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2023

4月1日

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 今年も4月1日がやってきました。

 でも、例年のそれとは違い、今年の4月1日は小生にとって格別な意味深い一日になりました。


 

 土曜日。

 よく晴れた朝。

 早くから、小生は荷物の積み込みをしていました。いくつかの段ボール箱。衣装ケース。自転車。小さなコタツ。そして、布団袋。

 そうです。引っ越しです。

 誰の?

 一番上の息子のです。

 なんとか志望校に合格した彼は、この春から学生寮で一人暮らしをすることになり、我が家を巣立ってゆきました。

「あ”ー、これ忘れてた」

「おまえ、そーゆーのは最初に持って来い。積み込みっつーのはな、ダンドリがあるんだ!」

 そんなこんなで半分やり直したりしたので出発が予定より遅れてしまいました。

 ですが、春のそよ風にちらほらと桜の舞い散るのどかな日です。

「ふう、終わったな。もう、忘れもんないな?」

「うん」

「じゃ、行くか」

「にいに、頑張ってねー」

 助手席に長男を乗せ、留守番の下の子たちに見送られ、出発しました。

 小さな車に詰め込めるだけの荷物で済んだのは、その日からお世話になる長男の寮が、ベッドも机も冷蔵庫も洗濯機もIHグリルも完備した至れり尽くせり完全一人部屋の個室だからです。朝夕のご飯を食べる食堂なんかオシャレなカフェみたいです。

 今を去ることン十年前。2人部屋で家具と言えば粗末な机とスタンドしかなく、冷蔵庫も無ければキッチンもない、もちろん便所は共同。食堂も風呂も時間が決まっていた、「Gさんこんにちは」の小汚い学生寮住まいだった小生のころに比べれば、雲泥の差です。

 のどかなドライブ。道もすきすき。

 ですが、あまり会話はありません。

 小生もそうでしたが、大きくなるにつれ、子供は次第に自分の世界を作ってゆきます。それに進学のことやなんやかやで語るべきことはお互いにもう語り尽くしてもいました。彼の中にも新しいステージでの期待や希望や一人暮らしの不安とかが綯交ぜになっていることでしょう。こういう時はあえて無理に話すこともありません。

 前回書きましたように、小生は音楽好きです。

 FMラジオをつけると、小生の大好きなラフマニノフのピアノ協奏曲2番が流れてきました。

「おおっ! いいねえ・・・」

 意識してませんでしたが、今年はやけにラフマニノフがかかるなあ、と思っていたら、生誕150年に当たるそうですね。

 セルゲイ・ラフマニノフは1873年生まれ。4月1日は彼の誕生日です。

「なにこれ、重! ウザっ!」

 息子はすぐにipodを取り出し、イヤホンをしてしまいました。親がクラッシック好きでも、必ずしも子供もそうなるとは限りません。それは小生が保証します。

 小生の学生時代はポータブルCDプレーヤー全盛のころでして、そんなところも時代だなあ、と思わされます。今や音楽はレコードショップやCDショップでジャケットを見て買うものではなく、ネットからダウンロードするものになってしまいました。

 仕方なく、小生はラジオを消しました。


 

 二時間ほどで、その街の住宅地と商業地区の中間のようなところにある、彼の新居となる学生寮に着きました。

 しかし、学生寮というよりは高級マンションのような外観。建物の周囲はもう、同じように息子さん娘さんの引っ越しに来ているいろんな地域のナンバーの車がいっぱいでした。

 なんとかスペースを見つけて車を寄せ、さあ、運び込みです。

 ですが、これが思った以上に面倒なものでした。

 寮の玄関はオートロック。個室もテンキーで開錠します。どっちから中にいてくれないとその度にピポパ、としなければなりません。

 拙著「セピア色の恋」でも主人公のミオの学生寮の風景を書きましたが、あれは多分に小生の経験がもとになっています。それに比べますとこんなところも時代を感じさせます。

「次、何運ぶ?」

「なんでお前出て来てんの? また開錠しなきゃじゃんか!(# ゜Д゜)」

 段ボール箱を抱えつつ、そんなカンジでアタフタやっているうちに、他の家の方々同士で協力して誰かが内側にいるようにし、ドアに誰かが近づくとちょい、と足を踏み出してドアを開けて下さる、そんな風にしてなんとか荷物を運び終えました。

 ちょうど、お昼でした。

「メシ、食うか」

「うん」

 近くの定食屋で、「引っ越しそば」ならぬ「引っ越しトンカツ」を食べて息子を置いて来ました。

「じゃあな。しっかりやれ」

「うん」

「困ったことがあったら電話してこい」

「うん」

「それでな・・・」

「ああ、もういい、わかったから。早く帰れば」

 きょうびの若い人は、だいたいこんなもんです。

 

 帰り道。

 息子が生まれた時からの思い出を反芻しながら、ハンドルを握りました。

 早く大きくなれ。そう思いながら育ててみれば、いつの間にか自分の背丈よりも大きくなり、いつの間にか巣立って行ってしまう。それが子供というものです。

 いつかはこういう日が来ると解ってはいつつも、イザその時になると、感傷が襲ってくるもんですねえ・・・。

 ですが、家に帰って一仕事終えたとホッと一息ついたとたんに、LINEが。

「あのさ、ガス出ないんだけど。シャワー浴びれない」

 置いてきたはずの、息子です。

「お前さ、そんなのこっちでわかると思うか。管理人さんに聞け!」

「あとさ、IHグリルってどうやって使えばいいの?」

「説明書が付いてただろ!」

「カーテンてさ、レースのやつ付けなきゃいけないの? なんか、手前にカーテンあるとメンドイ」

「そういうのは最初にレースからつけるだろ、フツー・・・」

 あまりにも下らないやり取りですが、全て事実です。

「にいに、なにやってんの?」

 留守番してくれていた下の子供たちもあきれ顔をしています。

 やれやれ・・・。

 いきなり先が思いやられたわけですが、まあ、これも彼の試練でしょう。

 そんなこんなで、ドタバタの4月1日は、終わりました。


 

 その翌日でしたでしょうか。

 TVで作曲家の坂本龍一さんの訃報を知りました。

 長らくガンの闘病生活を送られていたとは聞いていましたが、素晴らしい音楽を作り続けた偉大な作曲家の死に、しばし呆然となりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

 亡くなったのは3月28日だそうですが、奇しくもその命日はセルゲイ・ラフマニノフと同じだったのが、妙に印象に残りました。
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