紅茶の空き缶の蓋を開けると、かなり発酵した、吐き気を催す悪臭が漂った。
オエッ・・・。
一時間以上も苦労して見つけ出したのが自分の汚れたショーツで、それを隠したのが実の弟。
それを発見して喜んでいる自分に、腹が立った。
絶対に現行犯逮捕してやる。
鼻息を荒くしていると、尻のポケットでLINEの着信音が鳴った。
また、サイトーさんか。やれやれ。そう思って、画面を開いた。
待ち合わせで佇んでいると、様々なことを考える。
一つは、今日の「買い物」のこと。
どこへ行くんだろう。車で市内ぐらいかと思っていたら、新幹線口で待ち合わせなんて。ただの買い物じゃないだろう。
足元の白いサンダルから覗く赤いペディキュアを施した爪先に目を落とした。
ショーツは穿いたままでいいんだろうか。また何か。おもちゃをされるんだろうか。
サイトーさんのことも考えた。昨日も、今朝もLINEが来た。
会いたくて、たまらない。
そう、彼は言った。確かに、彼は、いい人だ。
セックスも、感激した。人間的にも、尊敬できる人だ。彼といると、温かい気持ちになる。まだサキさんのもとで眠ったことはないが、サイトーさんといると安らかに眠れるような気がする。
もし、レナが彼と普通の家庭を築き子供を作ろうとするなら、それは温かい家庭になるに違いない。
だが、自分はその温かさに満足し安住できるだろうか。平凡に厭き、いつしか刺激と快楽を求め始めるのではないだろうか。現に今、これから始まるサキさんとの時間を心待ちにして、早くも股間を疼かせ始めている自分がいる。
コンコースは行き交う大勢の人の発する体温のせいなのか、妙に蒸し暑かった。
「彼氏を作れ」とは言われたが、まだ「別れろ」とは言われていない。それに、サキさんとはなかなか会えない。
定期テストで一番を取るまで、サイトーさんと逢瀬してもいいのだろうか。サキさんほどの技巧はないが、あの、巨大なペニスは、惜しい。だとしたら、卒業までずっと、一番にならない方がいいのではないか。どうせ、無理だし・・・。
一番いいのは、高校大学を終えてレナが何処かに就職するまで、この関係が続くことだ。でも、サキさんは、それを許してくれるだろうか。
LINEだ。サキさんからだ。
(改札に来て)
行ってみると、改札の向こうに、彼が立っていた。
たった二駅。一時間とちょっと。
それなのに、サキさんは仕事をするという。
「駅に着くまで、僕は仕事をしなければならない。だから、それまでは、隣同士で座っていても、全くの無関係。話しかけられたくないし、関わらない」
レナは息をのんだ。
「いいね。返事は?」
「・・・はい」
「それまで、ファッション雑誌を読むなり、瞑想するなり、好きにしろ。必要なものがあるなら、そこで買ってこい」
サキさんは、一枚のカードをレナに渡した。
それが、その言葉が、レナの、どこかの、何かのスイッチを、オンにした。
発車時刻ギリギリに、レナは戻った。両手には大きなレジ袋をぶら下げていた。
サキさんは窓際の席でパソコンを開き、片手にスマートフォンを持って、自分の世界に没入していた。隣の席に着いたレナを、一顧だにしなかった。
レナはしばらくそんなサキさんを眺めていたが、やがて、テーブルを引き出し、レジ袋から調達した物品を取り出しては、小さなテーブルに並べ始めた。
カップ入りのポテトフライ。グミ。ポテトチップス。塩コンブ。カップケーク、カップ入りのプディング、ビール、オレンジジュース・・・・。
テーブルが一杯になると、隣の席との間の広いひじ掛けの上や、窓際の狭い物置きの上に、並べ始めた。
レナの、その行動の全てを、サキさんは、無視した。
窓際の物置に何かを置く度に、パソコンの画面を見るのだが、全部英文で、グラフばかり。英語には多少の自信があったレナだが、スクロールが速すぎた。
なにをしているのか。
その詮索は諦め、攻撃方法を変更した。
サキさんの向こう側にお菓子を置く度に、胸を、必要以上に、サキさんの顔に、近づけた。
この日のために、レナは、例の「寄せて上げる」ブラジャーを用意していた。それに、今まで見向きもしなかったふわふわ系のワンピース。薄いグリーンのミニのヤツ。胸元が大きく開いていて、「寄せて上げる」効果を引き立たせている。胸元には、ネットで調べて調達した、「男をその気にさせてメロメロにするコロン」を、大量に振りかけていた。
そして・・・。
サキさんから貰ったプレイルームのカギ。それにチェーンをつけてペンダントにもしていた。
どうだ!
そう、叫びたかった。それなのに・・・。
「お前は、どうしようもない、スレイヴ見習いだね」
叱られた。
サキさんは、目も合わせてくれなかった。一生懸命に努力して装い、バリバリにセックスアピールしたのに・・・。
シュン。
黙々とパソコンに向かうサキさんの横で、ひたすらお菓子を食べた。
すると、隣でプシュッと音がした。
「ありがとうな。カワイイ奴だ、お前は」
サキさんはビールを一口のみ、そう呟いてパソコンに戻った。
その言葉だけで、レナは天まで舞い上がった。
降りる駅が近づくと、サキさんはパソコンを閉じ、ケースに仕舞った。ケースの外側のポケットから赤い首輪を出した。
「降りたらプレイ開始。着けなさい」
もう、ここでですか、とは言わなかった。嬉しかった。いそいそとそれを首に着けた。周りの目も気にならない。もう、誰が見ていようと、構わなかった。
都心は、去年いくつかの大学のオープンキャンパスへ来て以来だった。
都の中心を回る環状線への乗り換え、電車の中、プラットフォームに降り、構内の人ごみを縫って、歩く。大勢の視線を浴びまくる。
この巨大な都会では、赤い首輪をつけている程度では、誰も振り向かない。ほとんどの人は、他人に感心さえ持たない。僅かに、二三の目が、それらしき興味を抱いて、レナに視線を注ぐ。だが、それだけだ。
巨大な人口の大河を流れる水の中に、それらも消えて行く。多くの人々の欲望を丸呑みして、蠢きながら肥大してゆく。大都会とは、そんなものなのかも知れない。
レナは、たった一時間と少しで、生まれ育った街から遠く離れた巨大な街の中を歩いていた。レナを知る人間は、誰もいない。そのことが、レナをいつもより大胆にしていた。
「サキさん、腕組んでもらっても、いいですか」
彼はそれに応えることなく、黙々と歩いていた。
おほほ。
そんな態度を取ってもいいのかしら。
オチアイ カズヒロさん。
新幹線に乗る前、預かったカードで買い物をした。久しぶりに会えたのに、あんな冷たい態度を取られ、むしゃくしゃしていた。口座のお金カラになるぐらい使いまくってやる! そんなつもりで手当たり次第に陳列された品物を手あたり次第バカすかカゴに入れまくった。
会計をするためにレジの前の列に並んでいるとき、その重大な事実に気付いた。
クレジットカードに、名前がある。
KAZUHIRO OCHIAI
カードにはそう刻印されていた。裏を見れば、「落合和弘」と達筆でサインまであった。
ついに、サキさんの、いや、落合さんの本名を知った。
レナは有頂天になって列車に乗ったのだった。
しかし、お菓子を食べながら、隣で一心不乱にパソコンに向かう彼を見ているうちに、可愛そうにも思った。こんなに忙しい中、自分のために時間を割いてくれているんだ。そう思うと胸が苦しくなってきて、とても「落合さん」などと呼ぶことは出来なかった。
「あ、サキさん。カード。お返しするの、忘れてました」
レナが渡したカードを、「ん」と無表情に受け取るサキさんが、何故か可笑しかった。
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