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第二章 対決
51 ヤヨイ、捕まる
しおりを挟む「もうしばらくの辛抱です。頑張って下さい!」
後部弾薬庫との連絡を終え、カンテラを吹き消した。あとはチナ兵を出来る限り排除する。その一点のみになった。
ダクトの点検ドアに耳を寄せ、外の気配を探った。ダクトの中は絶えず空気の流れがあり、その音が外の気配を感じるのを邪魔していた。火薬の匂いも感じなかった。
まず、大丈夫だろう。
少しだけドアを開いた。通路の明かりが目を射た。外の気配がより明瞭になった。脚から外に出し、次いで身体を引き出した。
「静かに。ゆっくり、出て来る。床に膝つく。それしない。あなた首飛ぶ」
片言の低い帝国語が響いた。
ドアから差し出したヤヨイの頭の上に抜き身の半月刀が光っていた。
この態勢では反撃できない。
ゆっくりと外に出て、床に膝を突いた。すぐに左右の気配を探った。両側に、二人ずつ。計四人。一人が左側からヤヨイの頭上に刀を振りかざしている。火薬の匂いだ。左右の一人ずつが銃の火縄に火を点け、火蓋を開いた。右の一人も抜き身を持っている。
「そのまま、ゆっくり、前、出る」
右の半月刀ヤヨイの前に進み出て半月刀を首に当ててきた。もう一人の半月刀が刀を置き、ヤヨイの腕を後ろで縛った。
「立つ。ゆっくり、歩く」
通訳しているのは左の銃を持った男だ。ヤヨイは立って首筋に当てられた刀に押されるまま、上に向かうステップに向かって歩いた。
テイは白人の華奢な少女の腕を取り半月刀を首に当てていた。
こんなか弱そうに見える女が何人もの手下やツァオを殺ったというのか。
このままミンの待つブリッジに連れて行けば、3両になる。だが、そこでテイは嗜虐心をそそられた。女は数えきれないほど抱いたが、真っ白な肌と目の覚めるような青い瞳の白人の美少女は初めてだった。それにこの娘は弟のツァオを殺った仇だ。
首領のところへ連れて行く前に、存分に辱めてやる!
そんな邪心を起こさねば、彼もすぐに弟の後を追ってあの世に行くことはなかったかもしれない。が、彼は欲望に耐性がなかった。
通路の左に少しドアの開いた部屋があった。
「チンペイ! 来い。他の者は外で待っていろ」
白い肌の美少女をその部屋に連れ込み、部下に半月刀を持たせて少女をベッドのヘッドレストのポールに縛り付けた。
「後からお前にもヤラせてやる。しばらく外に出ていろ」
そう言って部下を通路に出し、ドアを閉めた。
ふん・・・。
武術の手練れだというが、縛り付ければなんのことはない。ただの小娘ではないか。
だが、その小娘は怯えるでもなく、泣き出すでもなく、脚を折り曲げ、冷たい宝石のような青い目をしてじっとテイを凝視していた。
少女の身体から放たれる甘い香りを嗅ぐばかりに顔を近付け、その細い顎に指を触れた。
「思い切り、辱めてやる・・・」
そう言って舌なめずりをした顔が、急に歪んだ。
痛みを超えた灼けるように熱い衝撃。自分の胸を見下ろすと、少女の短靴の先から不条理にも飛び出した刃物が深々と心臓を貫き、赤い鮮血を迸らせていた。
「あ・・・。あ・・・」
目の前が急に暗くなっていった。
テイの大脳の奥底にある懐かしい記憶の保管庫がふいに開いた。
束の間。ツァオと二人で虫を追って遊んだ幼少の思い出を、鮮やかにそのスクリーンに映した。だが、いつしかそれは暗転し、永遠の暗闇の中に沈んでいった。
ヤヨイは脚を器用に折り曲げて仕込み靴を脱いで後ろに縛られた手に運び、刃物で縄を切った。自由になった両手でリヨン中尉が用意してくれたその靴をしげしげと眺め、ひねった踵を戻し刃先を収め、思い直して再び刃物を飛び出させた。刃物を摘まんでクイッとひねると簡単に靴から離れた。持っていれば何かの役に立つかもしれないと思った。
敵兵の噴き出した血でどす黒く染まったトラウザーズを見下ろした。
「子供を盾にするような鬼畜でも血は赤いのね。でも、血が流れるのはあまり好きじゃないわ」
もう片方の靴も脱いでドアの際に立った。
「きゃーあっ!」
大声を上げた。
異変か? 通路にいた2人の兵がドアを開けて部屋に入って来た。敵兵は口々にベッドに横たわったテイの名前を呼び、叫び、背後にいるヤヨイに気付いた時には2人とも回し蹴りと手刀によって首の骨を折られ、即死していた。
通路に残った一人が部屋の中にダーンッ、と一発銃を発射し、駆け去ってゆく足音を聞いた。あの女指揮官に報告に行くのだろう。
ヤヨイは血を浴びたトラウザーズを脱ぎ、素脚を晒した。軍用ショーツにシャツ一枚。やはりこのほうが動きやすい。陸軍兵がトラウザーズではなくレギンスを穿いているのはそれなりに意味のあることだったのだと納得してしまう。
「でも靴を履かないとまたフレッドに怒られてしまうかも・・・」
これで、7人。目標の10数名の半数を排除した。さっきヤヨイを襲おうとしたのは下級指揮官だろう。それなりのダメージは与えたとみていいだろう。
ヤヨイは驚いていた。自分が殺めた敵兵の死体を見下ろしつつ冷静に戦果を分析している自分に。
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