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15 A day in the life
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その次の日もそのまた次の日もそのまた次の次の日も・・・。
わたしがワシオ君の部屋に行くことはありませんでした。
子供だったといえばそれまでですが、どうしても納得が出来なかったのです。ワシオ君の横で幸せそうな笑顔を振りまくミズタの姿を見てしまってはなおさらでした。明らかにわたしより数段可愛いのです。正直負けたと思ってしまいました。それに輪をかけてまんざらでもないワシオ君の笑顔がさらにさほど大きくもない胸をザクザクにえぐっていました。素直じゃないのはわかっていました。でも、どうしても素直になれなかったのです。
その数日間は毎朝、枕に沁み込んだ涙の冷たさで目を覚ましたものでした。
それでもわたしには役目がありました。それをほったらかしにすることはできませんでした。来月の広報を作らねばなりませんでした。彼と会うのが辛かったです。
あの衝撃的な日曜日から一週間が経った月曜日。わたしは自分を奮い立たせて生徒会室に行きました。
どうせヤベ君たちも来ないだろうと思いました。例の臨時会の経緯がありましたし・・・。
やはりわたしが一番で、例によってストーブに火を点けていたら、ワシオ君がギターケースを下げて入ってきました。顔の半分が無精ひげでいっぱいになっていました。
「・・・よお」
と彼は言いました。
「・・・うん」
とわたしは応えました。
火が付いたのを確認して席に座り、何をするでもなく、息を吹きかけて凍えた指先を温めました。
彼はしばらくストーブの上に手を翳していましたが、やがてわたしと同じように指先に息を吹きかけて揉み手するとギターを取り出してストーブの傍に座りました。
I read a news today oh, boy・・・
あの印象的なイントロの後、彼は歌いだしました。そしてジョンのパートを歌い終わると、ポールのパートは歌わずに、爪弾くのをやめました。
「・・・なあ、ミオ。仲直りしてくれよ」
「・・・」
「オレ、やっぱりお前が居てくれないと、ダメなんだ・・・」
顔を上げてワシオ君をまっすぐに見つめました。
「オレ、悪い所があったら、直すからさ。また、オレの傍に居てくれよ。頼むよ。
オレ、やっぱり、お前が、好きなんだ・・・」
わたしはゆっくりと席を立ち、その場にずっと立ちつくしていました。
母に電話を入れてから、彼の部屋に行きました。
部屋は、グチャグチャでした。この一週間、彼がどんな気持ちでいたのかを部屋が雄弁に語っていました。
彼はすぐにストーブを点け、絨毯の上に胡坐をかきました。わたしも彼の前に座りました。二人して長い時間、お互いを見つめていました。
そして、ほぼ同時に、二人して服を脱ぎ始めました。あっという間に二人とも全裸になり、どちらからともなくお互いを抱きしめました。
どんな言葉を交わしたかは、残念ながら覚えていません。わたしは彼の唇にむしゃぶりつき、彼はわたしの舌を思いきり吸い、舐めて自分の舌を絡ませていました。
「好きだ。大好きだ。ミオが好きだ。もう、離れたくない」
「わたしも。ああ、ワシオ君が好き。大好き。こんなバカだけど、ワシオ君をもう、離したくない・・・」
「ミオはバカじゃない。バカは、・・・オレだよ」
異様な興奮だけがそこにありました。
躊躇なく彼のものを口に含み舐め吸いたてました。彼もわたしのそこに舌を這わせ、そこの核を執拗に舐め吸い転がしまくりました。喘ぎ声は上げたはずです。そこには快感以外には何もありませんでした。
わたしはついに負けました。ずっと負けるのを待っていたのです。負けたくてたまりませんでした。彼がくれる快感にそれ以上耐えることが出来ませんでした。
「そこああ、すごいああ、ワシオ君、スゴイよあんん、イキソ、イク、そこダメあいいいっくうううんん・・・」
息を荒げつつ、ワシオ君の唇に吸い付きました。
「来て、もう来て、ワシオ君! ずっと待ってたの。ずっとこれ、待ってたの!」
わたしの唾液でぬらぬらし、先から透明な液体を流し始めた彼のものを握って脚を開きました。彼はすぐにわたしに襲い掛かり、そこにあてがい、わたしの両肩をガッキと掴んでズン、と這入ってきました。それだけで、軽く達してしまいました。
頭の中の真っ白なモヤというか霧が冷めやらぬうちに、わたしは熱病に侵された病人のように何かを口走っていました。
「ああ、嬉しい、嬉しいよワシオ君。もう、離さないで。わたしを絶対離さないで。もうひとりはイヤ。いやなのああ、いい、気持ちいいよ。気持ちいいワシオ君、もっとああ、もっとちょうだい、突いて、いっぱいああ・・・」
「ちくしょ、なんで、なんでだ、お前、好きすぎて、・・・クッ! ・・・チクショッ!」
身体中の筋肉を動かす神経は非常に微弱な電位差と化学的な物質とで制御されているそうですが、実感としては大きな電流が流れ過ぎるとブレーカーが落ちるように、わたしの身体を貫いた大電流のせいで身体中の神経がマヒして誤作動しているように感じました。それをエクスタシーとかオルガスムスとかいうんじゃないかと。そのときのそれはまさに最大のエクスタシーで、最高のオルガスムスでした。
身体じゅうの筋肉が痙攣してピクピク、自分の思う通りにならないのです。頭の中も真っ白のホワイトアウト。雪を被った山の中で濃い霧に出会うと前後左右上下が全く同じ真っ白、白い暗闇というものに覆われます。一瞬の間、そのホワイトアウトと同じ白い暗闇に突き落とされたような感覚になりました。
「いいすごいい、すごいよああん、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、すご、あっ、あっ、あっ、いい、わしょ、く、ああん、いい、きもち、いく、いくあ、いく、いくーっ・・・ああ、あああああ、んんんんんっく、・・・ふうっ、ああ、気持ちいいよォいいさいこー・・・ああん・・・」
「オレのこと、好きか? 好きか、ミオ・・・」
「大好きいぃ・・・いいっ! わしょく、んわたしのものおんん・・・」
「お前も、全部オレのもんだああっ!・・・」
その晩、わたしは彼の家に泊まりました。
そしてまた彼のご飯を作り、帰りにシーツを洗う日常に戻るのだと思いました。
ですが、それは錯覚だったのでしょう。よくある「ボタンの掛け違い」のようなものだったのかもしれません。
それからしばらくしてまた生理になり、いつものわたしにしては珍しく重かったので部活も休んで彼の部屋にも寄らずに家に帰りました。ワシオ君には学校でそのことを伝えてありました。
「そうか。大事にな。原稿も集まってるし、ガリ切りはオレ一人でもできるから。家で安静にしてろ」
そう言ってくれました。
それで家に帰る電車に乗ったのですが、電車が動き出してから大事なことに気づきました。
彼に、前に買った『ラバーソウル』をカセットテープにダビングしてもらっていたのを忘れたのです。父のステレオではそれが出来ませんでした。やはりこういう曲は自分の部屋で聴きたいですから。もちろん彼はアルバムを持っていました。そして笑って快く引き受けてくれたのです。
「オレのでよければダビングしといてやるよ」
そんなわけで、彼に渡したカセットテープを貰うのを忘れてしまったのです。
そんなものは一晩くらいなくてもどうということはなかったでしょう。ですが、わたしの中では、
「カセットテープ貰うの忘れちゃった、てへ」と、
彼の部屋に行く口実が出来た、ぐらいの感覚だったのです。
次の駅で降り、反対側の電車に乗って引き返しました。体調は常の状態ではありませんでしたが、心は軽いものでした。恋の為せる業です。駅から彼の部屋への道もまったく苦痛ではありませんでした。
玄関のドアは開いていました。玄関には何故か学校指定の革靴が二足ありました。そのまままっすぐ奥の六畳間に通じる廊下を行って部屋のドアを開けました。
丸裸のワシオ君の股間に、同じく全裸のミズタが顔を埋めていました。
「・・・ミオ・・・」
ゆっくりと顔を上げたミズタと目が合いました。別に取り乱す風もなく、彼女は彼の万年床の布団を身体の前に掻き抱き、俯きました。
何とか立っていられました。ですが、それから回れ右して彼の部屋を出た後の記憶が全くないのです。気が付いたら、どこかの病院のベッドの上にいたのだけは覚えています。
わたしのファーストラブはそのようにして、終わりました。
ワシオ君はそれからその年度いっぱい学校に来ず、三年生に進級した顔ぶれの中にもいませんでした。転校したのか退学したのか、わかりません。彼が言っていた「旅」に出たのかもしれない、と当時は思っていました。
生徒会はヤベ君が会長代行を務め、次の二年生にその役目を引き継ぎました。わたしは任期いっぱいキチンと書記を務めあげましたが、もう学級委員には立候補しませんでした。
ミズタのことは気になりませんでした。気にしないで過ごせるように、これでも努力したのです。
それから何年か過ぎたある年の瀬に一度だけ、北の国の実家に彼からの葉書が届きました。その年の12月8日、彼が敬愛していたジョン・レノンが、狂信的な彼のファンの放った銃弾によって亡くなってしまったのをわたしもニュースで聞いて知っていました。
「僕は二つ目の澪標も失ってしまった。とても残念だ・・・。」
葉書にはあの曼荼羅が描かれ、その端にそう、添え書きがありました。
その時わたしにはもう新しい、自分の家族がいました。そしてわたしのお腹にはのちに長女となる命が宿っていたのです。彼の住所も書かれていましたが、返信はしませんでした。
それからさらに時が経ち、ある狂信的な団体が様々な事件を起こし大きなニュースになっていました。その幹部になっていた彼の姿を久々に見ました。過ぎ去った記憶が少し溢れて来るのを感じましたが、結局それだけでした。ほどなく警察の捜査がその団体に及び、彼が自ら命を絶ったことをテレビや新聞の報道で知りました。でも、薄情なようですが、わたしにはもう、あまり心に訴えて来るものはありませんでした。
女は、過ぎ去った過去よりも今この手にある幸せを大切にする生き物であることを、身をもって学びました。
次回は2021のカエデの話を経て、大学生編に続きます。
わたしがワシオ君の部屋に行くことはありませんでした。
子供だったといえばそれまでですが、どうしても納得が出来なかったのです。ワシオ君の横で幸せそうな笑顔を振りまくミズタの姿を見てしまってはなおさらでした。明らかにわたしより数段可愛いのです。正直負けたと思ってしまいました。それに輪をかけてまんざらでもないワシオ君の笑顔がさらにさほど大きくもない胸をザクザクにえぐっていました。素直じゃないのはわかっていました。でも、どうしても素直になれなかったのです。
その数日間は毎朝、枕に沁み込んだ涙の冷たさで目を覚ましたものでした。
それでもわたしには役目がありました。それをほったらかしにすることはできませんでした。来月の広報を作らねばなりませんでした。彼と会うのが辛かったです。
あの衝撃的な日曜日から一週間が経った月曜日。わたしは自分を奮い立たせて生徒会室に行きました。
どうせヤベ君たちも来ないだろうと思いました。例の臨時会の経緯がありましたし・・・。
やはりわたしが一番で、例によってストーブに火を点けていたら、ワシオ君がギターケースを下げて入ってきました。顔の半分が無精ひげでいっぱいになっていました。
「・・・よお」
と彼は言いました。
「・・・うん」
とわたしは応えました。
火が付いたのを確認して席に座り、何をするでもなく、息を吹きかけて凍えた指先を温めました。
彼はしばらくストーブの上に手を翳していましたが、やがてわたしと同じように指先に息を吹きかけて揉み手するとギターを取り出してストーブの傍に座りました。
I read a news today oh, boy・・・
あの印象的なイントロの後、彼は歌いだしました。そしてジョンのパートを歌い終わると、ポールのパートは歌わずに、爪弾くのをやめました。
「・・・なあ、ミオ。仲直りしてくれよ」
「・・・」
「オレ、やっぱりお前が居てくれないと、ダメなんだ・・・」
顔を上げてワシオ君をまっすぐに見つめました。
「オレ、悪い所があったら、直すからさ。また、オレの傍に居てくれよ。頼むよ。
オレ、やっぱり、お前が、好きなんだ・・・」
わたしはゆっくりと席を立ち、その場にずっと立ちつくしていました。
母に電話を入れてから、彼の部屋に行きました。
部屋は、グチャグチャでした。この一週間、彼がどんな気持ちでいたのかを部屋が雄弁に語っていました。
彼はすぐにストーブを点け、絨毯の上に胡坐をかきました。わたしも彼の前に座りました。二人して長い時間、お互いを見つめていました。
そして、ほぼ同時に、二人して服を脱ぎ始めました。あっという間に二人とも全裸になり、どちらからともなくお互いを抱きしめました。
どんな言葉を交わしたかは、残念ながら覚えていません。わたしは彼の唇にむしゃぶりつき、彼はわたしの舌を思いきり吸い、舐めて自分の舌を絡ませていました。
「好きだ。大好きだ。ミオが好きだ。もう、離れたくない」
「わたしも。ああ、ワシオ君が好き。大好き。こんなバカだけど、ワシオ君をもう、離したくない・・・」
「ミオはバカじゃない。バカは、・・・オレだよ」
異様な興奮だけがそこにありました。
躊躇なく彼のものを口に含み舐め吸いたてました。彼もわたしのそこに舌を這わせ、そこの核を執拗に舐め吸い転がしまくりました。喘ぎ声は上げたはずです。そこには快感以外には何もありませんでした。
わたしはついに負けました。ずっと負けるのを待っていたのです。負けたくてたまりませんでした。彼がくれる快感にそれ以上耐えることが出来ませんでした。
「そこああ、すごいああ、ワシオ君、スゴイよあんん、イキソ、イク、そこダメあいいいっくうううんん・・・」
息を荒げつつ、ワシオ君の唇に吸い付きました。
「来て、もう来て、ワシオ君! ずっと待ってたの。ずっとこれ、待ってたの!」
わたしの唾液でぬらぬらし、先から透明な液体を流し始めた彼のものを握って脚を開きました。彼はすぐにわたしに襲い掛かり、そこにあてがい、わたしの両肩をガッキと掴んでズン、と這入ってきました。それだけで、軽く達してしまいました。
頭の中の真っ白なモヤというか霧が冷めやらぬうちに、わたしは熱病に侵された病人のように何かを口走っていました。
「ああ、嬉しい、嬉しいよワシオ君。もう、離さないで。わたしを絶対離さないで。もうひとりはイヤ。いやなのああ、いい、気持ちいいよ。気持ちいいワシオ君、もっとああ、もっとちょうだい、突いて、いっぱいああ・・・」
「ちくしょ、なんで、なんでだ、お前、好きすぎて、・・・クッ! ・・・チクショッ!」
身体中の筋肉を動かす神経は非常に微弱な電位差と化学的な物質とで制御されているそうですが、実感としては大きな電流が流れ過ぎるとブレーカーが落ちるように、わたしの身体を貫いた大電流のせいで身体中の神経がマヒして誤作動しているように感じました。それをエクスタシーとかオルガスムスとかいうんじゃないかと。そのときのそれはまさに最大のエクスタシーで、最高のオルガスムスでした。
身体じゅうの筋肉が痙攣してピクピク、自分の思う通りにならないのです。頭の中も真っ白のホワイトアウト。雪を被った山の中で濃い霧に出会うと前後左右上下が全く同じ真っ白、白い暗闇というものに覆われます。一瞬の間、そのホワイトアウトと同じ白い暗闇に突き落とされたような感覚になりました。
「いいすごいい、すごいよああん、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、すご、あっ、あっ、あっ、いい、わしょ、く、ああん、いい、きもち、いく、いくあ、いく、いくーっ・・・ああ、あああああ、んんんんんっく、・・・ふうっ、ああ、気持ちいいよォいいさいこー・・・ああん・・・」
「オレのこと、好きか? 好きか、ミオ・・・」
「大好きいぃ・・・いいっ! わしょく、んわたしのものおんん・・・」
「お前も、全部オレのもんだああっ!・・・」
その晩、わたしは彼の家に泊まりました。
そしてまた彼のご飯を作り、帰りにシーツを洗う日常に戻るのだと思いました。
ですが、それは錯覚だったのでしょう。よくある「ボタンの掛け違い」のようなものだったのかもしれません。
それからしばらくしてまた生理になり、いつものわたしにしては珍しく重かったので部活も休んで彼の部屋にも寄らずに家に帰りました。ワシオ君には学校でそのことを伝えてありました。
「そうか。大事にな。原稿も集まってるし、ガリ切りはオレ一人でもできるから。家で安静にしてろ」
そう言ってくれました。
それで家に帰る電車に乗ったのですが、電車が動き出してから大事なことに気づきました。
彼に、前に買った『ラバーソウル』をカセットテープにダビングしてもらっていたのを忘れたのです。父のステレオではそれが出来ませんでした。やはりこういう曲は自分の部屋で聴きたいですから。もちろん彼はアルバムを持っていました。そして笑って快く引き受けてくれたのです。
「オレのでよければダビングしといてやるよ」
そんなわけで、彼に渡したカセットテープを貰うのを忘れてしまったのです。
そんなものは一晩くらいなくてもどうということはなかったでしょう。ですが、わたしの中では、
「カセットテープ貰うの忘れちゃった、てへ」と、
彼の部屋に行く口実が出来た、ぐらいの感覚だったのです。
次の駅で降り、反対側の電車に乗って引き返しました。体調は常の状態ではありませんでしたが、心は軽いものでした。恋の為せる業です。駅から彼の部屋への道もまったく苦痛ではありませんでした。
玄関のドアは開いていました。玄関には何故か学校指定の革靴が二足ありました。そのまままっすぐ奥の六畳間に通じる廊下を行って部屋のドアを開けました。
丸裸のワシオ君の股間に、同じく全裸のミズタが顔を埋めていました。
「・・・ミオ・・・」
ゆっくりと顔を上げたミズタと目が合いました。別に取り乱す風もなく、彼女は彼の万年床の布団を身体の前に掻き抱き、俯きました。
何とか立っていられました。ですが、それから回れ右して彼の部屋を出た後の記憶が全くないのです。気が付いたら、どこかの病院のベッドの上にいたのだけは覚えています。
わたしのファーストラブはそのようにして、終わりました。
ワシオ君はそれからその年度いっぱい学校に来ず、三年生に進級した顔ぶれの中にもいませんでした。転校したのか退学したのか、わかりません。彼が言っていた「旅」に出たのかもしれない、と当時は思っていました。
生徒会はヤベ君が会長代行を務め、次の二年生にその役目を引き継ぎました。わたしは任期いっぱいキチンと書記を務めあげましたが、もう学級委員には立候補しませんでした。
ミズタのことは気になりませんでした。気にしないで過ごせるように、これでも努力したのです。
それから何年か過ぎたある年の瀬に一度だけ、北の国の実家に彼からの葉書が届きました。その年の12月8日、彼が敬愛していたジョン・レノンが、狂信的な彼のファンの放った銃弾によって亡くなってしまったのをわたしもニュースで聞いて知っていました。
「僕は二つ目の澪標も失ってしまった。とても残念だ・・・。」
葉書にはあの曼荼羅が描かれ、その端にそう、添え書きがありました。
その時わたしにはもう新しい、自分の家族がいました。そしてわたしのお腹にはのちに長女となる命が宿っていたのです。彼の住所も書かれていましたが、返信はしませんでした。
それからさらに時が経ち、ある狂信的な団体が様々な事件を起こし大きなニュースになっていました。その幹部になっていた彼の姿を久々に見ました。過ぎ去った記憶が少し溢れて来るのを感じましたが、結局それだけでした。ほどなく警察の捜査がその団体に及び、彼が自ら命を絶ったことをテレビや新聞の報道で知りました。でも、薄情なようですが、わたしにはもう、あまり心に訴えて来るものはありませんでした。
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