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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。
68 王都に迫るハーニッシュ
しおりを挟むペールの吐いた些細なウソは、巨大な力と力のぶつかり合いに発展しかけていた。
「バロネンに、ノルトヴェイト様に危険が迫っています!
国王は、ノルトヴェイト様を王宮に招き寄せて密かに殺そうとしているかもしれません。
それを帝国に知らせるために、オレは・・・」
「なんだと?!」
事実はアクセルが怪しいというその一点しかなかった。
でも、もう全部どうでもいい!
ノールなんかどうなってもいい!
口から出まかせ。破れかぶれに吐いたウソは、一面では真実でもあった。バロネンを殺そうとしたのは国王ではなく皇太后だったからである。
でも、そんなことは露ほども知らないペールは、自分の吐いたウソがたちまちのうちに真夜中のハーニッシュの村から村へ知れ渡り、ついには最長老のハンヴォルセンの耳に入るころにはもう、各郷から手に銃を携えた男たちが、雨の中彼の屋敷を取り囲んでしまっていたのだ。その数はもう、十や百の単位ではなくなっていた。ハンヴォルセンの家を取り囲んだ黒い装束の男たちは降り続く雨を蒸発させるかのように皆怒りをたぎらせていた。
マジかよ!
こんなに集まるなんて!
どうなってもいい、と言ったわりに、ペールは次第に恐ろしくなっていた。
彼は、いつもそうだった。
人を平気で困らせ、平気で欺いてきたくせに、その当然の結果に対する覚悟がなかった。
常は歩くよりも早く移動してはならないのがハーニッシュの掟だったのに、ハンヴォルセン自らが、
「急がねばならん! 此度はノルトヴェイト様のお命がかかっている! 神も許したまう! できるだけ早く、ノルトヴェイト様を助けまいらせねば!」
それで、この大雨の夜道の道中、馬車も騎乗の者も徒歩の者が小走りで行くのに合わせて、急いでいた。馬車や徒歩の者たちが下げたカンテラが降り続く雨の中そこここで怪しく揺れていた。
その、急行軍の武装した者たちの真っ只中に、ペールはいた。
疲れ切った黒毛はノラの実家ムンク家の厩に置いてきた。
ハンヴォルセンの馬車に乗せられ、周りには数十名の銃で武装した者たち。みんな一様に無言でただひたすらにオスロホルムへの街道を東に向かって走ってる。
そのあまりにも異様過ぎる一団は、もはやかつての同胞とも、同じ人間とさえも思えなかった。
もう、どこにも逃げられない!
すぐそばでざあざあぶりの雨に打たれながら歩みを止めない幼馴染のクリスティアンにさえ、
「もしウソだったら、お前、殺されるからな。ウソは神の教えに背く。里を追放された時点で、お前はもう同じ人間じゃないんだから」
そんな恐ろしいことを言われ、震えている始末。
もうすでに人ひとり殺めているというのに、あまりにも情けない自分を殺したくなってきた。
雨雲が明るくなってきた。
ハンヴォルセンは隣で震えているペールを顧みた。
「寒いのか?」
と。
追放の身にもかかわらず同じ村のムンクの家に居た娘、ノラを唆し、村を出奔させた。
いや、その前には同じ村のリカルドという若者から結婚の儀を終えたばかりの新婦メッテを奪い、連れ去り、しかも都の女衒に売り払ったと。
いや、その前には・・・。
度重なる掟破りの末に両親までも病に追い込み死なせた。里を追放されるは当然の罰。そのような者とは二度と相まみえてはならぬ。
本来はこのような若者に対してはそれがふさわしい相対し方のはずであった。
だが。
このペールが、わがハーニッシュの大恩人であり救世主たるクラウス様の末裔を里に案内した。その救世主の末裔ノルトヴェイト・ヴァインライヒ様の願いをお聞き入れするは当然のこと。
「ペールの罪は聞き及んでおります。ですが、どうか、わたくしと共に参るときだけは、このペールもお里に迎え入れられるよう、お取り計らい願えませんでしょうか。それは神も許したまうのではありませんか」
そのペールが、こんな夜更けに、こんな大雨の中、単騎帝国に赴こうとしているのを見、しかも、その目的を聞き及ぶに至ってはさすがのハンヴォルセンも耳を貸さずにはいられなかった。
「あの尊きお方、ノルトヴェイト様に危険が迫っています! 王宮は、国王は密かにノルトヴェイト様を亡き者にしようとしております! 」
この震える若者の言を信じたは、先にノルトヴェイト様の歓迎式典に参列した折の帰り道で、あの男に会ったからに相違ない。
あの、底知れない深い黒の瞳。見たもの全てを石に変えるという、異教の神話メデューサの瞳を持つ男に。
「わたしはこのノールを再び神の手に返すために働いている者です。共闘しませんか。共に立って腐敗した現王家を滅ぼし、ノールをして真の神の国に変えるのです。
その時が来れば、使いを送ります。
共に立ちましょう!
あなたの里とわたしが手を携えれば、それは成る!」
そして、ノルトヴェイト様は里においでになった。
「わたくしは、このノールの地に再びノルトヴェイト家を興したいのです。どうか、その際にはお力をお貸しください、長老様!」
あの灰色の、いにしえのクラウス様の面影を彷彿とさせる美貌の女男爵の願いもある。
救世主ノルトヴェイト様を新しきノールの王に迎え、その尊きお方の許で全ての者が神と共に平等に生きる国を作る!
ましてや、今この時、ノルトヴェイト様がその意に反して捕らわれの身になっているというなら、なおのこと!
季節は夏に向かうが、老いた身に夜更けの冷たい雨は毒であった。
だが、この身はどうなろうとも、150年前のわが一族の受けた恩をお返しするのが、唯一神の御心に適う。ノルトヴェイト様をお救いし、腐敗した王家を除かねば!
そう考えたればこそ、里の衆の願いを受け入れ、こうして東を、王都を目指していた。
向かう東のかなたに、分厚い雨雲を透かしてぼんやりと明るさが浮かんできた。
「皆の衆! 疲れておるだろうが、ここが頑張り時だ! 一刻も早く王都に入り、ノルトヴェイト様をお救い申し上げるのだ!」
ハンヴォルセンは不意に声を上げ、周囲の騎乗の者や徒歩の者を励ました。鬨の声などはない。が、銃を携えて彼に付き従う里の者たちはみな一様に黙して頷いた。
我らは今、神の身許にいる!
その一事が、ハンヴォルセンと里の衆に無限の力を与えていた。
激しい雨の向こう。向かう東の方から先行して様子を探りに行っていた騎馬の2騎が戻ってきた。
隊列がとまり、騎馬の者の一人が声を上げた。
「この先で、陸軍の騎兵隊が向かって来るのを見ました!」
「長老、いかがしますか? 迂回しますか?」
粗末な馬車の庇の外から、そば近くにいた壮齢の男が問うてきた。
ハンヴォルセンは、答えた。
「いいや。このままだ。
我らには神の祝福がある。地上の何を避ける謂れがあろう。
我らは、神の軍である!」
ノールの正規軍とハーニッシュの軍勢とが激突する時が迫っていた。
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