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第二章 対決
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ブリッジを目指しながら一人、また一人と敵兵を排除していった。ヤヨイは確実に敵の戦力を削いでいた。
これで10人は殺った。そろそろ敵の親玉もしびれを切らすころだが・・・。ヴィクトリー艦隊の到着まであと30分ほどだろうか。
物陰に潜みつつ自分を捜索している敵兵の気配を探していると、人気(ひとけ)のない艦内通路のスピーカーが、ガガと鳴った。
女性の声でチナ語の指示のようなものが放送され、艦内の気配が一気にざわめきだした。チナ兵たちが移動している。ああ、あの女首領が何かの命令を発しているのか。
「艦内をウロチョロしているメスネズミに告ぐ!」
メスネズミ、とはわたしのことかしら?
失礼な!
「そろそろ決着を付けようではないか。舳先に来い。さもなくば、お前たちの司令長官が死ぬ」
それも想定された敵のオプションにあった。敵は長官か士官たちか水兵を人質に投降を強いてくるかも、と。だが、これで立て籠もり組や下士官たちが動揺するとマズい。
とにかくも状況を把握することだ。
ヤヨイは上甲板下の通路を艦首方向に向かって音もなく駆けていった。
「大佐。どうも貴方のご希望には沿えないようだ。
迂闊だったな。貴方の亡命も、ミカサの強奪も、すでに察知されていたのだ。だから帝国はあのネズミをこの艦に乗せていたのだ。あんな小娘一人に・・・。こちらはいい迷惑だ!」
ブリッジに戻って来たレイは荒れていた。憎々し気にそう吐き捨てると、艦内放送のマイクを掴んだ。
「あの忌々しい娘は必ず殺す。それだけは言っておくぞ」
スイッチを入れ艦内放送でヴァインライヒ少尉を呼び出すと、彼女はすぐにブリッジを降りて行ってしまった。
違う。何かが、違う。
こんなはずではなかった。
そんな思いがルメイをとらえた。
降伏交渉の時、ベールを剥いだヴァインライヒの、自分に向けられたあの蔑んだような視線が目に焼き付いていた。あの美しい可憐な美少女が、自分の企みを全て知っていたエージェントだったとは・・・。あの、甘えたような微笑みも、可愛らしい仕草も、全て作り物、ウソであったというのか。
亡命は、自らの誇りを守るためだった。帝国には容れられなかった自分の新天地を求める企てだった。そして、自分を容れなかった海軍省の頭の固いヤツらに一泡ふかしてやりたかったのだ。あんな、蔑みに満ちた目で軽蔑されるためではなかった。
どうしてこうなってしまうのだ!
ルメイは、チナという新天地であわよくば若い才能あふれる少女と共に余生を生きる望みが絶たれたのを知った。軍人にはまったく似つかわしくない、驚くほどのロマンチストだった。
だがそもそも、見せかけの栄華を誇ろうとして気に染まぬ貴族の妻を娶り、自分の意見が受け入れられなかったというだけで海軍の上層部と対立した軽率な決断が招いた自業自得である。もっとも、そうした冷静な分析ができるほどならば、今ここで見ず知らずの他国の兵に囲まれて陸(おか)をノロノロ走る機関車に曳航されつつあるみじめな戦艦のブリッジで無聊をかこっているはずもない。
たまらなく、虚しかった。
眼下の上甲板の舳先にはワワン中将が引き立てられ、艦首のフラッグポールに繋がれようとしていた。そして前部砲塔の前には乗り込んできたほとんどのチナ兵が終結し、長官を助けんがためにやって来るヴァインライヒ少尉を待ち伏せている、という構図。
たまらずに席を立った。
「ルメイサン、どこへ?」
ブリッジの留守居を託されたチナ兵がたどたどしい帝国語で言った。
「フラウ・ミンに加勢してくるのだ」
「ルメイサン、待つ! 行く、ダメ!」
行ってどうなるという当てもないのに、ただその場に居た堪れないというだけで、ルメイは前部上甲板に降りていった。
説得するのだ、と思った。ヴァインライヒ少尉を説得し、ミン・レイを説得する。そしてこれ以上血が流れるのを止めるのだ。
だが、説得してどうにかなるものならすでにそうなっているだろうし、軽蔑されている者の話に真摯に耳を傾ける者がいるだろうかという疑義さえ抱けなかった時点で、彼の価値はすでに落ちるところまで落ちていたのだった。
彼の悲劇の本質は、そこにあった。
前部砲弾薬搬入ハッチは前部砲塔のすぐ横にあった。幸いにもまだ発電機は回ってくれていたが、制御しやすい手動に切り替えてハンドルを少しだけ回した。ほんのわずかの隙間から艦の外の陽光が差し込んできた。そこからそっと、覗いた。
やはり、いた。総勢一個小隊、30名ほどの敵兵が100ミリ主砲の下に群がっていた。その向こう側、艦首のポールに司令長官が縛られている。
再びハッチを締め、しばし考えた。
敵は最後のカードを切った、というわけだ。
例えばエンジンルームの立て籠もり組を引き連れて敵の兵を制圧し、女指揮官だけを狙撃する方法もある。だがその場合銃に不慣れな水兵が後ろの長官を誤って撃ってしまう可能性は大きい。
一時的にもせよ、手前の集団を無力化することが出来れば、あとは一人で立ち回った方がよさそうだ。だが、どうやって・・・。
そうだ!
アレがあるではないか!
ヤヨイは手薄になった艦内を、一路エンジンルーム目指して音もなく駆け出した。
これで10人は殺った。そろそろ敵の親玉もしびれを切らすころだが・・・。ヴィクトリー艦隊の到着まであと30分ほどだろうか。
物陰に潜みつつ自分を捜索している敵兵の気配を探していると、人気(ひとけ)のない艦内通路のスピーカーが、ガガと鳴った。
女性の声でチナ語の指示のようなものが放送され、艦内の気配が一気にざわめきだした。チナ兵たちが移動している。ああ、あの女首領が何かの命令を発しているのか。
「艦内をウロチョロしているメスネズミに告ぐ!」
メスネズミ、とはわたしのことかしら?
失礼な!
「そろそろ決着を付けようではないか。舳先に来い。さもなくば、お前たちの司令長官が死ぬ」
それも想定された敵のオプションにあった。敵は長官か士官たちか水兵を人質に投降を強いてくるかも、と。だが、これで立て籠もり組や下士官たちが動揺するとマズい。
とにかくも状況を把握することだ。
ヤヨイは上甲板下の通路を艦首方向に向かって音もなく駆けていった。
「大佐。どうも貴方のご希望には沿えないようだ。
迂闊だったな。貴方の亡命も、ミカサの強奪も、すでに察知されていたのだ。だから帝国はあのネズミをこの艦に乗せていたのだ。あんな小娘一人に・・・。こちらはいい迷惑だ!」
ブリッジに戻って来たレイは荒れていた。憎々し気にそう吐き捨てると、艦内放送のマイクを掴んだ。
「あの忌々しい娘は必ず殺す。それだけは言っておくぞ」
スイッチを入れ艦内放送でヴァインライヒ少尉を呼び出すと、彼女はすぐにブリッジを降りて行ってしまった。
違う。何かが、違う。
こんなはずではなかった。
そんな思いがルメイをとらえた。
降伏交渉の時、ベールを剥いだヴァインライヒの、自分に向けられたあの蔑んだような視線が目に焼き付いていた。あの美しい可憐な美少女が、自分の企みを全て知っていたエージェントだったとは・・・。あの、甘えたような微笑みも、可愛らしい仕草も、全て作り物、ウソであったというのか。
亡命は、自らの誇りを守るためだった。帝国には容れられなかった自分の新天地を求める企てだった。そして、自分を容れなかった海軍省の頭の固いヤツらに一泡ふかしてやりたかったのだ。あんな、蔑みに満ちた目で軽蔑されるためではなかった。
どうしてこうなってしまうのだ!
ルメイは、チナという新天地であわよくば若い才能あふれる少女と共に余生を生きる望みが絶たれたのを知った。軍人にはまったく似つかわしくない、驚くほどのロマンチストだった。
だがそもそも、見せかけの栄華を誇ろうとして気に染まぬ貴族の妻を娶り、自分の意見が受け入れられなかったというだけで海軍の上層部と対立した軽率な決断が招いた自業自得である。もっとも、そうした冷静な分析ができるほどならば、今ここで見ず知らずの他国の兵に囲まれて陸(おか)をノロノロ走る機関車に曳航されつつあるみじめな戦艦のブリッジで無聊をかこっているはずもない。
たまらなく、虚しかった。
眼下の上甲板の舳先にはワワン中将が引き立てられ、艦首のフラッグポールに繋がれようとしていた。そして前部砲塔の前には乗り込んできたほとんどのチナ兵が終結し、長官を助けんがためにやって来るヴァインライヒ少尉を待ち伏せている、という構図。
たまらずに席を立った。
「ルメイサン、どこへ?」
ブリッジの留守居を託されたチナ兵がたどたどしい帝国語で言った。
「フラウ・ミンに加勢してくるのだ」
「ルメイサン、待つ! 行く、ダメ!」
行ってどうなるという当てもないのに、ただその場に居た堪れないというだけで、ルメイは前部上甲板に降りていった。
説得するのだ、と思った。ヴァインライヒ少尉を説得し、ミン・レイを説得する。そしてこれ以上血が流れるのを止めるのだ。
だが、説得してどうにかなるものならすでにそうなっているだろうし、軽蔑されている者の話に真摯に耳を傾ける者がいるだろうかという疑義さえ抱けなかった時点で、彼の価値はすでに落ちるところまで落ちていたのだった。
彼の悲劇の本質は、そこにあった。
前部砲弾薬搬入ハッチは前部砲塔のすぐ横にあった。幸いにもまだ発電機は回ってくれていたが、制御しやすい手動に切り替えてハンドルを少しだけ回した。ほんのわずかの隙間から艦の外の陽光が差し込んできた。そこからそっと、覗いた。
やはり、いた。総勢一個小隊、30名ほどの敵兵が100ミリ主砲の下に群がっていた。その向こう側、艦首のポールに司令長官が縛られている。
再びハッチを締め、しばし考えた。
敵は最後のカードを切った、というわけだ。
例えばエンジンルームの立て籠もり組を引き連れて敵の兵を制圧し、女指揮官だけを狙撃する方法もある。だがその場合銃に不慣れな水兵が後ろの長官を誤って撃ってしまう可能性は大きい。
一時的にもせよ、手前の集団を無力化することが出来れば、あとは一人で立ち回った方がよさそうだ。だが、どうやって・・・。
そうだ!
アレがあるではないか!
ヤヨイは手薄になった艦内を、一路エンジンルーム目指して音もなく駆け出した。
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