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第二章 対決
48 「耐えて下さい!」
しおりを挟む目指すパイプスペースの入り口はすぐに見つかった。
艦橋直下、上甲板下の対爆装甲とヤヨイの居室のあるフロアの天井との境を這う、通風孔を兼ねた狭い管。その入り口扉もまた狭く、先任士官の言う通り、彼の巨体ではそこに入るのは難しかろう。
機関室から拝借してきた工具でボルトを緩め、ドアを開ける。するりと身体を滑り込ませ、ドアを閉めた。全くの暗闇。マッチを擦ってカンテラを灯し、目の前の梯子を上る。すると、上と艦の前部後部に向かうダクトの交差点につく。膝を抱えたヤヨイの頭がつくくらいの高さはある。そのはるか上はブリッジの背後まで通じているのだろう。
さっそくカンテラを翳し、ダクトの壁を這う何本もの伝声管の表面を調べた。まず、艦の前方に向かう管を辿り、その表面に書かれている文字を読む。
あった。
「前部主砲塔下弾薬庫」
その管をさらに追い、ジョイント部を探す。これも難なく見つかった。
「ジョイントは二つに分離します。中央の合わせ目で左右逆方向に回せば切り離れるのです」
ヨードルの説明通り、レンチを使って互い違いに回すとそれはラクに滑り、やがて切り離すことが出来た。上のブリッジに向かう管にぼろきれを詰め込み、反対の全部に向かう管に向かって話しかけた。
「前部弾薬庫、ハンター少佐。応答願います。砲術長はいますか?」
前部連装主砲塔直下、弾薬庫。
無数の100ミリ主砲弾、70ミリのそれや発射装薬がギッシリ詰まったほぼ艦底部の部屋は、バイタルパートであるエンジンルームと同じ、分厚い装甲に守られた堅固な牙城である。
ただし、保管している装薬や弾薬が一発でも爆発すれば、そこにあるすべての弾薬に誘爆し、艦は真っ二つに割れ、ミカサは沈没するだろう。
そのことは砲術科だけにそこに籠城している全員が知っていた。もちろん、そこにいる彼らも身体の一部さえ残らず四散して跡形もなくなり、死ぬ。
「もし、敵兵が強引に侵入しようとしてきたら・・・。わかるな?」
ハンター少佐の手元には砲弾から外した信管がある。それを装薬に刺し、ハンマーで撃ち込めば、爆発する。
そう心に決めて籠ったはいいが、しかし、苦痛だった。
外の状況がわからない。それにこの状態がいつまで続くのかの不安と戦わねばならなかった。
でも、それは絶対に口にはしない。兵たちが動揺してしまうからだ。それは後部の弾薬庫を託して送り出した、部下の砲術科の中尉にも幾重にも言い聞かせた。
「いいか。自棄になるな。必ず援軍は来る。必ず来る。兵たちにもそう言い聞かせろ!」
だが・・・。
もう1時間は経つ。兵たちの顔にも先の見えない不安からくる疲れが見えてきた。
ブリッジは、長官やスタッフたちはどうしただろう・・・。
時折微かに聞こえるチナ語の叫びや大勢の足音に、ともすると不安になる心を励ました。
せめて一緒に籠城しているエンジンルームや後部の弾薬庫と連絡が取れれば心強いのだが・・・。残念ながらミカサの艦内連絡網はそういう設計にはなっていない。それを知りつつも、求めてしまう。
と。
「・・・砲術長、ハンター少佐、聞こえますか?」
その女性の声はあまりにも小さすぎて、危うく聞き逃すところだった。すぐに伝声管の傍に寄った。
「こちら、前部弾薬庫、ハンターだ。聞こえるぞ!」
「シーッ!」
伝声管の声が囁いた。
「通信科のヴァインライヒです。艦内をうろうろしている敵に聞えます。ウィスパーで喋ってください」
「おお、キミか。今、ブリッジか? 敵はどうなった」
ハンターは声を落として尋ねた。
「今、ブリッジ下のパイプスペースからお話ししています。みなさん、無事ですか?」
「こちらは全員無事だ!」
ハンターは答えた。
「現在の状況をお話しします。
ブリッジはチナ兵に占拠され、長官以下幹部士官の方々は幕僚室に監禁されています。
現在、エンジンルームは健在です。立て籠もり組以外の将兵は居住区と兵員食堂にいます。いまのところチナ兵に危害を加えられた兵はいません」
「そうか。それは良かった。で、キミはどうして・・・」
「申し訳ありませんが、今詳しい訳をお話ししている時間がありません。援軍は確実に来ています。どうか今しばらく耐えてください。これから後部にも連絡します。何かお伝えすることはありますか」
「今キミが言ってくれたことが全てだ。頑張ってくれと伝えてほしい!」
「わかりました!」
伝声管の少女は答えた。
「これから小官は、実力でチナ兵を排除するつもりです。終わったら、ご連絡します。では!」
あとは、ゴーっ、という微かな空気の音以外はもう、しなかった。
「みんな。すぐそこまで援軍が来ているそうだ。あと少しの辛抱だ。頑張ろうな!」
そう、部下を励ました。だが・・・。
いったい、何なんだあの娘は。
たった一人で、しかもまだうら若き女性が、どうするというのだろう。
彼女は、何者なのだろう。
閉鎖された対爆天井の、彼女がいるだろうブリッジの下あたりをゆっくりと見上げ、ハンターは独り言ちた。
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