セピア色の恋 ~封印されていた秘め事~

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37 We're All Alone

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 ヤンベ先生のおかげで何とか困難を乗り切り、他の共通科目の単位取得にも目途がつき、バレー部の練習に復帰して三年生の秋のリーグ戦に臨もうとしていたころ。

 ヤマギシ君から連絡が来て彼が帰国したことを知りました。すぐに会うことになりました。彼の土産話も聞きたかったし、母とのことでいろいろありましたからわたしの愚痴も聞いて欲しかったのです。彼ならわかってくれるだろうという期待がありました。なにしろ同郷の同級生ですから。

 新宿の東口にあるペコちゃんのいるフルーツパーラーで彼に会いました。

 彼は大量の写真と一緒に帰ってきていました。真っ黒に日焼けして、心なしか髪の毛もアフリカの太陽で縮れてしまったみたいでした。そのことを言うと、

「そうかもしれない」と笑っていました。

「ずいぶん長かったね」

 ずっとアフリカに行きっぱなしだと思っていました。

「一度帰って来てたんだ。で、出版社に売り込んでさ、ホラ」

 一冊の写真集をくれました。アフリカの子供たちを撮ったものです。綺麗に装丁されたその豪華な写真集には、子供たちの朝から晩までのごく普通の日常を捉えた美しい写真の数々が収められていました。広大な草原を一本のヤリを担いで歩く少年の姿を望遠レンズで撮ったのが一番気に入りました。

「この写真いいね・・・。すごーい・・・。なんだ。帰って来てたなら電話くれればよかったのに」

「ごめん。ハヤカワを驚かそうと思ってさ。で、これが意外に売れちゃってさ、その金で今度は東欧に行ってさ、それで帰って来たんだ。シベリア鉄道でね」

 そう言って今度は日本人にはなかなか馴染みのない共産圏の子供たちを撮った写真の束を取り出してきて見せてくれました。

「うわあ・・・。こんなの出してたなんて、知らなかったよ。なんだかもうヤマギシなんて呼び捨て出来なくなっちゃったな。今度からヤマギシ先生って呼ぶね。すごいよ。尊敬しちゃう」

「あはは。やめてくれよ。ヤマギシでいいよ。今度TVでも取り上げてくれることになったんだ。オレ、今から緊張しちゃってさ・・・」

「マジ? ・・・なんだかずいぶん遠い人になっちゃいそう」

「ハヤカワが助言してくれたおかげだよ。ありがとうな。・・・そっちはどう?」

「なんか・・・。こんなの見せられた後じゃ、恥ずかしくて言えないよ。わたしの近況なんて、あまりにも平凡過ぎて・・・」

「そんなこと言うなよ。・・・専攻決まったの?」

「そうそう。それなんだけどね・・・」

 わたしはまず母に原子爆弾作ってると勘違いされてギャアギャア喚かれたことを面白おかしく話して聞かせました。そして研究室の様子を、もちろん、ヤンベ先生とのことは、身体の関係のことだけは伏せて、優秀なんだけど高校時代の変人教師を十の十乗倍ぐらいにした超変な人と説明し、留年しそうだったけど何とか回避できたので秋のリーグ戦は頑張るみたいなことを話しました。

「楽しそうだな・・」

「そお? 無理して入った大学だからさ、毎日きりきり舞いしてるだけだよ、うん・・・。でもヤマギシのほうが充実してるよ。だって卒業する前に夢叶えちゃったんだから・・・」

「まだ、叶ってない・・・」

「えっ?」

「なあ、踊り行かないか。オレ、ディスコって、まだ行ったことないんだ」

 

 確か職業安定所の大通りを挟んだ南側でした。そこに当時最大のディスコがありました。近所の服飾専門学校の学生が多く通っていた店でした。そこではわたしとヤマギシ君のようなジーンズにTシャツ姿は地味過ぎて浮いていましたが構わず踊りました。踊っていると彼と話さなくて済むので、ラクでした。

 でもチークタイムはやってきました。ボズ・スキャッグスの最新の曲で、今でも多くのアーティストに歌い継がれている名曲です。


 

 いつ止むとも知れない雨が降り出した。浜辺で泣くのはもうやめて

 夢は僕らを海へといざなってくれる。いつまでも そう、いつまでも

 瞳を閉じて、愛しききみよ。ぼくはいつだってきみと一緒さ

 ここは忘れられた海の底の洞くつなのさ。そこでぼくらは二人きりになれるんだ


 

 ヤマギシ君は明らかに遠慮していました。

 彼の手を取りわたしの腰に回して彼を抱きしめ胸を押し付けました。彼の身体は強張っていましたが、曲に合わせて身体を揺らすうちに強張りがとれてリラックスしてゆくのを感じました。わたしのほうが少し背が高く、彼に覆い被さってしまわないように注意しました。彼の身体からは、なつかしい真冬の教室の石油ストーブの匂いがしました。

「なあ、ハヤカワ・・・」

「なあに?」

「・・・やっぱ、いいや」

「なによ。はっきり言いなよ」

「いや・・・、その・・・」

「今言わないと、損するよ。・・・一生」

 彼の喉がゴクリと音を立てました。

「・・・お前、今、誰かと付き合ってるのか」

「・・・だとしたら、どうする?」

 沈黙が長かったです。早くしないと曲が終わってしまうというのに。じれったくなるぐらいに、長い時間でした。

「ヤマギシは、どうなの? どうしたいの?」

 ついに曲が終わるまで、その返事はありませんでした。


 

「ガンバってね。わたしもガンバる」

「おう・・・」

 彼は「おう・・・」の後に続く言葉を飲み込んだまま、リュックを担いで地下鉄への階段を降りて行きました。

 ヤマギシ君と別れ、寮に電話を入れたらチカが出てくれたので、安心してマスターの店に行きました。

「いらっしゃ・・・いませ」

 マリオのマスターは、変わらずに、マリオでした。

「お酒ちょうだい。一番キッツイやつ」

「・・・なんだ。またなにかやらかしたのか」

「もう、そういうのいいから。黙ってお酒ちょうだい!」

 カウンターの隅にはあの長髪でジージャンのレッド・ツェッペリンさんが健在でした。彼は黙ってカウンターの中に入り、棚からジャケットを引き抜いてターンテーブルに載せました。

 ショットグラスが前に置かれ、テキーラが注がれました。岩倉具視さんを一枚出すと、マスターがそれをとって行きました。

 ハイハットとスネアのリムショットの小気味のいいイントロが響きギターがブルースコードを掻き鳴らしはじめ、「Rock and roll」が大音量で流れ出しました。


 

 It`s been a long time since I rock and rolled・・・


 

 目の前の透明な液体を一気に喉に流し込みました。当然ながら、盛大に、咽(むせ)ました。マスターはBGMのボリュームを絞りながら、さも、うんざりしたように言いました。

「・・・やっぱり、やらかしたんだな・・・。ったく。しょうがねーやつだな、お前は」
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