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第二章 対決
31 「子供の声が聞こえる!」
しおりを挟む「やはり敵が何か仕掛けてくるのでしょう。包まれると厄介です」
ラカ少佐が参謀長に進言した。
「艦を停止して内火艇を下ろしましょうか」
内火艇を先行させて偵察させるためであろう。
「その必要はありません、閣下!」
艦長席からチェン少佐が言った。
「今機関を止めて停船すればそれこそ敵の思うつぼです。むしろやや増速してこのまま突っ切るべきです。毎時6ノットなら一時間は早く海峡を抜けられます。それに向かい風ですから小舟の帆掛け船には航走中の本艦を追尾捕捉することは不可能です!」
何故か参謀長の反応が鈍かった。長官は沈黙のまま前だけを見つめていた。
すると再びメインマストの上から伝声管が叫んだ。
「前方500に船影らしきものあり!」
すぐにチェン少佐のキビキビした声が上がった。
「先任士官! 全艦、戦闘配置! 」
「アイ、サー! 全艦戦闘配置、下令します!」
けたたましいベルが鳴り響き、両舷側で警戒していた砲術科の兵たちが一斉に副砲のある下甲板下に降りていった。続いてヨードルの戦闘配置下令が艦内放送で流れた。
「ブリッジから全艦に達する。全艦戦闘配置につけ! これは演習ではない。繰り返す。これは演習ではない!」
「爆薬を積載した小舟の可能性もある。機銃を取り外して艦首に移動させろ! 体当たりされる前に撃沈するんだ!」
チェン少佐は矢継ぎ早に命令を下していったが、彼の懸念した通り、敵はミカサの最も弱い真正面から攻めてくる可能性が高かった。
陸軍の100ミリ榴弾砲を改造して射程を伸ばした主砲を4門も搭載し、70ミリの副砲を左右舷に10門ずつ20門備えているとはいえ、真正面や真後ろには主砲しか使えず、しかも近接戦闘では射角が取れない。機銃取り外し移動はそのための処置だった。
「チナ語のできる者に停船を呼びかけさせろ。指示に従わなかった場合は適宜発砲を許可する!」
参謀長も長官もラカ少佐も、チェン少佐の命令には異論を差し挟まなかった。
艦中央の機銃座から機銃が移動され艦首に据え付けられようとしている間にも船影は刻々と近づいてくる。
そしてさらには、
「前方さらに別の船影を発見! 数隻、いや10隻以上います!」
もうそれはブリッジからも肉眼で視認できるほどだった。
「機関増速、舵中央! 敵性小型船の群れを中央突破する!」
「アイ、サー 機関増速!」
「舵、中央。アイ」
操舵とスロットルの水兵が復唱する。
が、石炭をボイラーで燃やす蒸気船というのは急には増速できない。しかも燃料節約のため12ある窯の3つしか炊いていない。最大速でも6ノットがせいぜだった。それでも潮の流れに乗ってやってくるだけの小舟には有効だった。
「両舷最前部副砲のみ、射角に入ったものに照準せよ!」
「アイ、両舷最前部副砲照準します」
砲術長が復唱し、ギリギリに射角に入った小舟を狙わせるため伝声管に命令を伝えた。
と、艦首に移動した機銃座から射撃準備完了の合図が送られた。
「副長! 機銃射撃準備完了しました!」
「ヨードル海曹長、警告は出したか」
「メガホンで怒鳴らせてますが、反応ないようです!」
一瞬、ブリッジに静寂が訪れた。
副長、チェン少佐は、コマンダーシートを巡らし、言い放った。
「参謀長! これより本艦は自衛のため、敵性船舶に対し攻撃を開始します」
副長はそう宣言し、命令を下した。
「砲術長! 前部機銃、打ち方始めっ!」
「アイ、サー。前部機銃、打ち方始めます!」
ブリッジの張り出しにいた砲術科の下士官が手旗で信号を送った。機銃の傍に控えた下士官が了解の旗を振ったのが見えた。
すでに最初の小舟はもう100を切るほどの距離にいた。この距離なら外しっこない。小さな小舟は20ミリ機銃の連続射撃を浴びて木端微塵になるだろう。
「ブリッジより全艦に達する。各員、敵船の爆薬の誘爆に備えよ!」
ヨードルが放送を通じて注意を促した時だった。
前部機銃の傍にいた下士官が止まれの合図をブリッジに向けていた。
「・・・なんだ? どうしたと言うのだ」
砲術長が訝り、張り出しに出ていった。
機銃座の傍にいたもう一人が伝声管のある前部砲塔に駆け込むのが見えた。すぐにヨードルが前部主砲塔に繋がる伝声管に耳を近づけた。
「副長、いますぐ攻撃を中止してください。子供の声が聞こえるそうです」
「なんだと?」
すると張り出しに出ていた下士官も、
「子供の声が聞こえます! 間違いありません」
「小舟の総数40以上! そのすべてに小さな子供が大勢乗っています!」
報告は各部の伝声管から複数上がって来た。
「いかん。このままだとぶつかるぞ!」
ハンター少佐が叫んだ。
「全艦、攻撃中止! 機関急速逆進! 各員、反動に備えよ!」
チェン少佐の命令が飛び、すぐさま放送や伝声管を通じ艦内各所に伝達された。急に逆回転を始めたスクリューによって、何かに掴っていなかった乗員たちは慣性で前につんのめりそうになった。
ヤヨイはその一部始終をつぶさに見た。
そして・・・、思い出していた。
あれほどに拒否していた今回の任務。
それなのに、彼女が引き受けることにした、その理由を、である。
「ウリル閣下、やはり、閣下の仰ったとおりでした」
そう呟きながら、ヤヨイはポケットに忍ばせていた皮ひもを取り出した。ブルネットを後ろで束ね、しっかりと結んだ。ヤヨイの蒼褪めるほど白い肌に、うっすらとではあったが、次第に義憤に燃える紅(あか)が差し、その碧眼には憤怒の光が宿っていた。
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